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第17話 武器商人の矜持・ウルエルドの視点

 武器が愛おしい。

 ただ武器を使い、殺し合うのが見たいのではない。

 敵を屠る瞬間や、血を求めているわけでもない──見たいのは武器を扱う者の魂、矜持、あり方だ。


 特に上に立つ者の器を試すのは楽しい。どのように武器を扱うのか、武器をどう思っているのか。

 第二王子ローレンツは錆びた剣を部下に叩き上げさせて、一回り小さい短剣にして返した。模範的な回答という印象が強い。

 第二王女レジーナは「美しくないから」と捨てて、装飾だらけの新品を渡してきたのでブチ切れそうになった。殺したくなったが、賠償金を払ってなんとか追い返した。今思い出しても腹立たしい。あれは自分以外の全ての存在が取り替え可能なモノにしか思っていない。新生のクズだ。凄惨な死を迎えて欲しい。


 第三王子ランドルフは錆び付いただけで殺せないわけではないと、斬りかかってきた。これは愚直で馬鹿だが面白い男だった。王子と言うよりも戦士に近い。嫌いじゃない。

 第四王子は全く同じような新しい短剣を探して「磨いた」と嘘を吐いて渡してきた。狡猾な男で面白みは少ない。ただ経営と闇ギルドの統率をするだけの器はあるらしい。


 そんな中で第五王女レイチェル。彼女はどのような答えを導き出すのだろう。少しだけ興味があった。とある男と同じ回答を導き出す者はいなかったのを見ると、あの変わり者の腹黒狸は何かを見定めているのか、あるいは楽しんでいるのかもしれない。古い付き合いだが、王族であればあの男と同じ答えを導き出す者はいないだろうし、自分で実際にするとは思えない。

 もっともあのイカレタ異形種が、好意的に仕えているのには驚いたが。どういう風の吹き回しか、単なる気まぐれで暇つぶしか。

 その理由は、翌日になってわかった。


「私の答えは、これです」


 そう言って差し出したのは、寸分違わない短剣だった。柄や鞘は丁寧に磨かれているものの新品とは言い難い。刀身も錆びはなくなってはいるものの、刃こぼれも多少マシになっている程度だ。「付け刃」と言って差し支えないだろう。明らかに素人が修復しようとしたという結果があった。


「新しいのを買うでも、打ち直すでも、そのまま使えると豪語するわけでも、偽るでもなく馬鹿正直に自分で磨いて修復したのか」

「お預かりした短剣をどう扱うのか、というのが課題だったのでしょう? 預かった以上、自分にできるのは修復です。できる限り元の形のままに維持することでした」

「なぜ?」


 そんな手間を?

 眼前にいるのは王女だ。

 そのような雑事は、従者や侍女に任せるのが普通だろう。だが第五王女レイチェルは真っ直ぐに僕の目を見て答えた。


「その人にとって大切な物を許可なく作り替えることや、新品にすること、まして偽ることは預かった人に対して失礼かと。この短剣に色んな思い入れがあるかもしれませんでしょう? だからできる限り修復を選びました。誰かにとってはさほど価値がない物であったとしても、その人にとっては宝物だってことはあります。私にとってそれは絶版した本や、貴重な本におきかえられますし、できるだけ原型を留めていられるよう手を加えて、一日でも長く使いたいって考えますもの」


 ああ、そうか。

 彼女もまた物を愛する人なのだろう。どおりで魔導書の怪物が好くわけだ。その理屈なら剣である僕の所有物に対しても、同じく扱うのも納得してしまう。

 彼女の荒れた指先に視線を向けた。一日で頑張ったのだろう。その手の荒れを見てとある男の姿と重なった。


『自分で磨く一択だろうが。俺ってば、物は大事にする主義なんでな』


 そう言い切った男は、この国の王だったが。平民や商人などもその考えに行き着く者はいるが、立場が上になればなるほど自分で何かすることはしない。でも彼女は、物だろうと、人だろうと大切にしてくれるような気がした。

 そう思うと久し振りに愉快な気がして、口元が緩んだ。


「王族でそう思う者がいるとは……。、貴女のお望みの武器ならいくらでも手配しましょう」

「まあ! 本当ですの!?」

「ええ、ウルエルドの名にかけて」

「ありがとうございます」


 にこやかに微笑む彼女の瞳は宝石よりもなお輝いて、とても美しく見えた。ああ、そうだ。

 僕が見たかったのは、芯のある魂の持ち主を見出すこと。そしてその生涯を傍らで見続けることでもあった。きっと彼女の傍で様々な武器を使った戦いが巻き起こるのだろう。

 ああ、そんな台風の目となる場所で、傍で、見続けるとしたら──。


「私の主人で、婚約者なので、惚れないでくださいね」

「黙れ──だが、良い主人なのは認めよう。そして速やかに婚約は破棄してしまえ」

「断る」


 ほんの少しだけ理想の主人を見つけた魔導書の怪物が羨ましく思ったが、別の関わり方で傍にいて見届けるのも悪くない。というか婚約者とか、どれだけ耽溺しているんだ、あの怪物は。

 彼女は確かカエルム領地で静養しているとか。ふむ。


「ああ、それと数日後には闇ギルドの摘発される何かと大変ので、我が主人の領地に店舗を構えることをお薦めします」

「!?」


 あの怪物は、さらっととんでもない爆弾を落としていった。

 最近利益を得るために頻繁に開催している闇オークション、なによりこの国テサウルスではロギ・ダートゥム帝国との協定を結んだ星詠暦1584年に、奴隷制度を廃止することを書面で取り交わしている。それゆえ、表向きは奴隷ではなく農奴、剣闘士、隷属従者などと呼び名は変わっていったけれど、主従雇用契約書という正式名称も結局は奴隷契約と呼ばれたまま。内容も一部改善された程度と、協定違反となりかねない真っ黒に近いグレーな商売。


 帝国が奴隷制度を廃止した理由は、皇帝の迎えた花嫁が亜人族だったこと。妻に召し上げるに当たって、亜人族の階級回復を図ることが目的だった。

 亜人族と言っても、その種族範囲はかなり広い。

 元々天使や悪魔、異形種は高い知性と教養、なにより人智を越えた力を持っているので人間種の上位にいたが、亜人族は種族によっては知能が低く、贈物ギフトを持たないとされていたため、低階級の労働側に位置づけされていた。

 もっとも長年続いてきた制度を簡単に切り替えるのは難しいし、その手の商売が手っ取り早く大金が稼げるので、止める奴隷商人は少なかった。王侯貴族も需要があるため、スパッと無くすことは難しい。それは帝国側も同じだったようで、当時は黙認している部分もあった。


 もっともそれも厳しくなってきたのは、現皇帝ベネディクト・ラムブレヒト・レーデ・リヒテンシュタインが即位してから。彼は竜人族の血を色濃く受け継いだ英雄。今までの保守的、腐敗しきっていた帝国を鮮血で染め上げた『恐怖皇』とも呼ばれている。

 帝国との戦争という展開は面白くはあるけれど、それだと素晴らしい魂のぶつかり合いがじっくり観察できないから──うん、無しだ。


 それにあの怪物の言うとおり、テサウルス王国が長年見逃していた闇オークションや人身売買に対して、矛先を向けられる前に第二王子ローレンツ、あとは第二王女あの性悪女あたりが動くだろう。もっと秘密裏にかつ、開催規模や期間を工夫すれば良かったのだろうけれど、こうも頻繁に開かれては、王家も見て見ぬ振りはできない。

 やはり第四王子ポンコツは、第二王女クソ女に取り入るために資金調達を急いだポンコツだ。


 第五王女レイチェルはいち早く気付いていながら摘発せずに、人員確保するだけ。地位や名誉ではなく、もっと先を見ている。面白い。

 そう言えばあの男も「必ずしも勝ち続ける必要はないからねぇ。勝ち続けるのが目標じゃないのなら、得をしない面倒事を引き受ける勝利なんか別の誰かにあげてしまったほうが楽だろう?」と言っていた。第五王女レイチェルは、あの男と同じ道を目指しているのだろうか?

 それならいっそ──そう思ったら心臓が久し振りに脈打ち、高鳴るのを感じた。



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