教会との交渉や諸々の手続き、事業も詰めて話は進んだ。ペテリウス伯の食糧庫から補完が可能そうな食材、布を渡したのも良かったのだろう。
収穫もあり、私としては気が抜けたのもあったのだと思う。帰りの馬車は少しゆっくり走らせてのんびり外観を楽しみながら戻ったせいで、見つけてしまったのだ。
そう本屋を──。
「ダレン!」
「わかっています」
素早く私の意図を読んで、馬車を止めてもらった。ウキウキで本屋に来店。紙独特の匂いに胸が高鳴る。
『ちょっと、寄り道していると帰りが遅くなるでしょう。マーサが心配するわ』
「ちょっとだけですわ」
「そうです! 本との出会いは一期一会と異界の書物に書いてありましたよ!」
『そうだ。この二人、本の虫だったわ! ああ、もう!』
珍しくカノン様が声を荒げていたような気がしましたけど、今はそれどころではないのです。本との出会いは運命で、次に買えば──なんて思っていたら完売なんてよくあること。
幸いにもここ百年で紙の普及が一般化して、本の量も増えた。他国との協定に魔物の沈静化によって、公共事業などはもちろん、娯楽として歌劇場、闘技場、舞台と音楽と同じく、読書が爆発的人気となったのよね。特に小説系はかなり好評で、新刊が二カ月か三カ月で発行されている。もっとも私やダレンが好むのは、小説というよりも……。
「ダレン、みてください。ジンジャエゥル神話の翻訳が出ています!」
「なんですと!? あの失われた神話文字を読み解いたのですか? それは興味深い。コレは良い掘り出し物かと。それとレイチェル様、こちらにオルガ・ベーコォン氏の詩集がでています」
「まあ! あの繊細かつ独特な世界観を持つ洗練された詩の新作ね! 楽しみだわ」
『ジンジャエール、ベーコン……次はポテトとか出てくるかしら……』
「なかなかにお目が高い。本日入荷したレタースゥ・バーガー遺跡の謎もあるんだが、興味あるかい?」
「買わせて頂きましょう!」
「買いますわ!」
『レタス・バーガーそうきたか。……って、いい加減にしなさい。本は一人一冊までよ。今は節約しないといけないのだから!』
カノン様の言葉は尤もな言葉なのだけれど、この衝動は抑えられない。好きな物への衝動。
胸踊る本との出会いは私の生きる活力だから!
「……うっ、でも今後のため……」
「財政面で不安なのでしたら、私が買って差し上げましょう」
「ダレン、大好き」
「で、では……今日の諸々の褒美として、魔導書の姿で添い寝しても?」
「うん!」
『……もう好きにすれば良いと思う』
今日初めてダレンが本好きで良かったと心から思った。まあ、彼自身魔導書の怪物なので、本を嫌うなんてことは自身を嫌うことなのかもだけれど。でも私が「本が好き」と言って「それはよかった」と笑ってくれたのはダレンだけなのよね。
マーサは少し憐れんだように微笑み、ラグはくだらないと吐き捨てた。
シリルは──。
ふと彼のことを思い出す。死に戻りをしたのだからシリルとまた会える。死に戻りが始まる前、シリルに助けて貰った恩を九回目で返せるかしら?
チリン、と本屋を出ると茜色に染まった夕焼けを見上げた。ほんの数分で夕闇が空を覆い尽くしていく。あっという間に闇が広がっていくのが昔は怖かったけれど、今は目を凝らせば一番星が煌めくのが見える。
今度は私がシリルの光になれるよう動こう。今からなら──間に合うはずだもの!