振り返るとそこにはローレンツ兄様と、その取り巻きの天使や護衛騎士たちが揃っていた。その圧倒的な存在感に気圧されそうになる。そんな私の肩を掴んで引き寄せたのは婚約者のエドウィン様だった。
「エドウィン様」
「レイチェル様、改めて兄君にご紹介して貰えませんか?」
ローレンツ兄様が得ようとしていた主導権を、エドウィン様が奪い取る。気圧されそうだった自分を鼓舞して、改めてローレンツ兄様に向き直る。
「そうね。……ローレンツ兄様、彼が婚約者のエドウィン・リスティラ様です。カエルム領地に来てからすごく良くしてくださっているの」
「初めまして、ローレンツ様。リスティラ侯爵の養子になった新参者です」
「初めまして、リスティラ令息。妹に頼りになる御仁がいたと話は聞いていたけれど、改めてお礼を言わせて欲しい。今日まで妹を支えてくれてありがとう」
にこやかな笑顔で握手をする。ローレンツ兄様がエドウィン様の正体を知っているかは正直分からない。ただそちらの陣営には天使がいるのだ。もしかしたら勘づいているかもしれない。もっとも人外が婚約者だろうと問題はないのだ。
「ところでレイチェル。今回、67番目の音楽、教会からも聖女として認められたら君は何を望むのかな? カエルム領地の運営も素晴らしいと聞く。君の最終目的を聞いておいても?」
決して大きな声ではないけれど、パーティー会場によく通る声でローレンツ兄様は私に問うた。遠回しに王位継承権争いに参加するのか、と。
笑っているけれど腹の底は分からない。
ローレンツ兄様もレジーナ姉様と同じように少し余裕がないのか、直球過ぎる。もっと慎重に動くと思っていたのに想定外だった。私に言動に影響力があると思ったのだろうか。
(いつの間にかローレンツ兄様や、レジーナ姉様たちを揺さぶるほどのことをしていた?)
無我夢中で動いていたので、あまり実感がない。でも答えは最初から決まっている。
「私の最終目的はカエルム領地の発展と、エドウィン様と幸せな家庭を築くことですわ。それとやはり本の普及でしょうか。私もエドウィン様も本が趣味ですから、よりたくさんの書物を読むためにも、今のところ王都にも負けない図書館を作りたいですわ」
「レイチェル様。なんて嬉しいことをいうのでしょう」
エドウィン様は少し屈んで、私の頬にキスをする。
「エドウィン様っ!」
「可愛いことをいうレイチェル様がいけないのですよ」
エドウィン様は、よほど嬉しかったのか頬が赤くなっていた。私も思った以上に恥ずかしいことを言ったと思い出し、顔が熱くなる。
「じ、事実ですから」
「ええ。私は幸せ者ですね」
(ひゃあ。その笑顔は反則だわ!)
王位継承権争いに参加する気はない。遠回しだけれどそう答えた。王都に戻るつもりもないことも。けれど消されないようにするための力は必要だからこそ、聖女になることを選んだ。もっとも今後起こる可能性の疫病対策でもあったけれど。
「それは……つまり、最終目標はカエルム領地の領主と?」
「はい。いずれは王位継承権を放棄しまして爵位を持ち、今度もローレンツ兄様を支えたいと思っていますわ」
貴方の陣営で支援すると宣言した。これにはローレンツ兄様の取り巻きたちも少し驚いた、あるいは感心したのか少しだけ圧の掛かっていた視線が消えた。
「お兄様も私の幸せを願ってくださると嬉しいですわ」
「ああ、そうか。……君が応援してくれるのなら心強いよ」
驚いていたけれど、ホッとしたのか目を細めて笑ってくださった。私が頭角を現したから脅威を覚えたのだとしたら、安心して欲しい。王位継承権に全くもって興味など無いのだから。
自分が生き残るためにもローレンツ兄様の存命が第一なのだ。今後も身の危険を介して貰うために、防御魔法や魔導具をお渡ししておこう。
このあたりはダレンと相談することにした。
***
ロイヤルフェアに展示している絵画や魔導具、武器などの売れ行きも良く、また貴婦人──マーサのネットワークを駆使して、教会との共同経営で作った化粧品一式や、ハーブティーの会員制販売も好調だ。
ロイヤルマーケットのイベントなどで、大量に作った貝殻の粉がいろいろな物になって、商品となっていることに気づいているのはごくわずかだろう。
いつの間にかレジーナ姉様はいなくなっていた。あと何度か私にちょっかいをかけてくると思ったのだが、あまり関わってこなかったのは意外だった。
(今まではレジーナ姉様にしてやられたことが多かったから、なんだか拍子抜けしたかも)
そんなことを思いながら、少し外の風に当たろうとバルコニーに出た。そこでレジーナ姉様とダレンがいることに驚き、思わずカーテンに包まって隠れた。
「……今なんと言ったのでしょう?」
「レイチェルの傍ではなく、私に仕える気はない? ──って聞いたのよ」
「──っ!?」
レジーナ姉様の勧誘。
いつかそう来る未来はなんとなく予感していた。ダレンは誰が見ても素敵だし、紳士的だ。魔導書の怪物として人外としても話が通じるほうだと思う。
レジーナ姉様には切り札があるのだろうか。やけに自信満々だった。
(ダレンは……なんて答えるの?)
ダレンなら大丈夫だ。そう思っているが、不安な気持ちは拭えない。彼が答えるまでの数秒がとても長く感じられた。
手に汗を握りながら、耳を澄ます。
「それは──面白いですね」
「!?」