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第16話 武器商人との交渉

 ダレンの言葉を遮ってウエルド様は奥の部屋に私を促す。隣の部屋に入った瞬間、別空間に入ったような転移魔法の感覚に似ていて、足下がふらつきそうになりつつも何とか耐えた。

 酒場の喧騒から静謐な空間に切り替わる。

 様々な武器が壁に掛けかけられ、棚にしまっているのもあった。中に入るだけで圧迫感というか、武器の存在感がヒシヒシと伝わってくる。


「死の商人なんて呼ばれているけれど、僕は武器を売る人間がどんな人間なのか見定めてから商品を売るかどうか決めている。まず君はなんのために武器を望ム?」


 青と紫色の瞳が私を射貫く。

 その場の空気に飲まれそうになる。正直、何もかも見透かされているような双眸を見返すのは怖い。私が彼を見ている時、彼は私の心の奥を覗き込むような──そんな底知れぬ恐怖が顔を出す。


『別に怖いことは悪くことじゃないわ。それは誰もが持つ危機管理で、直感的な部分よ。それを理解した上で、恐怖を上手く利用しなさい。怖いだけで終わらせては駄目』


 カノン様は本当に、ここぞと言う時に奮い立たせる言葉を贈ってくれる。この恐怖は、分からないことから派生した恐怖じゃない。自分の心を問われただけ──。

 見返すのは怖いのは、自分がポンコツで役立たずだと知られるのが怖いから。現段階でポンコツだろうが、役立たずでも、カノン様もダレンも失望しない。二人が失望しないのなら、私は今私のできる役割を全うすべきだわ。


「私は私が生き抜くため、そして死なせたくない人たちのために信念だけではなく、力が欲しいのです」

「信念、ネ。自分の道のために誰かを犠牲に、斬り捨てなければならないとしても? 君自身が武器を手に血を流す? それとも誰かにやらせる?」


 犠牲。

 その言葉に身が竦みそうになる。でも私の立っている場所は平凡な人生とは逸脱しているよね。常に命を狙われる可能性がある戦場に身を置いている以上、自分が生き残る為には攻撃してくる者たちを退けるだけの力が必要だわ。それがなければ私はまた死ぬ。

 私が無意味に死ねば、私を信じて付いて来た人たちの思いも無為にする。九回目で同じことを繰り返すつもりはない。


「私は剣を握ったことはありません。お恥ずかしながら運動神経もさほどよくないです。だから誰かにその役割を頼むでしょう。けれど私は私自身が生き残る為、味方を守るためなら犠牲を厭いません。その責任からも逃げませんわ。……最小限の犠牲にする努力はしますけれど、刃を向けてきた相手に殺されるほど優しくはありませんもの」

「やり返すため、示威行為でもなく自分の身を守るための武力、ネ。……レディ、君の望む武器人材は?」

「剣闘士を含めた戦力増加。最低でも精鋭が五人はほしいわ」

「剣闘士、ネ。用途は暗殺、それとも護衛?」

「護衛です。護衛契約を結びたいと考えています」


 私が即答するのでウルエルド様は少しだけ目を見開きつつ、言葉を返す。


「へぇ、奴隷契約じゃないんだ」

「私にとって武力とは自分を守るためであり、使い捨ての駒ではなく家族のように信頼関係を築いていきたいのです。私が武器の主人だったとしたら、武器を大事にするのは当然でしょう」

「なるほど、ネ。マーサ夫人の紹介状を持つだけのことはある。いや彼女が主人と認めているのなら、このぐらいのことは言うか」

「ということは……!」

「はい」

「!?」


 ウルエルドは棚の中から古い短剣を私に差し出した。受け取るとズッシリと重みを感じられる。


「抜いてみてサ」

「はい」


 言われた通り短剣を抜いてみると、錆だらけで刃こぼれもしている。


「あの?」

「一日あげる、ネ。その間にその短剣をどう扱ったかで、レディに売る商品を用意しよう」

「え?」

「簡単でシンプルなテストだよ。一日という短い時間で何をするか。レディの決意を見せてください、ネ」


 使い古された短剣ダガーには装飾らしいものもなくて、鞘から抜くのにも突っかかりがあるほど錆び付いていた。刃こぼれも酷い。短剣をどう扱うか。

 これが武器商人であるウルエルド様からの課題? 


 話が終わったら、あっという間に追い出されてしまい、ダレンの転移魔法で私たちはホテルにチェックインした。


「チッ、相変わらずせっかちな堕天使だ」

「(いつも品行方正でいるダレンが舌打ちをするなんて……。よっぽど嫌いなのね)……でも、話が進んでよかったわ」


 マーサの紹介状を持っていたので、すんなりホテルの部屋に通された。彼女の有能ぶりに改めて凄い人だったのだと実感する。


 今日泊まるのは個人経営をしているこじんまりしたホテルだ。部屋は落ち着いた雰囲気で、ベージュ色の壁や柔らかい色合いの調度品やベッドが揃っていた。

 私の身分は、マーサ子爵夫人の遠縁ということになっている。

 髪の色も認識阻害の魔導具を使って、金髪から栗色に変えている。服装も質素ながら貴族令嬢のドレスを用意して貰った。最後までマーサも行くと言っていたけれど、「長距離の転移魔法は契約者のみ」とダレンが断言したことで、領地のことを頼んでおいた。


 今のうちに事業展開すべく、マーサにはある薬草栽培、石鹸製作事業、公衆風呂場、慈善活動による人員確保など、奮闘して貰っている。これは一年後の疫病対策に必要なことで、今から初めてギリギリだと思うけれど、その当たりはマーサとセイレン枢機卿が「なんとかしましょう」と言ってくれたので、お任せした。

 私は私のすべきことに全力を尽くす……のだけれど、今ひとつ成果を残せず肩を落とした。


 部屋に入ってソファに座ってから、改めて短剣をテーブルの上に置いた。何度刀身を見ても、錆び付いて刃こぼれが酷い。これをどう扱うか。

 どう扱ったのか、一日で何が分かるのかしら?


「ひとまず、第一関門は突破おめでとうございます」

「ダレン。……貴方にはそう見えた?」

「ええ、あの堕天使ウルエルドとは少しばかり因縁がありましてね。紹介とはいえ、あの堕天使の持ち物である短剣を、こちらに預けるだけの信頼は勝ち取ったようですよ」

「信頼……。そうだとしたら、その信頼にどう応えるかが今回の課題となるのね」

「恐らくは」


 ダレンは何か知っている風な感じだ。それを聞いても良いのだろうか?

 ずるにならない?

 こうやって躊躇ってしまう自分が嫌になってしまう。もっと思い切りできれば……。


『別に思い切りが良くても、向こう見ずでは失敗するわ。大事なのは知識を上手に利用することよ』

「カノン様」

『今回、一日でどう扱うかしか言われていないのだから、反則事項とはならないし、レイチェルが自分でいろいろ調べてどうしても分からなくて、取っ掛かりとしてダレンにアドバイスを求めるというのは、アリなんじゃない?』

「!」


 ぐるぐる考えすぎてしまう私に、カノン様は適切なアドバイスをくださって一呼吸するように促す。そうだわ。一人ではないのだから、何でも一人で抱え込んでもダメ。でもこれは私に出された課題だとしたら、ダレンにどう協力して貰う?

 ううん、それよりも先に私の方針を決めるべきだわ。錆び付いた短剣。これでは武器としては使えない。そんな武器をどう扱うのか?


 私なら──。

 目を閉じて、自分の持つ知識を総動員する。今までの読み続けていた知識は興味があったから覚えていただけで、実際に役立つとは言い難いものだった。けれどそれは見方を変えただけで大きく変わる。


「ダレン、今すぐ私の言った物を買ってきて欲しいの」

「何なりと。どのようなものでもお持ちしましょう」

「欲しいのは──」


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