実家の父が訪ねて来たのは、昼過ぎだった。
孫家は歴史ある名家で、当主である父は夏国の有力者である。
ゆえに、
その父が訪ねてくるなり平伏して謝罪してくるので、
「天女皇妃様、これまでの振る舞いを謝罪申し上げます。申し訳ございませんでした」
「え、えっ……?」
父は、
「
(この目の前にいる方は、わたくしの父であっていますよね……? い、一体、どうしてしまったの?)
父が額を床に擦り付けて「皇帝陛下にもお叱りを受け申した」と言う――そこで
なんとも気味の悪い現実だが、子どもの親に対しての礼儀や徳を考えると、謝罪する父を黙って見下ろしているのは、気弱な
自分が「すみません」と頭を下げて縮こまっている方が、よほど収まりがいいのだ――ずっと、そのように生きてきたから。
「た……立って、くださいませ、お父様。どうか……どうか」
狼狽えながら椅子を勧めると、侍女たちが好奇心で目を輝かせながら白茶を淹れてくれる。
父は人が変わった様子で
「
彼は、両手を拝むように合わせ、神妙な面持ちで語った。
語る内容は長かったが、その内容を簡潔にまとめると、以下の通りである。
父は、崖に誘い込まれ、落ちた。
普通に考えれば助からない状況であったが、赤子を抱いた天女に助けられ、生還した。
天女はこの世の者と思えない美しさで、赤子を娘だと告げた。
そして、「事情があり育てることができないので、命を助けたお礼に娘を育ててほしい」と頼んできた。
父は恍惚と頷き、拝み、「この貴きお嬢様を養女にお迎えし、大切にお育て申し上げます」と誓った――はずなのだが、なぜか、その記憶に
「て……天女……で、ございますか……」
不思議な話だ。
侍女たちが袖で口元を隠して「まあ! 天女様」「お妃様は、常人ではないと思っていましたわ」と興奮気味に反応している。
この話は、何もしないでいると侍女たちの噂話で広まる――広まると、また自分が色々な人に「お妃様、すごい」と勘違いされてしまう。止めなくては――
「み、み、みなさん……どうか、……こ、このことは……内密に。他言は、なりません……」
女主人としての風格を出そうと努めながら目を伏せ――目が合うと怖いので――扇で震える口元を隠して命じると、侍女たちは心得顔になった。
「天からの使命を帯びて地上に降りた天仙様や天女様は、正体を隠して目立たないようにするものですものね」
「ああ、わたくしたちの天女皇妃様……!」
「私たち、とてもすごい秘密を知ってしまったのね」
物凄く勘違いされている……!
全員が深く深く頭を下げて「我らが地上にご滞在くださり、ありがとう存じます」などを言うので、
「ふ……普通に、してください。わ、わ、わたくしは……天からの、使命など、抱いていません。わ、わたくし、常人ですの」
必死に「普通の人」だと主張するが、もう遅い。
何を言ってもみんな、「正体を否定しないといけないのですね」とか「普段あまりお話にならないのも、天上の住人が地上にいるときの制約のようなものがあるに違いないわ」とか、どんどんと妄想を膨らませていくのだ。
(……ひぃ)
「天女皇妃様」
「そ、そ、その呼び方を、やめて、くださいっ」
父は、「承知いたしました」と恭しく応えて「皇妃様」と呼び直してくれた。
そして、「主上は女人の扱い、特に閨事に自信がないご様子であり、臣に指導をお求めであった。今後指導する。何かあれば教えよ。教導の師として改善させる」と言い、
(こ……この面会時間は、なんなのかしら)
恥ずかしくて堪らないひとときであった。
「あ、あのう。侍女のみなさん、お下がりください。わ、わたくし、父と二人でお話を……しとうございます」
おそるおそる言うと、侍女たちは下がってくれた。
最初から侍女を遠ざけていればよかった――