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第9話 魔導書の怪物の視点

 私を見つけたのは、叡智ある瞳の輝きを持つ美しい少女だった。

 封印を解いて「助けて欲しい」と言われた瞬間から、私はレイチェル様のためだけに生きようと誓った。


 それから少ししてレイチェル様は政戦に巻き込まれて亡くなる。最後まで叡智ある瞳のまま逝かれた。これで人の軛から解き放たれて一緒になれる、そう喜んだけれど──私と同じになったレイチェル様の瞳は仄暗いまま。

 私の心を揺さぶるような眩しい瞳も、笑顔もない。

 違う。違う。違う。違う。


 私が望んだのは、こんなものじゃない。

 生きていない魂だけの存在だから?

 感情がない人形を望んだんじゃない。

 それならと時間を巻き戻して、レイチェル様に賭を提案してみた。自分の意思で花嫁になってくださるのなら、きっと最初のような形にはならないだろう。

 それにレイチェル様が望むのなら、何でも叶えて差し上げたい。


 けれど私は魔導書の怪物。

 知識は膨大にあっても、どうすればレイチェル様が喜ぶのかが、よくわからない。力を使いすぎると神々に私の存在が露見する可能性もある。

 レイチェル様が望む時、願うときに何でも叶えて差し上げよう。時には賭けをして楽しむのもいいだろう。あの叡智ある瞳で見つめられたら、幸福すぎて何度でも繰り返して見たくなる。

 彼女の打つ一手一手が好きだった。

 九回目の死に戻りで心が折れかけてしまうのは悲しかった。一緒になれば人ではなくなるけれど、痛いことも、辛いことからも解放してさしあげられる。


 レイチェル様の望む魔導図書館を作って疑似アカシックレコードの空間を再現するのが良いかもしれない。一緒に本を読みながらお茶をして、話をして……。

 そんなことを夢見て、長かった賭を終わりにしようとした。

 だというのに、それを邪魔したカノン。

 最初は激昂したが、彼女の言葉は私に新たな可能性を喜びと、歓喜を齎した。

 本物のアカシックレコードのアクセス権限!


 それをレイチェル様が持っているというのだから驚きだった。同時に、ますますレイチェル様のことが愛おしくなった。

 愛おしい。そう私はずっとレイチェル様を愛おしいと思っていたのだ。


 伴侶にしたい、ほしいと思っていたけれど、愛しているという言葉の使い勝手や使い道がよく分かっていなかった。

 手垢が付いた古くからある言葉。

 知識としてあっても、感情や心が動いて言葉に出してみると、存外胸が温かくて、不思議な感覚だった。魔導書だった私を抱きかかえて眠ったレイチェル様に感じた温もりに近い。


 九回目の死に戻り。

 この時間軸ではもっとレイチェル様のために動こう。しかし私は雑なので手加減やらの調整が難しい。レイチェル様の心を乱した王都を滅ぼしてしまえば簡単だろうか?


『それ絶対にやったらレイチェルに告げ口するわ』

「ぐっ……」


 レイチェル様の前世の魂という少女。

 彼女とはまた違った瞳に輝きを持つ。彼女が何者なのか私にも感知できない。となると彼女は私以上のなにか、なのだろう。

 それもそれでも興味深い。

 魔導書の怪物である私を前に堂々とする姿は、間違いなくレイチェル様の前世なのだろう。


『まずはリスティラ侯爵を説得して、養子になるように。あ、穏便でね。殺しとかダメよ。次に用意する物リストね。王都によって御旗諸々凱旋準備ができるものを用意して、それから』


 彼女は人使いが荒い。だが調整が難しい私に的確な指示を出すのだから、私のことを熟知しているのだろう。少し腹立たしいが。


『それができたら携帯端末の閲覧を許可するわ。もちろん、レイチェルから半径十メートル以内だけれど』

「このダレン、全力で遂行しましょう」



 ***



 レイチェル様の死に戻りよりも一ヵ月前に戻って、リスティラ侯爵と顔を合わし、綿密な計画を説明。養子を受け入れてくれた。これはカノン殿が持たせた羊皮紙の効果だろう。

 本当にあの方はどこまで見据えて、手を打っているのか。盤上が詰んでいるのならルールをことごとく変える。面白い方ではある。


 レイチェル様が馬車で目覚める数日前。

 転移魔法を使いコルディア王都、に来ていた。ここには悪魔や天使、多種多様な種族がその姿を隠して暮らしている。実に面白い場所だ。まるでオモチャ箱をひっくり返したような火種があちこちに見られる。


「──にしても、実に面白い。魔導書の怪物たる私を使いっ走りにするぞんざいさは、レイチェル様であれば考えなかったでしょうね。あのお方は非情になろうとして、情に厚い。だからこそカノン殿のような相方がちょうど良いのかもしれませんが」


 王城であろうと魔導書の怪物である私は簡単に紛れ込む。誰も私を気にすることも認知することもない──もっとも、同じ異形種であれば当然気付くが。


 王城の庭園でお茶をしていた金髪の美女は、周囲に眉目秀麗な従者を侍らせて、人気の菓子をテーブルの並べてティーカップに口を付ける。

 煌びやかな金髪に碧眼、陶器のように美しく滑らかな肌、皆は妖精女王ティターニアと例えるほど人を魅了する美女の名はレジーナ・グレン・シンフィールド。この国の第二王女だ。


 彼女の傍には美しい者しか存在を許されない。故に人に化けた七大悪魔のうちの強欲アヴァルは銀髪の儚い系美少年、嫉妬ナイトは紫の髪のエキゾチックの偉丈夫姿で控えているのが見えた。

 何度も見ても悍ましくも欲の塊だ。それに惹かれる悪魔の品質を疑いたくなるレベルだと、九回目の時間を繰り返して思う。ほぼ詰んでいる遊戯盤だが、異物カノン殿が遊戯そのものルールをことごとく改変し、手を打っていく。中々に楽しい時間になりそうだ。


 王城では第二王子ローレンツとその供回りが連れ立って廊下を歩いていた。通り過ぎるまで頭を下げていたが、天使を数名に、竜人族、他にもなかなかの強者に、切れ者がいる。

 こちらの陣営も化物ばかり。時代が異なればそれぞれ王の器として申し分なかっただろう。すでに水面下では陣営強化と実績を上げることに奔走している。

 他の王位継承権を持つ者たちもそれぞれ一癖も二癖もある。九回目の死に戻りで力を使いながら人間の面白さは飽きない。今回は傍観者ではなく配役のあるとびきりの舞台なのだから、私も全力で自分の配役を演じさせて頂こう。

 レイチェル様のために。


 そのためにもまずは国王陛下に謁見し、許可を取らなければ。それからローレンツ王子に声をかけて、ペテリウス伯での帳簿も……やれやれやることが多くて大変ですね。

 まあ、そのぐらいが燃えるというものでしょうか。

 諸々が終わったら、レイチェル様の腕に抱かれて眠りたいですね。



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