目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

第63話 見えざる攻撃


 二日目は一般公開のお披露目なので中央公園で執り行われる。簡素だけれど舞台を設置し、有料貴賓席なども設けて、露天やロイヤルマーケット、近場のカフェ二階のラウンジから見られるようにオペラグラスも売り出す。


 音魔法と音を遠くに響かせる音響拡大機器スピーカーの魔導具を用意しているので、カフェまでは音が聞こえるだろう。

 昨日のパーティーは色々あって大変だった。特にダレンの機嫌がすこぶる悪くて、ダレンから婚約者のエドウィン様と一緒にいる時もどこかイライラしていた。


(寝室でも私をぎゅうぎゅうに抱きしめて離さなかったし、なんだかちょっと可愛かった気がする)


 ダレンの執着が自分でも驚くほど、悪くないと思っているのだから、自分でも相当惚れているのだと言わざるを得ない。

 今まであれほど苛烈で、情熱的で、私を求める人はいなかったのだ。嬉しくないはずない。ダレンを好きになって良かった。そう今は心から思う。


『いい顔ね。これなら今日の心配も大丈夫そうね』

「カノン様。昨日はパーティー会場でお姿を見なかったですけれど?」

『ああ、音楽の神々と少し話をしたの』


 話をしたというだけなのに、なんだか急に不安になってくる。特にミューズ様はなにかとカノン様に突っかかっていたのだ。


『心配しなくても私は大丈夫よ。シリルもいたし。……でも、そうね。そちらも何かあったらしいわね』


 カノン様は私の顔を見て、何か察したようだ。相変わらず鋭い。


「実は嫉妬の悪魔とちょっと……」

『ふうん。それでダレンの様子がおかしかったのね』


 さすがカノン様、ダレンは普段と変わらない態度だが、カノン様にはお見通しのようだ。いつものように『大丈夫よ』と言ってくださると思っていた。

 今までだってそうやって私の背中を教えてくれたのだから──。

 でも。


『レイチェル。もしかしたら、この先、辛い選択肢や身を切る思いをするかもしれないけれど、大丈夫よ』

「カノン様?」


 艶のある黒髪を靡かせて、カノン様は微笑んだ。いつだって力強く、美しく。


『貴女は、もう、一人ではないのだから。ちゃんと困ったら、助けを求めることができる。何ができるのか、どうしたいのか、得るために何をすべきかも全部わかっているし、それに見合った努力を惜しまないし、覚悟もある。幸せになることが怖くないでしょう』


 それは詩のように歌う。私への祝福のようだった。

 私にとってカノン様は前世の私なんかじゃなく、私にとってはやっぱり憧れで、神様で、私の指針そのもの。

 この先も、ずっと一緒に私と歩んでくれる。

 そう信じて疑わなかった。

 この時までは──。



 ***



 二日目の一般公開。演出として、クラッカーのような派手な物を使って開始となった。今回は一日目と異なり、歌う曲の順番を変える。また新しい曲を一曲だけ披露する予定なため、前半の間に休憩を設けて、後半としていた。


 出だしの掴みも昨日以上に感覚が掴めて、レガートを含むみんなもノリノリだった。私も周囲の熱に感化されて、ソレに気づかなかった。


 それは遅延性毒のように後からジワジワと私の体を蝕んでいた。そのことに気づいたのは、後半の歌を終えた直後だった。

 足がふらつき、体が熱い。


(あれ?)


 視界が揺らぎ、呼吸が可笑しくなる。

 幸いにも次でラストと言うこともあり、氷結魔法の演出で幻想的な霧ミストを作り出していた。


(可笑しいな……息苦しい)


 ふと傍に居るカノン様が静かなことに気づいた。こんな状態なら真っ先に気づくのに。

 そう考えると慌ててカノン様に視線を向ける。歌っているときはカノン様が憑依しているので、一体感があった。

 いつからか、その感覚がなくなっていた。

 いつから?


「カノン様!?」


 私の隣にいたカノン様が振り返ると、その美しい肌に黒紫色の痣が目に入った。それがどういう物か分からなかったけれど、良い物ではないとすぐに分かった。

 音楽を止めたかったが、すでに前奏が始まっている。


(ここで音楽を中止に、急いでダレンに──)

『それこそ敵の思うつぼだわ』

「カノン様?」


 この状態でありながらカノン様は笑った。笑ったのだ。


『やってくれたわね。不可視の精神汚染。レイチェルが輝けば輝くほど、この毒は体を、心を、魂を蝕む』

「──っ!?」


 それならどうして私ではなく、カノン様に毒が回っているのか。なにが起こっているのか私にはまたしても分かっていなかった。

 今すぐに音楽を止めたいのに、カノン様はそれを認めない。


『音楽を止めて終始しても敵の思うつぼで、困るのはレイチェル貴女よ』

「でも、今止めなければカノン様は──」

『どちらにしても、この毒を受けもつと決めた以上、私は長く持たないわ。それなら──最期までレイチェルとのデュエットを楽しんだほうが良いもの』


 それは唐突の決別の言葉だった。

 すでに前奏は終わっていて、歌詞を歌うべきなのに声が出ない。ダレンやレガートたちも、私の異変に気づき始めた。観客も雰囲気を察したのか、ざわつく。

 私は案山子のように佇んでいるばかりだ。

 声が遠のく。


「どうして……私ではなく、カノン様が……」

『いつだったか、シリルの呪いを解く時に【持ち主の厄災を引き受ける「身代わり」のことを大祓人形身代わり人形】の話をしたでしょう。あの時に、万が一貴女に呪いや精神な攻撃や毒を受けるとしたら、私が肩代わりしようと決めていたのよ』

「どうして……」


 いつも半透明だったカノン様の姿に罅が入って、指先が灰となっていくのが見えた。


「──っ」

『元々、私が顕現できたのは、レイチェルを助けたいという強い思いから。貴女の心が砕けかけた時にできた破片の一欠片なの。言ったでしょう、いつ消えるか分からないって……。それが思っていたよりも、ほんの少し早かっただけ』

「そんなっ……嫌です」

『レイチェル。私の最期の夢を、私の最期の歌を一緒に歌ってくれないの?』


 それは──ずるい。

 そんな言い方。


 下唇を噛みしめ、今までのカノン様との思い出が蘇る。


『私は煌星きらぼしカノン! 職業は《|偶像《アイドル》》で、レイチェル貴女の前世よ』

『私たちが王位継承生存戦略に協力してあげる!』

『これからよろしくね』

『レイチェル、今まで一人でよく頑張ったわ』

『貴女が死に戻りを繰り返している中で、私たち……かつて貴女だった魂はずっと見ていた。挫折、絶望、裏切り……それでも諦めなかった。そんな貴女のためになりたいと、「レイチェルのために」と私は顕現したのよ。貴女が諦めそうになるのなら、その足りない分は私たちが補ってあげるわ』

『それじゃあ、レイチェル。あんなの、やっちゃいなさい』


 出会った時からめちゃくちゃで、最期の最期でもこの方は無茶を言う。


『それじゃあ、レイチェル。仕切り直しで、ショートバージョンで歌うわよ』

「──っ、はい」


 困惑と、舞台袖のスタッフたちやざわつく観客の空気。

 一度リセットする。そのために、ダレンに合図すべく人差し指を空に掲げた。

 次の瞬間、真広の空に魔法の花火が打ち上がった。


 それと同時に一度音楽がストップする。

 花火で空気が変わった。ここからが、勝負所だ。ここで失敗すれば、まき直しはできないだろう。一発勝負だ。


 それは前にカノン様が話していたアニメやらドラマという物語の前に挟む音楽らしく、その場合は通常の曲よりも短くする分、いきなり大サビからはいるという場合もあるとか。

 それを練習なしの土壇場でやると言うのだから、本当にむちゃくちゃだ。


「『Felicitatem tibi.』」


 私とカノン様だけの声が響く。その声に合わせてダレンがピアノを弾き始める。「ああ、そういうことかよ」とギターのリゾルートが気づき、続いてフェローチェも合わせた。レガートとエレジーも音を重ねていく。本当に彼らは天才だった。

 一気に空気を変えて、私たちは歌い続ける。


「『貴女に会えてよかったと 宵闇に向かって私は叫ぶ

 貴女が手を伸ばし 私に託してくれた 願いを

 ずっと手にしていたのに 目を瞑っていた』」


 今ならわかる。この歌詞は私への贈り物だったのだと。

 いつか来てしまう決別に向けての、カノン様なりの置き土産。


「『貴女の目が覚めて 孤独だと思っても

 手の温もりも 声も願いも 覚えている

 重ね合わせた 思いは 忘れない』」


 一日目は夢中だったから気づかなかった。歌うことがこんなに楽しいなんて、舞台に立って自分の魂を、思いを、歌にする。

 カノン様が目を輝かせて歌の話をしてくれた、その熱意が伝わってきた。


(カノン様、これが私の、今の全部です)


 全てをさらけ出し、歌う。全てを歌に乗せた。

 少しでも、カノン様に届いて欲しい。

 私をずっと導き、私を守り、沢山のものを残してくださった──私の女神あいどる



この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?