会食の場。
贅を凝らした季節限定のフルコース。料理人メメを含むチームの最高傑作だ。私が会食の場に訪れた時にはメインデッシュの前だった。
「皆様方、遅れて申し訳ありませんでした。本日の主催者の──第五王女レイチェル・グレン・シンフィールドです。歌の披露会と、ささやかながら会食の場を設けさせて頂きました。午後にはロイヤルフェアも行うので、楽しんでいただければ幸いです」
堂々と挨拶をする私に、第三王女カルメラ姉様と第四王女ジルベルタ姉様はナイフとフォークを手に固まっていた。他の者は「おお」と割と好感的な反応を見せた。
「これは、これはレイチェル様。素晴らしい歌声でした」
「ええ、婚約者として鼻が高いです」
真っ先に席を立って声をかけたのはセイエン枢機卿と、ダレンの分身のエドウィン様だ。本来食事中に席を立つのはマナー違反だが、
一昔前なら異母兄弟姉妹からは無視されていただろう。でも私はもう無視されるほど小さくも弱くもない。
「レイチェル。しばらく見ない間に綺麗になったね」
「ローレンツ兄様」
私と同じ美しい金髪の髪、蜂蜜色の瞳に、彫刻のような整った顔立ち。王族という品格と朗らかな余裕のある笑みを向ける。親しげに声をかけてくれたので、少しだけ緊張が解けた。
現在、ローレンツ兄様の陣営としてそれなりの成果を出している。このカエルム領地の運営で得られた莫大な財のほとんどは、ローレンツ兄様に献上しているのだ。
「おお、前に会ったよりも逞しくなったな。レイチェル」
「ランドルフ兄様。お久しぶりです」
「私たちを待たせて言い身分ね、レイチェル」
ランドルフ兄様は悪意なく思ったことを口にしつつ、食事に夢中だった。今も昔も私にとんと興味がないようだ。そしてレジーナ姉様は早速チクチク言い出した。
昔なら「ごめんなさい」と口にしていただろう。
でも──。
「申し訳ありません。ですが招待状や会席の前にも、披露会の後の着替えなどで遅れると言う旨は最初にお伝えしておりますのに、お姉様はちゃんと招待状をお読みになったのでしょうか?」
「なっ!?」
「確かに。レジーナ、今のは失言だったね」
真っ先に私を庇ったのはローレンツ兄様だった。それに追随するように、セイエン枢機卿も口を開く。
「最初からその旨を明記した上で、ご参加するかも含めてご参加くださいとあったのに、それをこの場で揚げ足を取るのは……王族とは言え品性を疑います」
「──っ」
「どうやらこの場で、心から妹君の功績を面白く思っていないようですね」
セイエン枢機卿の言葉の後にエドウィン様も言葉を続ける。中立に入ろうとする貴族たちにレジーナ姉様は顔を歪めた。
(あら、思ったよりも余裕がないのね)
想定よりも早く取り繕っていた顔が崩れている。昔はもっと傲慢で一方的に攻撃をしてきたのに、全くもって弱い。
「お姉様だって失言はしますわよね。でも、気にしていませんわ。それに皆様の食事をお止めしたのは私ですもの。皆様、申し訳ありませんでした」
「──っ、私も言葉が過ぎたわ。……お父様も来ると思っていたのに残念だったわね」
話をすり替える。国王陛下の席は一応用意していたが、そこは空席だ。披露会にも出席はしていない。分かっていたことだが、別段落ち込みはしなかった。
王城にいた時に助けを求めたけれど、一度だって私の声を聞いてくださらなかったのだ。今更末娘の披露会など気にしないだろう。
精々聖女の称号を得て、国にとって役に立ちそうになったら声をかける程度だ。想定内。
「国王陛下はお忙しいですから、仕方ありません」
「そうね。末娘の晴れ舞台に現れないのだから、さほど興味も無いのでしょう」
「寂しいですが、いつか国王陛下が認めてくださるよう精進しますわ」
できるだけ健気に、それでも儚げに笑う。父を慕う娘を演出するためだ。ただ泣くだけでも、落ち込むでもなく、前向きに王女としての役割を全うする。そう周りに印象付ける言い回し。
カエルム領地に来て、今まで散々な無茶振りをしてくださった方々がいるのだ。このぐらいの演技は慣れっこだ。
「あら、国王陛下なら会食にこそ現れていないけれど、披露会にはいたわよ」
「え」
「な、そんな訳が──」
歌の女神ミューズ様の爆弾発言で風向きは大きく変わった。上座の席に座る女装──の男性は、さらっと言ってのけたのだ。
「あら、神の言葉を信じないってこと?」
「そんな……ことは……」
「そもそも神の顕現している祭事に、一国の王が挨拶に来ない訳ないでしょうに。ああ、レイチェル。貴女の歌を聴いたけれど、結論は三日後の最終日に出すわ。残り二日、私を大いに楽しませてちょうだいね」
「ミューズ様」
悪戯を思いついたかのような笑みでウインクする。それを見て傍に居た少年──音楽の神ブリード様は呆れていた。
「レイチェル、気にするな。ミューズはとても面倒くさい性格をしているだけだから。僕は君の音楽を67番目の音楽として認める。素晴らしい調和のとれた音楽だった。久しぶりに素晴らしいものを見せて貰った。もっともあと二日を楽しみにしているのは僕もだから」
「ブリード様……!」
「私も貴女を認めるわ、レイチェル。素晴らしい楽器と、それを使いこなす歌だった。心を揺さぶられる、素晴らしい歌だった。貴女のような新たな才覚が現れて嬉しいわ」
「ガンダルヴァ様。ありがとうございます」
「良い? 私が認めて初めてクリアするのだからね」
「はい、ミューズ様」
ミューズ様は口を尖らせながら、私に気を抜くなと遠回しに告げる。場の空気は一瞬で神様たちが変えたので、レジーナ姉様は不愉快そうに黙った。
どうにかこの場の主導権を得ようとしたのだろうけれど、失敗したのだろう。第三王女カルメラ姉様、第四王女ジルベルタ姉様は、輿入れの段階で王位継承権を放棄している。日和見主義の一族に嫁いだらしいので、どちらの陣営と明言はしていない。
ただ末姫である私であれば上手く手玉にとれると思って、参加したのだろう。完全に当ては外れているだろうけれど。何か言ってきてもまったく怖くない。
(可笑しいわ。昔はもっと怖かったのに、全然怖くない)
油断する気はない。引き続き気を引き締めるが、それでも不思議な気分だった。
「レイチェル、いつまでも主催者が立ったままではダメだわ。私の隣に座って食事にしましょう」
「カノン様!」
この場で誰よりも美しく、気品に溢れたカノン様の声に他の大貴族たちも見惚れていた。正直レジーナ姉様よりもカノン様のほうが美しい。特に並んで見ると美しさが際立つ。
(さすがカノン様だわ!)
この時、私とカノン様に対して、すさまじい嫉妬の炎を燃やしている者がいることに私たちは気づいていなかった。
もし気づいていたら、何かが変わっただろうか。
あの結末を避けられただろうか。