宴の日から数日が経ったある朝。
皇帝主催の催しの一環として、
『
通常は子供だけを一か所に集め、長時間を一緒に過ごさせる。期限を迎えた後で皇子が気に入った子を学友として指名する流れだ。大人たちは、何もしない。
しかし、今回は違う。
会場は禁城の塀の内側にある、色とりどりの季節の花が咲き誇る広い庭園。
そこに何組もの親子が集まり、花々や緑を鑑賞しながら歩いていた。
父と母が揃っている子もいれば、片方の親だけの子もいる。親が不在で、使用人だけが付き添っている子もいた。
中庭には有力氏族から推薦された子女たちが集まっている。
総勢二十名ほど。みな華やかな装いだ。
「おかあさま! おかあさまのお花、あるよ!」
皇子、
蓮の花は、本日の
「よ……
「龍はぼく?」
あどけなく問われて、
欄干に施されている装飾は、神獣として崇められる龍の加護が夏国に与えられるように祈りを込めたもの。そして、天から「国を治めよ」と統治権を授与されて国の主として君臨しているのは、皇帝である。
皇帝が「龍は俺」と言えば「はい、そうですね」と頷くものも多いだろうが、皇子となると微妙である。
まして、背後には皇帝がいるのだ。
皇帝の目の前で「ええ、龍はあなたよ」とは言いにくい――
「愚かな息子よ、教えてやろう。龍とは、俺である」
大人げないとも思える表情――勝ち誇るような顔で……「お前より俺の方が格上だと思い知れ」などと言っている。
「おかあさま、おれおれ、うるちゃい」
「よ、
この国で一番身分が高くて、簡単に人の生死を左右できてしまう、恐ろしく高貴な方なのです。
そんな事実を口にしようとして、
何を言ってくれるのだろう、と期待されている。
それがわかったので、
「や、や、優しい方……ですのよ……。わたくしたちの、ことを、よ……よく、考えて、くださって。わ、わたくしの……お話も、辛抱強く、耳を傾けて、く……ください、ますの」
「うむ、うむ」
後ろで夫が頷いている。お気に召す回答だったらしい。
媚びを売った感じがあるが、嘘は言っていない。
本日の 『
『いきなり初めての会で「お友だち候補です」と引き合わせるのではなく、親と一緒に日常の延長のように過ごしているうちに、自然と見知っていって親しみを感じるようにしたい。それに、お友だち候補の家族関係も良好か探ってみたい』
夫は、自分の考えを聞いてくれるはず。
そんな期待に、夫、
侍女たちは大興奮で『お仕えする皇帝夫妻の仲の良さと行動力を褒め称える会』を設立し、「主上は溺愛するお妃様のおねだりを聞いてくださるのですね!」「なんという行動力でしょう!」「素敵!」と夜通し大盛り上がりしたのだとか。
「ぼくは、しあーないっ」
後ろからは、臣下団を連れた
華凛が思うに、夫は意外と寛容だ。臣下たちも自分も腫れ物のように恐れているが、もしかするとそんなに恐れなくてもいいのかもしれない。……とはいえ、「この方、何を言っても怒らないかも」なんて言うと若い皇帝の威厳を損ねてしまうかもしれないし、「そんなことはないが?」と突然キレる可能性もあるので、口に出すことは出来ないが。
息子と一緒に橋を渡り終えたとき、学友候補である子供が目に付いた。
何やら喧々囂々と揉めている両親と、泣いている子供の様子が見える。父親は高官の衣装だが――華凛はそっと
「あなたったら。普段は家に帰る暇もないと言って寄り付かないくせに。あたくし、知ってますのよ。仕事なんて言い訳で、本当は他家の美しい夫人に夢中だって。息子のことだってどうでもいいくせに、今日に限って時間を割いているのは、大陸一の美妃として有名な天女皇妃様をひと目でも拝みたいからって」
「何を言うか、くだらない! 妄言はやめよ」
ほう、と背後の
「妻帯しておきながら俺の妃に不埒な下心を寄せている……? 真実であれば許しがたいが」
ちゃき、と金属音が聞こえて、華凛は焦った。
(まさか、腰に佩いた剣を抜こうとしたりしていませんわよね?)
「そ、そ、
そっと
「きゃっ?」
「子供を怯えさせてはならぬ。婦女を、とりわけ俺の妻を怖がらせてはならぬ。欲にまみれた視線を向けるのも許せぬ」
「
低い声色に背筋が震える。
さきほどまでは「意外と寛容」「何を言っても怒らないかも」などと思っていたが、思い過ごしであった。
夫の沸点は低い。すぐ機嫌を害する。危険な人だ。
華凛は息子の耳を塞ぎながらドキドキと動揺した。
「主上。華凛妃様が困っていらっしゃいます。狭量な嫉妬の矛先をお妃様に向けるのはお見苦しいかと……」
「
宦官の瑞軒が注進したと思えば、すぐに仕事を増やされている。
「李家は『
「主上。そこまでは言っていなかったかと。ご存じでしょうか『向かい合う相手は自分の鏡。誰かの発言に影を見出すとき、その影は自分の中に存在する』という天女皇妃様お言葉がございます。もしや……」
瑞軒が無遠慮なことを言っている。聞いているだけで恥ずかしい。しかも、『向かい合う相手は自分の鏡。誰かの発言に影を見出すとき、その影は自分の中に存在する』なんて言った覚えもない。
それにしても、李家とは。
華凛は、その一族を知っていた。有名な一族だ。
夏国の名門文家である李家の者は、文官として代々朝廷に仕え、清廉さと知恵深さで知られている。
「誤解でございます、主上」
「申し訳ございません、主上」
平伏しそうな勢いで謝罪する李夫妻と、泣き出す子息。
『
「なんで泣いてたの? ねえ、なんで? ねえねえ。ねえ~ぼくがああぁ、きいてゆのおおぉ~~!」
息子は自分と同じくらいの男の子が泣いていたのが気になるようで「なんでなんで」を繰り返して怒り始めてしまった。