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18、おともだちって、なあに?

 丸く大きな花弁が幾重に淡い桃色も重なる牡丹ぼたん、小ぶりな五弁の梅花うめ

 甘い香りの蘭花らんに、柔らかな色彩の芍薬しゃくやく


 混乱を収めて庭園の散策に連れ出すと、陽奏ようそうは機嫌を直し、母妃との散策にはしゃいだ。

 後ろから付いて来る皇帝、滄月そうげつは、主に臣下相手に話してばかりだ。


「我が子とは水面の波紋のようだな、ほんの一滴で笑顔も涙も広がる。あるいは、小鳥のさえずりにも似ているかもしれぬ。泣いたり笑ったり、止むことを知らぬ……ああ、それに、花畑の蝶のようでもある。一つに留まらず、次から次へと飛び回る」


 感情があまり窺えない話し方だが、おそらく不機嫌ではない。

 華凛かりんは穏やかな気持ちで夫を振り返った。


「あ、……愛らしい、でしょう……?」


 そっと問いかけると、夫は一瞬目を瞠った。

 そして、初々しい花がほころぶような微笑を見せた。夫は美しい青年だ。華凛かりんは改めてそう思った。


「おかあさま! ちっちゃい子、いうよ。あっちにも、こっちにもいう」

「……陽奏ようそう。ええと……ちいさい子たちは、陽奏ようそうの、学友がくゆう――学びのお友だち……になるかもしれませんの」

「おかあさま。おともだちって、なあに?」


 陽奏ようそうは小首をかしげながら可愛らしく問いかけてくる。

 華凛かりんは微笑み、幼子にわかるよう言葉を選んだ。


「お友だちは、一緒に勉強したり、遊んだりする大事な仲間……ですわ。楽しい時も、困った時も、支え合う……味方ですの」

「ぼく、あちょぶ!」


 陽奏ようそうが声を弾ませる。

 その天真爛漫な姿を見て、華凛かりんは思わず目を細めた。


 それを「よい機会」と思ったのだろうか、瑞軒が提案する。


「では、殿下。ご学友候補を集めて、すこしお話してみてはいかが」


 彼が示すのは、茶席だった。

 瑞軒の合図で桃饅や花茶が運ばれてくる。それに、名家の親子も集められて、自然と親は親同士、子は子同士で話す空間ができあがっていく。


 集められた同年齢の子どもたちに囲まれた陽奏ようそうは、初めは少し戸惑った様子を見せた。普段は後宮の静かな環境で育っている彼にとって、これほど多くの子どもたちと接するのは初めての経験だ。

 しかし、それも束の間、好奇心旺盛な性格がすぐに表に出てきた。


「きみ、なまえ、なあに?」


 近くにいた、紅色の衣を纏った男の子に声をかける。

 男の子が「けいりん」と名乗ると、陽奏ようそうは嬉しそうに「けいりん! あそぼ!」と手を引いた。華凛かりんは事前に名簿に目を通していたので、男の子の身元がすぐにわかった。


こう珪林けいりんね。医学や薬学の知識を家伝として受け継ぐ名門の令息で、当主夫人が大商家出身なことでも有名……確か4歳だったかしら)


 親から重々言い含められているのだろう。

 珪林けいりんは幼いながらも身分の違いを理解している様子で、陽奏ようそうを「でんか」と呼んでいた。


「でんか、どこいくの」


 敬語はまだ出来ないらしい。近い距離感が微笑ましい――華凛かりんはニコニコと見守った。


 他の子どもたちも興味を引かれたように集まり始める。


(遊び道具があるといいのではないかしら)


「ず……瑞軒。じ、じ、……毽子じぇんずを、用意して、くださる?」

「承知いたしました。ただちにご用意いたします」 


 息子が好きなのは、羽が付いた蹴鞠、毽子じぇんずだ。

 瑞軒が毽子じぇんずを用意すると、陽奏ようそうはパアッと顔を輝かせた。


 「ぼく、ける! けいりん、こえ、おとしたらね、だめなんだよ! だめなんだよ! だめなんだよー!」


 丸い蹴鞠を転がし、ぽおんと蹴り上げる。

 珪林けいりん毽子じぇんずには慣れている様子だ。


「あい」


 落ちてきた毽子じぇんずをぽおんと蹴り、他の子たちも「わあー!」「ぼくもすゆー」と言って混ざっていく。


 しばらくの間、誰もが夢中になり、笑い声が庭に響き渡った。


「おほほほ、うちの息子は殿下とすっかり打ち解けて」

「うふふふ、うちの息子の方が仲がいいですわ」


 親たちが見えない火花を散らしている。

 そんな親たちを知らず、子だちとはしゃいでいた陽奏ようそうは、ふと足を止めた。


「あ。泣いてた子ぉ〜!」

「……!」


 陽奏ようそうの視線には、男の子がいた。

 休憩する前に「なんでなんで」と興味を持たれていた、 |李家の令息、 李凌輝り りょうきだ。


「そなた!」


 陽奏ようそうは父親の真似をするように尊大に言って手を伸ばし、男の子の手をぎゅむっと握った。


「もう、かなちくないのか! よかったね」


 握った手を元気いっぱいに上下に振り、陽奏ようそう凌輝りょうきを座らせた。

 そして、他の子たちを凌輝りょうきの周りに座らせると、自分は全員の前に立ち、ふんぞり返った。


「みんな、おともだち!」


 なんと、全員がお友だちだというのである。


 本来は気に入った子を数人だけ選ぶのだが――と、大人たちがソワソワと皇帝の顔色を窺うと、皇帝滄月そうげつは、よく響く声で無感情な呟きを放った。


「全員が学友か。欲張りなやつめ」


 酒盃に視線を落とした表情は、軽く眉を寄せていた。


 よく思わなかったのだろうか?


 華凛かりんは冷や汗をかき、他の大人たちも緊張した面持ちになって畏ったが、続く言葉は全員の不安を緩和した。


「君主たる物、それくらいがよろしい。さすが俺の子だ。器がでかいな――それでは、全員を学友とする!」


 よかった。お気に召されていたらしい。しかもちょっと親ばか気味にも思える発言内容だった。


 その力強い宣言に華凛かりんはほっと安堵した。他の親たちの間にも、「我が子は皇子の学友「なれたのだ!」という満開の笑みが広がった。


 瑞軒はその様子を見て深く頷き、記録を取るためにそっとその場を離れる。陽奏ようそうはその後も学友と遊び続け、夕暮れの頃には名残惜しそうに手を振り合いながらその日の会合を終えた。

 学友と別れたあとは、母妃のもとに一直線だ。


「おかあさまーっ、ぼく、おともだち、しゅき!」


 その言葉に、華凛かりんは微笑みながら息子の頭を撫でた。


「よかったですわ、陽奏ようそう。あなたが良い学びを得られますように。そして、お友達と素敵な時間を過ごせますように……」


 禁城が夕日の茜色に染まる中、華凛かりんはそっと祈りを捧げたのだった。

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