新しい環境での生活などで、気づけば数日が経過した。少しは落ち着いた時間が取れると思っていたのだが、甘かったわ。甘々で、紅茶に砂糖を十四杯入れるほど甘かったと思う。
どうして具体的に十四杯かというと、実際に紅茶を出された後でダレンに「このぐらい甘い」と指摘されたからだ。お口の中が甘い味でいっぱいになったわ。
『そう意地悪しなくてもいいんじゃない? 環境に慣れることも大事よ』
「私は自分の大切な方を、甘やかなさない主義ですので」
『それのどこが?』
「?」
ダレンは私をエスコートした上で、椅子に座らせ、「寒いかもしれない」とカーディガンを膝にかけてくれる紳士ぶりを発揮していた。確かに甲斐甲斐しいし、過保護な感じかも?
もしかしてこの紅茶も疲れている私を労って?
「これは主人を思えば当然の対応です」
『言い切ったわね。……まあいいわ。レイチェルが普通通りに生活してくれたお陰で、周囲の監視も少し緩くなる頃だし』
「ですね。そろそろ痺れを切らせるでしょうが、ご安心ください。すでに手は打ってあります」
「……え? そんな話したかしら?」
『何を言っているの。次は王都の闇ギルド主催の闇オークションを潰して、奴隷剣闘士の精鋭をゲット、武器商人とのパイプ作りをするって話したじゃない』
「…………あ」
カノン様の言葉に「ああ!」と思い出した。
それは離れの屋敷に住み始めた、最初の夜──。
***
今後の作戦会議は、豪華な夕食後に行われた。
メンバーは私、カノン様、ダレン、そしてマーサだ。この時、従者として付いて来た幼馴染のラグを入れるべきか考えたが、現段階で彼は従者見習いだったので外すことにした。本当は
「まずは死に──じゃなくて、未来予知を箇条書きにしていくわ」
死に戻りを繰り返してこの先、何が起こるのかの未来はだいたい把握している。何度か繰り返すことで、未然に防げるものもあったけれど、大抵は時間がなくて応急処置しかできなかったのだ。
まず過去にあったことを整理する。
星詠暦1603年、それが九回目の死に戻りした時間軸だ。
この年に私は静養地であるカエルム領地に訪れた。廃墟寸前の屋敷を案内され、次にマーサの見繕ってきた屋敷での生活を開始。生活環境に馴染めず、また人見知りだったことも災いして、この地での人脈作りや根回しもしていなかった。
ひたすら本を読み漁って現実逃避をしていたのだ。ペテリウス伯が領地運営をしつつも、国に納める税の一部を着服していたのを私が知ったのは、流行病で領地運営が傾いてからだった。
その年に王都で奴隷売買の一斉摘発が行われ、第二王子ローレンツお兄様及び第二王女レジーナ姉様が活躍したのよね。そして闇ギルドを統括していた第四王子ペーター兄様の
各陣営の均衡が崩れたのを見計らって、どちらにも組みしていなかった第三王子ランドルフ兄様もレジーナ姉様陣営に着くことで形勢が不利になった。でもここからローレンツお兄様は、公爵令嬢で騎士団に所属していたイザベル様と婚約。外交関係に力を入れて、他国の勢力を味方に付けたのだから、やっぱりローレンツお兄様は凄いわ。
星詠暦1604年。
死に戻りをした八回全てが、この時間軸からスタートだった。
この年は本当に怒濤で、まず流行病で薬が足りなくなり、人口が激減。治安も悪くなり、街の中での火事強盗が頻発する。次に凶作で食料不足に陥る時に合わせて、レジーナ姉様が薬や食事を提供したことで民衆から『聖女』と崇められて、絶大な支持を得るのよね。
この年にペテリウス伯は、私に面倒事を押し付けて逃亡。私は私で不利益を被って奔走する。すでにこの時、マーサはとこに伏せてしまっていた。結果的にレジーナ姉様の活躍に救われた所もあったけれど……。
でもその後、魔物の大量発生による大討伐が行われることになった。最初は第三王子ランドルフ兄様が最高指揮官だったけれど、負傷したため第二王子ローレンツ兄様が指揮をとって戦った。
そこから魔物の討伐を終えて、ローレンツお兄様は英雄になった。これが決め手で、王太子任命される。
一度目はこれで安心しきってしまった。ううん、八度目だって王太子の任命式に第二王女レジーナ姉様たちを追い込んで、勝ったと油断したわ。
星詠暦1605年。
この年に王太子になったローレンツ兄様は殺される。そして同年、私も──。
インクを走らせていた手が止まった。マーサには予知夢的なものを見たと前置きしつつ、今回の年代表を書きながら説明する。彼女は1604年に病で倒れるのだけれど、あの時と同じようにしないという意味も込めて、年代表には敢えてかかなかった。
「だいたいこんな風なことが起こるわ」
「お姫様にそのような
「それは……」
この世界で人間が使える特殊能力の総称を
他の種族の場合、特に天使や悪魔、異形種は理不尽な超常現象や法則を捻じ曲げる魔法が使える。ダレンの瞬間移動魔法もそれに区分されるらしい。先のペテリウス伯の件でも、その魔法を使って王宮まで行って、ローレンツお兄様と国王に承諾を貰ってきてもらった。その上、ペテリウス伯の屋敷で帳簿を確認する際は、思考超加速、時間停止などやりたい放題だったとか。
もうダレンなら、なんでもありな気がする。けれど人間が人外と契約して、魔法一つの行使に付き、人外が対価を要求した場合は、莫大な犠牲が必要となるらしい。これは人外たちの価値基準によって異なる。
ダレンはこれらの対価に異世界の本や知識、あと板、ケータィタンマツーの利用が可能になったらしく鼻歌を歌っていた。そして話が戻るけれど、
『人間の場合は最低一個だけれど、経験と実績を経て
そんな感じのことをカノン様に言われてしまったのだ。私の
今だって私が《アカシックレコードの鍵》だと言われてもピンとこないし、あの場を収めるために、カノン様の嘘だったのではないかとすら思ってしまう。それぐらい私には何の取り柄もないのですもの。