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第5話 魔導書の怪物なりの愛

 場の空気は完全にカノン様が掌握していた。一度は恐怖や殺意でダレンが支配していたのだけれど、振り返ってみれば最初から最後までカノン様の望むままになっていたわ。

 話術? 雰囲気?

 分からないけれど、魔導書の怪物相手に知識勝負を挑むことそのものが異常で、普通じゃないわ。

 知らず知らずのうちにカノン様の望むシナリオを選んでいたと気付いたのか、ダレンは石化したように固まってしまった。息しているかしら?

 ちょっと不安になって、歩み寄るかどうか悩んだ。ついさっき目的のためなら私を殺すことも辞さない勢いだったのを思い出して、踏み留まる。


「……なるほど。そういう……であれば……私の取る行動はたった一つ……」

「ダレン?」


 なんだかブツブツ自分の世界に入ったと思ったら、急に顔を上げて目が合う。柘榴の瞳がガーネットのように妖しく輝いた。あ、なんだか嫌な予感が……。


我が主人様マイマスター、いえレイチェル様」

「ひゃい!?」


 ズカズカと歩み寄り、ダレンは私にとびきり赤い真紅の薔薇の花束を差し出した。それも片膝を突いてまるで求婚のようにも、騎士の誓いにも見える。

 周囲の空間も石畳のある美しい城へと変わっていった。なんとも雰囲気もおあつらえ向きだ。いいえ、ちょっと露骨すぎません?


「今まで私なりに愛の言葉を語っていましたが、改めて求婚させてください」

「え……求愛?」

「はい。賭けに負けたら、人間をやめて私の妻になって頂く話だったのですが……もしかして気付いておられなかったのですか? 最初に契約を結んだ際に、お伝えしたと思うのですが……覚えておりませんか?」


 しょぼん、と凹んだのが何だか可愛く見えてしまった。

 ちょっと待って、勝負に負けたら死ぬと思っていたのだけれど、嫁ぐ? 人間をやめると言っていたら、てっきり魂を食べられることだと解釈していたわ。


「覚えてはいるのだけれど、ダレンは私の命を食べるためだと思っていたわ」

「違います。それだったら最初に契約しないで、死にかけていた貴女の魂を掻っ攫ってしまえばよかったでしょう?」

「それは……」

「貴女の叡智溢れた瞳がずっと好きだったのです。その輝きをずっと見ていたい。だから死に戻りにも協力したいとも告げた。貴女が奮闘する姿は実に凜々しくて──愛おしい……そう愛おしいのです」

「なっ!」


 この土壇場で唐突に告白するダレンに、思わず頬が熱くなる。そういえば、ずっと私の目が好ましいと言っていたような? もしかして死に戻る八回ともずっと求愛していた?

 でも遠回しすぎて全然分からなかったわ。いや、あの台詞で求愛だってわかるかしら?


「で、でも……愛しているなんて言ってくださらなかったし、私が困っている時に助けてくださらなかったわ」

「愛することが初めてだったので、上手く伝えられていなかったようです。……それと助けはレイチェル様が、私に頼まなかったからでしょう?」

「え」

「私は魔導書の怪物です。私の一手がレイチェル様の盤上をかき乱して、狂わせるなど許せるはずもありません。それに指示していたことは対応していたでしょう?」


 も、もしかして……ずっと傍で見ていたのではなく、私の言葉を待っていた!? 指示待ちだったということ? あの死にそうな──あ、そうだわ。死に戻りを巻き戻す力を持つなら、ダレンにとっては些末なことなのかも。


『まどっろこしいわね。まあ、初恋を拗らせた人外は、だいたいこんな感じなのでしょうね』


 辛辣!

 カノン様はズバッと言い切った。この方本当に思ったことを堂々と言い放つのね。王侯貴族、社交界でそんなことをすれば、どんな目に遭うのか……。それともそんな場所でもこの方は、眩いほどの輝きと堂々とした態度で魔物巣窟のような場所も優雅に闊歩するのかしら?

 ちょっと想像してみたら第二王女レジーナ姉様よりも、ずっと王族らしい気品とカリスマ性を持っていそうな?

 想像しただけで、なんだか胸が奮い立つような、そんな熱い思いが芽生えた。不思議だわ。


 見惚れていたが、すぐに現実に戻る。今はダレンの暴走モードのほうが問題だわ。従者として協力してくれるのなら、力強いけれど、どうして急に求婚は……対処に困るわ。


「ダレン。貴方が味方になってくれるのなら、万の軍を率いるよりも心強いわ。……でも、その急に伴侶というのは早すぎるような?」

「何をいうのですか。レイチェル様は間違いなく、この世界で最も尊い存在。御身をお守りするためにも、立場を確実なものにしなければ私が安心できません!」

「自分が安心するためなのね……(ダレンらしい発想だけれど)」

『良いんじゃない? ダレンが有力な貴族の養子になれば、後ろ盾もゲットできるじゃない』

「そうですね。必要な時に貴族として助力して、普段は執事として仕えて……一人二役いえ護衛騎士の三枠を演じ切ってみせましょう」

『婚約者は有能だけれど、あまり表に出ないとか、顔に火傷を負った設定にして仮面を付けて社交界に出るのは、最小限にしておけばよくない?』

「なるほど。人物設定はしっかりしておくべきでしょうね」


 二人ともいつの間にかノリノリだわ。でも死に戻る時に、誰かがいることなんてなかった。ダレンはあくまで傍観者に近かったもの。

 花びら?

 ふと夜空から花びらが舞い、気付くと歌劇場の空間が薔薇の咲き誇る王城に切り替わる。私が何度も終わった場所であり、挑むべき第二王女レジーナお姉様が住む王宮が視界に入った。


「──っ!」



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