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第4話 最初の壁は魔導書の怪物・後編

「これが何か分かるのなら、私の負けにしていただいて結構です」

「そ……そんな。板だけを見て当てろと?」

「その通り。実にシンプルでしょう。まあ、これが何か分かっても、分からなかったとしても私の勝ちは変わら」

『携帯端末じゃない。しかもかなり古い機種ね』

「「…………」」


 カノン様は場の雰囲気をぶった切って、サラッと爆弾発言を口にする。薄々この方には私たちの常識は一切通じない気がしていたけれど、まさか秒で回答が分かるなんて規格外ですわ。……それにしても正解だった場合でも、ダレンが勝利ってどういう意味なのかしら?

 訝しみつつダレンに視線を向けると、彼は片手で顔を押さえたと思ったら急に笑い出した。


「ハハハハハッ! とうとう見つけたぞ。板を知る者! 異世界転移者、転生者でも知る者はいなかったというのに……! ようやく《アカシックレコードの鍵》を知る者が、現れた。これで扉が開く!」

「アカシック……アカシックレコード!? そんな……実在するなんて……」

『それって、凄いものなの?』

「もちろんです! 全ての事象、できごとの歴史が記録された巨大なデータベース空間。叡智の限りがそこに詰まっている……そんなおとぎ話の世界があるなんて……!」


 この世界において知識を尊ぶ種族が幾つかある。森人族エルフ、悪魔、そして人間だけれど、中でも悪魔や異形種は、知識欲に対して貪欲だと書物にあったわ。

 私も知識欲は高いほうだけど、魔導書の怪物ダレンにとってはまさに知識の根源、すべての情報の海であり母なる存在に近いわよね。そして彼の目的は、アカシックレコードの接続あるいは融合?


我が主人様マイマスター、貴女もこれがどれだけすごい物か、理解できたでしょう? ここには様々な記憶媒体、事象がリアルタイムで得られるのです。分かりますか、未知を味わい尽くすことができるのです! 恋焦がれた夢がようやく叶う! ああ、踊ってしまいたくなるほどに、私は今生きていると強く実感できます!」

「……でも、それとこの勝負の勝敗がどう関係するのですか? それが何かわかった私たちの勝ちでしょう?」


 喜びに打ち震えているダレンの瞳は、見たことがないほど鋭い刃となって私を射抜く。


「本来であれば貴女がたに感謝し、報酬として時を戻して力を貸すべきなのでしょうが……こんなお宝を前に、我慢できるとお思いなのですか?」

「なっ……そんなのあまりに勝手ですわ!」

「私は気まぐれで、身勝手で、我が儘な物なのです。……しかし今まで死に戻りながら果敢に挑まれた我が主人様マイマスターに敬意を称して、命を奪うまでは致しません。私は参加できませんが、九回目の時間軸に戻して差し上げますし、亡くなられたのなら約束通りちゃんと迎えに行きます」

「(勝負報酬とは違ってくるけれど、でも……悪くない条件)それなら──」

『駄目よ。ぜ・ん・ぜ・ん・足りないわ! 今回の戦いにダレンは必要不可欠。だいたい気まぐれで、身勝手で、我が儘なのは人間も同じだけれど、怪物単体ではアカシックレコードの扉を見つけて鍵を得ても、開くことはできない』


 今まで傍観していたカノン様の言葉に、魔導書の怪物は柘榴の瞳を大きく見開いた。禁句、あるいは逆鱗に触れたのかもしれない。凄まじい殺意のこもった視線に、悲鳴を上げそうになるのをグッと堪えた。


「人間風情が……知ったような口を……」


 ダレンは低く威圧的な態度で、円卓のテーブルを吹き飛ばす。しかしカノン様は動じることなく、飄々としている。さっきまでアカシックレコードの存在も知らなかったはずなのに、カノン様の自信満々な態度は一体……?

 こんな危機的状況にもかかわらず、カノン様は真っ直ぐにダレンを見返す。その表情はどうにも解せない、というなんとも不思議そうな顔をしていらした。


『言っておくけれど、その端末は私たちの世界で大体の人が持っている物であって、アカシックレコードとは似て非なる物よ。そもそも《アカシックレコードの鍵》はレイチェルそのものなのだけれど、それに気づいてダレンは賭けをしたんじゃないの?』

「え? ええええ!?」

「は? はああああああああ!?」


 私とダレンの言葉は見事に重なった。ここに来て本日一番の驚きだ。わ、私が《アカシックレコードの鍵》!?


「カノン様! わ、私が、あ、《アカシックレコードの鍵》? つまり好きな本を読み放題できると言うことでしょうか!?」

『それは無理』

「はう……」

「では、レイチェル様を魂ごと取り込めば、扉は開くのか!?」

『怖っ』

「ひゃっ!?(いきなり命の危機!?)」

『言っておくけれど、アカシックレコードへのアクセス権限はそう簡単じゃないのよ。特に人外である貴方はね。でもレイチェルを大切にして、心から寄り添い絆を深めれば、アクセス許可が下りるかもしれないわ』

「私と?」


 私自身、アカシックレコードに至る方法は分からない。それが嘘か本当か分からないけれど、でもカノン様の言葉には不思議な説得力があった。そもそもカノン様の存在そのものが魂だけだとするのなら、人ならざる叡智を有していても可笑しくはない。


「どう? レイチェルとの共闘に賭ける? それともまた当てのない賭けでアカシックレコードへの道を探し続ける? 魔導書の怪物なのだから、時間はいくらでもあるのでしょう?』

「…………」



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