「これが何か分かるのなら、私の負けにしていただいて結構です」
「そ……そんな。板だけを見て当てろと?」
「その通り。実にシンプルでしょう。まあ、これが何か分かっても、分からなかったとしても私の勝ちは変わら」
『携帯端末じゃない。しかもかなり古い機種ね』
「「…………」」
カノン様は場の雰囲気をぶった切って、サラッと爆弾発言を口にする。薄々この方には私たちの常識は一切通じない気がしていたけれど、まさか秒で回答が分かるなんて規格外ですわ。……それにしても正解だった場合でも、ダレンが勝利ってどういう意味なのかしら?
訝しみつつダレンに視線を向けると、彼は片手で顔を押さえたと思ったら急に笑い出した。
「ハハハハハッ! とうとう見つけたぞ。板を知る者! 異世界転移者、転生者でも知る者はいなかったというのに……! ようやく《アカシックレコードの鍵》を知る者が、現れた。これで扉が開く!」
「アカシック……アカシックレコード!? そんな……実在するなんて……」
『それって、凄いものなの?』
「もちろんです! 全ての事象、できごとの歴史が記録された巨大なデータベース空間。叡智の限りがそこに詰まっている……そんなおとぎ話の世界があるなんて……!」
この世界において知識を尊ぶ種族が幾つかある。
私も知識欲は高いほうだけど、
「
「……でも、それとこの勝負の勝敗がどう関係するのですか? それが何かわかった私たちの勝ちでしょう?」
喜びに打ち震えているダレンの瞳は、見たことがないほど鋭い刃となって私を射抜く。
「本来であれば貴女がたに感謝し、報酬として時を戻して力を貸すべきなのでしょうが……こんなお宝を前に、我慢できるとお思いなのですか?」
「なっ……そんなのあまりに勝手ですわ!」
「私は気まぐれで、身勝手で、我が儘な物なのです。……しかし今まで死に戻りながら果敢に挑まれた
「(勝負報酬とは違ってくるけれど、でも……悪くない条件)それなら──」
『駄目よ。ぜ・ん・ぜ・ん・足りないわ! 今回の戦いにダレンは必要不可欠。だいたい気まぐれで、身勝手で、我が儘なのは人間も同じだけれど、怪物単体ではアカシックレコードの扉を見つけて鍵を得ても、開くことはできない』
今まで傍観していたカノン様の言葉に、魔導書の怪物は柘榴の瞳を大きく見開いた。禁句、あるいは逆鱗に触れたのかもしれない。凄まじい殺意のこもった視線に、悲鳴を上げそうになるのをグッと堪えた。
「人間風情が……知ったような口を……」
ダレンは低く威圧的な態度で、円卓のテーブルを吹き飛ばす。しかしカノン様は動じることなく、飄々としている。さっきまでアカシックレコードの存在も知らなかったはずなのに、カノン様の自信満々な態度は一体……?
こんな危機的状況にもかかわらず、カノン様は真っ直ぐにダレンを見返す。その表情はどうにも解せない、というなんとも不思議そうな顔をしていらした。
『言っておくけれど、その端末は私たちの世界で大体の人が持っている物であって、アカシックレコードとは似て非なる物よ。そもそも《アカシックレコードの鍵》はレイチェルそのものなのだけれど、それに気づいてダレンは賭けをしたんじゃないの?』
「え? ええええ!?」
「は? はああああああああ!?」
私とダレンの言葉は見事に重なった。ここに来て本日一番の驚きだ。わ、私が《アカシックレコードの鍵》!?
「カノン様! わ、私が、あ、《アカシックレコードの鍵》? つまり好きな本を読み放題できると言うことでしょうか!?」
『それは無理』
「はう……」
「では、レイチェル様を魂ごと取り込めば、扉は開くのか!?」
『怖っ』
「ひゃっ!?(いきなり命の危機!?)」
『言っておくけれど、アカシックレコードへのアクセス権限はそう簡単じゃないのよ。特に人外である貴方はね。でもレイチェルを大切にして、心から寄り添い絆を深めれば、アクセス許可が下りるかもしれないわ』
「私と?」
私自身、アカシックレコードに至る方法は分からない。それが嘘か本当か分からないけれど、でもカノン様の言葉には不思議な説得力があった。そもそもカノン様の存在そのものが魂だけだとするのなら、人ならざる叡智を有していても可笑しくはない。
「どう? レイチェルとの共闘に賭ける? それともまた当てのない賭けでアカシックレコードへの道を探し続ける? 魔導書の怪物なのだから、時間はいくらでもあるのでしょう?』
「…………」