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第61話 ダレンの気持ち

「ふふっ、あははは! そうよね。私が直接声をかけたら、そう答えるでしょう」

(ダレン……)



 ダレンの言葉に息が止まった。

 嘘だと思いたい。

 でもレジーナ姉様の勝ち誇った笑い声が耳障りで、これ以上聞きたくないとその場を後にしようと思った。

 しかし──。


「──なんて、言えば満足なのですか?」

「え?」

(え?)

「実にくだらない質問でしたね」


 ダレンは馬鹿にしたような苦笑じみた声で答えた。


「なっ、私の《|魅了《ファ・サ・ネイ・シャン》》に掛からない?」

「そんな低スペックな贈物ギフトごときで私が魅了されるとでも? 不愉快極まりないですね。私の心は既にレイチェル様に捧げたのですから、それ以外の者に心を移すとでも? あまり人外をなめないでいただきたいですね」

「──っ」


 驚くほど冷ややかで、敵意を剥き出しにした声に、レジーナ姉様の表情が凍り付く。カルメラ姉様もジルベルタ姉様にも続いてレジーナ姉様も迂闊すぎる。


「そちらの陣営にいる悪魔たちに警告はしていたのですが、伝わっていなかったのであれば改めてお伝えしておきましょう。レイチェル様を害するのなら、ご自身が死ぬ以上に恐ろしい目に遭うことを覚悟して挑んでください。私はいつでも全力で潰しに行きますので」

「ど、どうして……っ、レイチェルの何がいいの!? あんなの子、血筋以外になんの役に立つのよ!?」


 レジーナ姉様がいつになく感情的に叫んだ。いつも優雅で余裕のあったお姉様とは思えない切羽詰まった声だった。


「貴女の目は硝子か何かですか。私にはどんな宝石よりも美しく、愛おしい。第五王女、血筋、才覚があるなんてどうでも良いのですよ。私の目にはレイチェル様が愛おしく見える。あの瞳に私を映す。独占できることが幸せ──だと思っているのです。だから、それを害する者は誰であろうと潰します。第五王女レイチェルだから、ではなくレイチェル様が欲しいのです」

「なっ」


 それは強烈な告白だった。それこそ一世一代のプロポーズのようなものだ。肩書きじゃなくて私自身が欲しい。なんという殺し文句なのだろう。

 正面から言われなくて良かったような、惜しいような気持ちになる。


(きゃああああーーー! 褒め殺しすぎる)


 カーテンの中で身もだえしそうになるが、なんとか耐えた。


「うんうん、いいね。すごくいい。極上の嫉妬の味がプンプンする」

「七大悪魔の一角を担う嫉妬ナイトですか」

(七大悪魔の一角!?)


 突然バルコニーに現れた悪魔に背筋が凍る。ちらりと姿を見ると紫の髪のなんとも美しい偉丈夫だった。黒いスーツだがシャツのボタンと二つほど開けて色香がすごい。


「久しぶりだね、《魔導書の怪物》。君がたった一人の人間のためにここまでするとは、にわかには信じられなかったけれど、どうやら本当に惚れているようだ」

「最初からそのように警告をしていましたが?」

「あの《魔導書の怪物》だよ? 気まぐれで国を滅ぼし回って、賭け事が大好きな知識欲の塊。いつだって動くのは自分の興味か賭けでだけだ。人間に恋をして、守るためにいるなんてどんな三文芝居だって思うさ」


 悪魔の嫉妬ナイトは饒舌に語る。

 それは私の知らないダレンの過去だ。きっと知識を求めて、賭けをすることで新たな何かを手に入れようとしていた──怪物らしい怪物だった頃のダレン。


「悪魔であるあなた方が私の何を見ていたのか知りませんが、今も昔も私は私のしたいようにしてきた。それだけです。そしてそれを邪魔する者全てをどうしてきたのか、悪魔であるあなた方のほうが詳しいのでは?」


 声こそ丁寧だが、それはゾッとするほど低く冷たい声だった。


「わかっているさ。だけど、今回は十分な対価が払われるのなら、君に挑むのも面白いかなぁ、ってね。それに実際にこの目にして、レイチェルだっけ? とても綺麗で可愛らしい子だった」

「──っ、ナイト!?」


 激高するレジーナ姉様に、悪魔の嫉妬ナイトは飄々としていた。まるでレジーナ姉様が怒り狂うのを狙っているかのよう。


「そういうわけだから、僕が彼女を口説いても良いだろう。《魔導書の怪物》?」

「そんなこと許すわけが──」


 悪魔の嫉妬ナイトは、何もないところから黒のシルクハットを取り出し、両手を叩いた瞬間、ぽん、と音と共に私の視界が一変する。


「え」


 気づいたときには視界にはダレンの姿、そしてレジーナ姉様が。

 一瞬の浮遊感と誰かに抱き留められた感覚。キャラメルのような甘い香り。


「うん、近くにいてくれて良かった。……さて、君は周囲の嫉妬によって、あるいは自らの嫉妬によって身を滅ぼすか。楽しみだ」

(なにを……?)


 顔を上げた瞬間、悪魔の嫉妬ナイトの唇が触れた。舌が入ってきそうだったので、慌てて唇を閉じた。


「な、ナイト!!!」

「殺す」

「──っ、おっと」


 私を抱きかかえていた感覚が消え、引き寄せられるようにダレンに抱きかかえられる。悪魔の嫉妬ナイトは素早くその場から退避し、距離を開ける。

 いつの間にか消えたシルクハットを被り直す。


「あははは、二人とも素敵な嫉妬をありがとう」


 バルコニーの端に着地し、道化師のように優雅に一礼してみせる。その姿も煽っているかのよう。


 私を抱きかかえているダレンも目が血走って、怒っているのが分かる。でもそれは悪魔の嫉妬ナイトの術中に嵌まっているような、そんな作為的な気がした。


「ダレン、もしかしたらあの悪魔の──」

「レイチェル様、すぐにアレを始末しますので、このままジッとしていてください」


 私ではなく悪魔の嫉妬ナイトを見ている。そしていつになく怒っているのが伝わってきた。でも今、その行動は良くない。嫌な予感がする。


「ダレン。愛していますわ、私は貴女のものですよ」


 そっと耳元で囁いた。

 できるだけ気持ちを込めて、けれど大きな声ではなく秘めるように。


「──っ、レイチェル様!?」

「早く口周りを消毒して、ダレンとキスがしたいです」


 凄く恥ずかしく破廉恥なことだったけれど、この場所に留まっていたら何か嫌な予感がした。だから私にできるのは、この場から脱すること。


「レイチェル様、それは反則では?」

「でも本心だわ」


 激高していたダレンの表情が落ち着いた。コツンと額を合わせて大きく息を吐き出す。それから私を抱え直して、バルコニーを後にする。

 レジーナ姉様は悪魔の嫉妬ナイトに詰め寄っているのが見えた。私たちに一度だけ視線を向けたが、少しだけ残念そうに見えたのはダレンが激高しなかったからだろうか。


「ナイト! どういうつもりよ。どうして、あんな女にキスなんて……!」

「レジーナ様、これも対価の一つですからね。でも思ったよりも唇が小さくて、瑞々しくて、なかなか美味ですね」

「──っ!」


 レジーナ姉様が悲鳴に似た声を上げているのが遠くで聞こえたが、私はなんとなく寒気がして体が震えた。もしこの時に、悪魔の嫉妬ナイトを殺していたら、私は──を失わずにすんだのだろうか。



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