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第18話 今度は私が君に手を差し伸べたい


 丸一日掛けて錆び落としの知識をフル活用して、磨き上げて修復を選んだ。王族で王女なら普通は選択しないとダレンは苦笑していたが「貴女らしい面白い発想です」と言って貰えた。確かに普通の王族なら誰かに任せるか、変わりを用意するでしょうね。


 でもこれは私自身がどう扱うかを問われているのだから、もしこの武器が人だったとしたら私は同じく接したい。何度か死に戻りをした世界で、私を助けてくれた元剣闘士がいたのだ。その時はすでにレジーナお姉様かランドルフ兄様の配下だったけれど。

 パーティー会場の庭園で足をくじいた私を助けて、手を差し伸べて助けてくれたのは彼だけだった。そしてその時間軸の彼は、ローレンツ兄様の側近のミカエル様と相打ちで亡くなる。しかも明らかに捨て駒だった。

 元剣闘士の護衛騎士シリル。年齢は二十歳前後だったはず。


 助けたかったけれど、いつも間に合わなかった。「自由に生きたい」と望んだ彼の願いをできるだけ叶えるために──ううん、私が生きて欲しいと望むから、無理矢理に自分の陣営に引き入れようと思ったのだ。

 私一人だけなら泥船に乗せてしまうけれど、でもダレンとカノン様、マーサ、セイレン枢機卿がいるのなら……そう思って、ウルエルド様に狼人族の剣闘士がいないか聞いてみた。


「ムムム……」


 するとウルエルド様は少し怪訝そうな顔になった。

 なにか問題でもあるのかしら? 時間軸的に闇オークションの後で捕縛された剣闘士の彼らは、レジーナ姉様かランドルフ兄様の手駒となっていたはず。でもよく考えたら、武器をこよなく愛するウルエルド様が放棄して逃げるかしら?


「……狼人族の剣闘士はいるけれど、護衛は難しいかもしれない、ネ」

「それは……どういう?」

「見たほうが早い、ネ」


 パチン、と指を鳴らした瞬間、地下の酒場から黴臭い部屋に移動した。カーテンも古臭くて、掃除はしているようだけれど、部屋全体が小汚い。調度品はほとんどなくて、ベッドと簡素な椅子があるだけだった。


「こんなところに……?」


 ベッドに横たわっているのは十歳ぐらいの幼い少年だ。白銀の髪に、少し焼けた肌、八重歯がチラリと見える。私と出会った彼は、もう少し大人だったような?


「この子の名前は?」

「シリルだよ。剣闘士になる予定だったけれど病に罹って、このザマさ。戦って死ぬのなら良いのだけれど、病で弱って死ぬのは僕の美学的に嫌いなんだよネ」

「──っ」


 この人にとって剣闘士は武器として愛でる対象だと思ったけれど、それは健康で戦える場合のみのようだ。つまり戦えない剣闘士は武器としての価値がないということ?

 だからウルエルド様は「自分が認めた武器」だけを持って逃走した? 

 その後たまたまレジーナ姉様かランドルフ兄様が拾った?

 ふと視界に文字が浮かび上がる。


 シリル。

 奴隷剣闘士。狼人族。

《剣闘士》、《奴隷契約》。

 贈物ギフト

《剣舞の才》、《武神才覚》……。

 状態異常バッドステータス

《悪夢侵食》、《魔女呪詛》……感染率68パーセント。


 その表記に背筋が凍りついた。《悪夢侵食》は《森羅万象の魔女》様が得意とする攻撃魔法で、《魔女呪詛》は魔女殺しを行った者に与えられる罰だと書物に書いてあった。

《森羅万象の魔女》様をシリルが殺した? 作物を生み出す方を殺したら理が揺らぐ。数年前から多種族国家で不作や凶作という話は聞くけれど、それはシリルが魔女様を殺したから?


 思っていた以上に、シリルは重い過去を背負っていたのね。魔女殺しは大罪中の大罪。国を追い出されて、あるいは売られて奴隷に?

 ううん、今はそれよりも彼を引き取って、適切な治療をしないと手遅れになるわ。でも死に戻り八回目まで彼は私に出会うまで生きていた。私以外の誰かが助けた?

 レジーナお姉様が助けた? 

 それとも──。


「欲しいなら良い値で引き渡すよ。僕よりも君のほうが環境改善には向いているだろうし」

「……それは元天使だから、多種族の扱いが難しいということですか?」

「そうだ、ネ」


 クスリと口元を綻ばせたウルエルド様は、人の形をしているのに、人ではないのだと肌で感じた。別の生き物で、その価値観は全く異なるのだと。

 青と紫の瞳が爛々と輝く。


「僕たち天使、堕天使も悪魔も生活環境で病も体調不良になることもないからね。宝の管理は気をつけているけれど、生物は加減が難しい。生きるために、必要な物や食事も含めて剣闘士は特にね。元々多種族国家で料金が足りないからって、剣闘士で補填することになった……というか押し付けられたから、ネ。生存に最低限の投資しか掛けないのはしょうがないだろう」

「シリル以外にも剣闘士がいるのですか? 主に亜人族の」

「うん。剣闘士と見習い、従者が二人の計四人かナ」


 四人。私の記憶にあるシリル以外……だと……。


「若を連れて行くのなら、私もお供させてください!! 必ずお役に立ってみせますから!」


 部屋に飛び込んできたのは、桃色の髪に翡翠色の瞳を持つ少女だった。麻のボロボロのワンピースを着ていて裸足だ。年は十二歳ぐらい。

 この子……どこかで……? 

 ウルエルド様は少女を睨み、動きを止めた。


「ひっ」

、躾ができておらず申し訳ありません」

「い、いえ(私の名前を伏せて呼んだのは、彼女たちに私の正体を悟られないように? その辺の配慮はさすがだわ)」

「今、話に上がった剣闘士見習いのランファです。竜人族なので剣闘士に、と思ったのですが……実戦経験はありません」


 ランファ? 

 もしかして隻眼の女剣士!?

 黒い眼帯を付けた一騎当千の竜人族の女剣士。第三王子ランドルフお兄様か第二王女レジーナお姉様の手駒で、死に戻りではどちらの陣営だったはず。第二王子ローレンツ兄様の騎士団長と互角の実力を持っていた──でも、こんなに幼かったかしら?


『亜人族なら、人間と異なる急成長とかあったりするんじゃないの?』

「あ」


 さすがカノン様だわ。

 亜人族の成長過程は、精神面に引っ張られると本で読んだことがある。それと瀕死の状態で限界突破した者が、急成長を行うことで進化したとかも。それなら一年か二年で少女から大人の美女に急成長するのも納得だわ。


「ランファ、何を騒いで……!」

「……」


 彼らは……?

 長身で灰色の長い髪の老兵と、その背中に隠れる黒髪の少年、そして──。


「ああ、彼らは一級剣闘士のディルク、非剣闘士のフウガ、グォンです」

「──っ!」


 最後に入って来た熊の亜人は猫背で、焦げ茶の前髪は長く、目を隠しているようだった。

 その姿を見た瞬間、怒りで全身の血が沸騰しそうになる。幾度となく私やローレンツ兄様の側近を翻弄した裏切り者。そしてラグを追い詰めた一人でもある。


 グォン、この男のせいで……っ!

 爆発的な怒りで頭が真っ白になったが、すぐに自分の頭が冷えていくのがわかった。本当に怒ると、こんな風になるのね。

 それと同時にある記憶が蘇る。

 何度目かの死に戻りの時、酒場でグォンが話していた言葉だ。


『いやぁ、グォン様は羽振りが良いようで』

『俺が出世したのは、故郷の連中を売ったからだ。ずっと気に入らなかったから、仲違いさせて殺し合うように仕組んだのさ』


 自慢気に語っていた。

 その後シリルが死んでいたことを知って、遅かったと悔やんだ。あの時はシリルとグォンが繋がっていなかったので分からなかったけれど、今ならあの時の点と点が線で繋がり、ある推測ができる。


 グォンはシリルたちを仲違いさせた上で、バラバラに分断させて殺し合うように仕向けた。なぜそんなことをしたのかまでは分からないけれど、死に戻りを何度もして同じことを繰り返していたのだから、間違いなくグォンはシリルたちにとっての敵。そしてゆくゆくは、私たちの敵にもなる存在。それだけはハッキリとしている。


「坊ちゃんをお買い求めに? それならオラも……」

「吾輩たちは、若の配下の者でございます。王侯貴族の方に囲って頂けるのなら、そのご慈悲に縋りたく存じます」


 そう言って頭を下げたのは、年長者のディルクだ。彼はここにいてもシリルが快調しにくいと分かっている。だから王侯貴族に買われることを受け入れたのだろう。

 元々それなりの人数を引き入れるつもりだったけれど、ひとまずシリルの安全確保が第一として、グォンを私の陣営には入れたくないわ。ここで分断する方法……。

 あら?


 ふとグォンの表記に違和感を覚えた。よく見ると偽装、ううん、上書きされている。《嘘詐欺下卑》という赤い文字が浮かんでいるし、彼には奴隷契約の証がない。


『あら、揺さぶりをかけるのに使えそうね』

「!」


 カノン様はノリノリで楽しそうだわ。こういう時、本当に良い感じに後押しをしてくれる。内側からぐちゃぐちゃにされる前に、手を打つとしましょう。



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