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第10話 次は教会を押さえます

 ペテリウス伯の一件が片付いた後、諸々の手続きや対応をマーサに任せて、カエルム領地内の教会へと馬車を走らせた。こちらは全速力で向かうため、馬車の馬も軍馬ように切り替え、馬車は伯爵家にあったものを使った。もっとも紋章だけはダレンが一瞬ですり替えてくれたけれど。うん、もう私はダレンのすることに驚かないわ。

 心臓がいくらあっても足りなさそうなのだもの。


 こんなにも急いでいるのは、教会の敷地内にある孤児院の取り壊しと、孤児院の子供たちが武器商人の引き渡しが行われるのを阻止するためだ。

 ダレンが帳簿の確認をした際に契約書が出てきて、その日がなんと今日だという。一年後の疫病に対して教会は薬や対処に対してまったく蓄えもない上に、枢機卿を含めた聖職者が栄養失調で真っ先に病にかかって何人も亡くなってしまった。

 今度こそ全部を掬い上げて見せる。



 ***



「なっ……そんな」


 馬車で到着すると同時に、孤児院らしき建物が倒壊しているのが見える。慌てて馬車を止めてもらい向かったが、孤児院の建物はぺしゃんこで瓦礫の山と化していた。

 その光景に足下がふらつき、ダレンがそっと支えてくれたけれど、それがなければ崩れ落ちていたわ。意気揚々と飛び出して、何も変わらなかったなんて……。


「そんなに解体現場を見たかったのですか?」

「え」


 声をかけてきたのは、白銀の長い髪の美丈夫だった。白の法衣アルバにカズラを羽織り、首から紺色のストラを掛けている。ストラは身分を現し、最上級の紫、紺、緑、白の順と決まっていて、二番目の紺は枢機卿を意味するはず。


「あの……孤児院の建物取り壊し中止を伝えに来たのと、孤児院の子供たちの保護を……」

「ああ、それでしたらそちらの執事が事前に連絡を入れてくださったので、孤児院の子たちは借宿の手配も終えたところです。孤児院は老朽化も進んでいたので、立て直しをすると説明していたのですが……」

「(と、と言うことは……)ダレン」

「レイチェル様の焦った顔をもっと見たかったので、つい」

「つい!? 確信犯じゃない」

「あははっ」

「笑い事じゃないわよ。もう」


 枢機卿と目が合い、慌てて淑女としての笑みを貼り付ける。


「お初にお目にかかります。私は第五王女レイチェル・グレン・シンフィールド、兄ローレンツの名代としてこの領地の管理者となりました。今後は教会及び公共事業に関して積極敵に取り入れていくつもりですわ」

「レイチェル姫殿下。ペテリウス伯の暴挙を止めて頂き、心から感謝いたします。私はセイレン・ソシアス。カエルム領地を含めた教会の責任者であり枢機卿の座を頂いております」


 一礼したセイレン枢機卿は「さて」と話を早速切り替える。世間話をする気は一切なく、本題に入った。


「それで具体的に、どのような手助けをして頂けるのでしょう?」


 一見、にこやかだけれど、腹の底で毒蛇がトグロを巻いているような強烈な殺意。この方はずっとこの世界に、王侯貴族に、特権階級という身分を持つだけで自分の利益を求める存在に辟易しているのね。

 分かるわ。王宮の社交界なんて自分の利益追求で足の引っ張り合い……情報戦の巣窟だったもの。


「そうですね。寄付金額及び、事業提携の話もあるので、座ってお話がしたいのですがお時間は大丈夫でしょうか?」

「……承知しました。こちらへどうぞ」


 わざと立ち話で煽りつつ、どう反応するのかも見ている。氷点下の眼差しに笑顔で応えつつ、応接室に案内してもらった。

 質素でソファもボロボロ、テーブルも年季が入っている。清潔感はあるけれど、真っ白な塗装も雑で、とても王侯貴族を招く部屋ではない。マーサがいたら真っ先に嗜めていたでしょうね。

 同席するシスターは全部で三人。黒の修道服に身を包んで枢機卿の後ろに佇んでいた。

 おもてなしの雰囲気でもないし、お茶一つ出てこない。


 でも今回は相手の土俵に合わせて交渉しなければ、意味はないわ。ダレンが九回目で私と同じテーブルで賭けをしたように、対等な関係を築きたいと私は思っているのだから。


「このような場所でもてなす形に、なり申し訳ありません」

「全くもってその通りです。レイチェル様、私が貴女の椅子に──」

「そんなことありませんわ。今回は私が予定もなく訪問したのですから。まず現在の教会の運営状況と事情内容及び、仕事と人員を纏めたものはありますか?」


 こちらも長ったらしい前口上をすっ飛ばして本題に入る。雰囲気的に枢機卿を相手にしているというよりも、腕利きの商人を相手取っている感じが近い。


「そうですね。教会運営は基本的の国、王侯貴族、商人ギルド、民間人からの寄付で成り立っています。チャリティーや祈祷儀式関係、贈物ギフトの鑑定、婚姻離縁手続きなどもありますが収入としては二割程度。カエルム領地では薬学協会の独立、寄付金額の減額により窮困している状態です」


 教会の収入と支出をみたけれど、かなり酷い。

 にこやかに微笑んでいるけれど、未だその瞳には宿る殺気は消えていない。怖い……けど、ここで怯えていても信頼は得られないわ。


「まずペテリウス伯が横領した着服金を教会側にお返しします。返済は」

「返済日はいつ頂けるのでしょうか? 公正証書として書面にしても?」

「もちろんですわ。日付は本日今この時です。ダレン」

「はい、レイチェル様」


 別空間に忍ばせていた大金の入った袋をテーブルの上に置いた。次いでこちらの事業内容の書類もセイレン枢機卿に差し出した。


「教会では精霊憑きと精霊使いの孤児が多いようなので、彼らには正式な精霊と契約を行い公共事業の参加依頼を。教会の増築及び緊急避難区域としての設備。薬学協会とは異なる、民間療法を使ったのど飴、予防茶を売り出し、石鹸などの商品化、温泉施設まで纏めましたわ。詳細は教会周辺の土地と精霊の許可をもらって考えていますの」

「は、はあ。……なんともすごい提案の数々ですね」


 キッチリお金を渡したら、少しだけセイレン枢機卿の雰囲気が和らいだ。後ろのシスターたちも安堵している。やっぱりお金関係で、相当苦労していたのでしょうね。口だけ払うと言って、滞納し続けていたのだろうと推測できるわ。


「薬学協会から薬の提供が止まっているようなら国から厳罰し、それ相応の対処とさせて頂きますわ。それが例えどの王族が関わっていたとしても、しっかりと取り締まることをお約束します」

「だから君の陣営に加入しろと?」


 鋭い視線に内心で悲鳴を上げつつも、王宮で学んだ淑女の笑顔を貼り付けたまま言葉を返そうとした。けれど喉がカラカラで、声が、言葉が上手く出てこない。

 今ここで言葉を濁すのは一番避けなければならないのに、先ほど少し早い口調で説明したせい? ああ、どうして肝心なところで私は……ッ。


「レイチェル様は」

「従者ではなく、彼女に聞いている」


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