私の提案に驚き困惑しつつも、美味しいものの誘惑に負けたのか、ぞろぞろと席に座り食事を始めた。量が多すぎないかと不安だったけれど、お腹が空いていたのか、フウガ、ディルク、ランファたちは食べる、食べる。
手掴みとかではなくナイフとフォークを使い、マナーを守って食べている。それなりの教養があってよかったわ。そもそもシリルのことを「若」と言っていた──と言うことは、全員それなりに身分が高かったのかも?
「(まあ、シリルたちの事情は、もう少し後で確認するとして……)ダレン、あの少年……シリルの容態はどんな感じかしら?」
「そうですね。危険な状態からは脱しましたが、長年肉体への負荷が掛かっていましたので、薬湯や薬の処方があって完治まで三ヵ月はかかるのではないでしょうか」
「(わぁあ……カノン様の見積もりが二ヵ月なところを更に一ヵ月引き延ばしたわ。こうやって情報操作するのね。勉強になるわ)そう、でも三ヵ月ずっとホテルを借りてはいられないわね。領地での仕事もあるし」
「であれば、あの少年の体調管理を見て……そうですね
「そうね。王都も騒がしくなるだろうし、早めに移動する方向で馬車の手配をお願い(あ、これ絶対に一週間じゃなくて、明日か明後日に移動する気だわ)」
ダレンとカノン様の警戒が解かれていないのは、グォン以外にも裏切り者がいる可能性を考えているということ?
それとも単に警戒しているだけ?
まあ、契約を上書きすることができる魔導具があるのだもの、警戒はしたほうがいいわよね。紅茶を口にしつつ、改めて名乗ることにした。
「改めて私はラサウルス王国第五王女レイチェル・グレン・シンフィールドですわ。現在は第二王子ローレンツお兄様の代行として、カエルム領地の領主を担っております。ウルエルド様にもお伝えしたけれど、貴方方には奴隷契約を解除して、新たに護衛契約を結びたいのだけれど、何か意見はあるかしら?」
「あの私やフウガは……護衛として役に立てるか……一度も戦ったことがないのです」
「(え!? 一年後には一騎当千の護衛剣士か騎士になっているのに!?)ええっと……『そう。人員配置をするから何ができるのか、そして貴方たちの身の上を話してくれないかしら?』」
「あ、はい……」
「それならば吾輩が」
途中でカノン様が表に出てくれたおかげで、サクッと本題に入った。こういう時も一々おどおどしないで余裕を持って接しないとダメね。今後の課題だわ。
「吾輩たちは多種族国家ノルヴァの出身です。そしてシリル殿は、その白狼族の──第一王子であられます。事情があり国外追放。吾輩たちはその側仕えとして付き従っておりましたが、路銀が足りず気付けば奴隷契約を結び……」
「『ストップ。私は貴方たちの雇用主となるの。変に隠されると後々面倒だから、さっさと知っていることを全部吐いてしまいなさい。ウルエルド様から直接雇用したと聞いていたけれど、これはウルエルド様の認識が間違っているってこと?』」
「それは……」
うわああ……。カノン様、容赦ないわ。これって軽い尋問? 面談よりも圧が半端ないわ。
黙り込むディルクにカノン様はふっ、と笑った。この状況で笑うカノン様は何処までも優雅で、自信に満ちている。
「『ああ。シリルの
「──っ」
ディルクの顔は青ざめ、脱力した。あくまでも「こちら側は助けたいけれど、情報がないとシリルが危ないかもしれない」と嘘ではないけれど、情報を引き出すため誘導する。
こういう駆け引きは社交界でもあったけれど、どちらかと言うと自分のダメージを最小限にする処世術のようなものだった。でもカノン様の交渉は違う。情報を得るために一つ一つ見逃さずに確認をしていく。それも相手にとっても大事なことなら、情報を出し惜しみしてはいられないという心理状態に持ち込む。
「若は、私の異母兄弟なのです。そして第一王子なのは事実です」
「ランファ!」
ディルクが制止を掛けるが、ランファは構わずに私に話してくれた。十二歳の外見とは不釣り合いなほど、しっかりした口調だった。
「……ご推察の通り、《森羅万象の魔女》を殺したことで呪詛が発動しました。本来なら私が《生贄の巫女》となるはずでしたが、それを若が変えたのです」
「変えた? もしかして伝承にあった《森羅万象乙女のエッダ》に書かれた《|森羅万象の魔女《乙女末裔》》は己の死期が間近になると精神が不安定になり暴走。生贄となる乙女によって森の厄災を鎮めるという?」
「そうです。……代々そのように受け継がれてきたのですが、今回の《森羅万象の魔女》様の力は強大で、贄を捧げる前から森を枯らし、全ての者に呪詛を吐き散らして……このままでは我が国は滅ぶ運命にありました。帝国、法国、王国も全て自国の問題だと援軍はなく……だから、若はそんな国を守るために戦われたのです」
「そして……《森羅万象の魔女》を殺したことで《悪夢侵食》、《魔女呪詛》を受けた、と」
「はい。国では若の処刑を望む者が多く、みな伝承通りにしなければ国が滅びると思ったようです。……国王は当時国内にいた武器商人に他国に逃して欲しいと依頼したのですが、通常の雇用契約では人と扱われてしまうため、テサウルス王国には《武器》として入国する形に整えたのです。……この国なら解呪する方法があるかもしれない、と。ただこれは私が聞いた話で、実際武器商人のあの方と、国王陛下がどのように話を付けたまではわかりません」
今の所、ランファの話に矛盾はない。でも何かが引っかかる。ランファはそう聞いているのかもしれないけれど、グォンはどう考えてもシリルに付いていくタイプには見えない。単に国王から命令を受けていた?
「ウルエルド様と交渉したのは国王様だけ? その後交渉を引き継いだのはシリル? ディルク? それともグォン?」
「──っ、グォンです。王国は詳しいって……。でも王都に用意された部屋は、古くてかび臭くて……でも」
「改善はされなかった、と」
「……はい」
「(うーん、どう考えてもグォンは悪意と敵意があったけれど……)そもそもグォンはどういう経緯で国を出ることを決めたの? 自分の意思? それとも国王様の命?」
「それは……すみません。私にはわかりません」
「吾輩も同じく」
「……同意」
ランファはションボリと肩を落としつつ、アイスティーを飲み干した。ディルクやフウガも申し訳なさそうな顔をしている。今まで色んなことをグォンに任せきりだったのかも?
「そうなのね。『──じゃあ、グォンはノルヴァに居た頃は、何の職に就いていたのかしら?』」
「確か商業ギルドの雑貨店の亭主だったと思います」
「『そう』」
カノン様は考え込みように黙ったので、私は言葉を続けた。
「……では話を戻しますが、フウガとランファのできることを教えてくださる?」
空気を変えようと話題を変えたら、二人は少し嬉しそうに自分たちのことを話してくれた。一緒に食事をしたことで、少しは打ち解けてくれたのかもしれない。
ランファは掃除や家事は可能だが、だいぶ雑だとか。ただ勘が鋭いので、敵感知や耳が良いらしい。フウガは無口だが、なんでもそつなくこなすことが出来ると言う。
このまま何事もなく無事に領地に戻ることができれば良いのだけれど、そんな願いは虚しく潰えるのだった。