ダレンは舞台役者のように仰々しい台詞を並べ立てて、囃し立てる。
グッと唇を噛みしめた。
私ひとりで打てる手は、八回目で全て打った。あれ以上の成果は見込めない。私じゃ、
「私は…………」
「沈黙は敗北を意味します。
「(傍にいる。傍にいてくれるけれど、ダレンは傍観するだけじゃない)……」
「それとも、もう心が折れてしまいましたか? ……でしたら残念です。
「…………っ」
誰でも良い。
もう一人で立つこともできない私の代わりに誰か、私と変わって!
もしそれも無理というのなら、誰でも良い。誰か私を支えて、助けてほしい。今までの努力が報われないまま終わりだなんて……嫌。
誰か、助けて!
「
『────た──の』
ダレンの大きな手が私の頭に触れる直前、私の中から飛び切りの美少女が飛び出して──ダレンを思い切り蹴り飛ばした。
『誰がこんなところで諦めるって言ったってーの!!』
「がっ!?」
「!?」
半透明の美少女は見事な跳び蹴りで、あの魔導書の怪物をテーブルごと吹っ飛ばした。美少女はふわふわ浮きながらも、ゆっくりと地面に佇んだ。艶やかな長い黒髪に、同性から見てもスタイルのよい体つき、何より膝下が見えている刺激的なドレスだけれど、よく似合っている。
見たことのない黒い棒に、キラキラしたアクセサリー、見たことのない斬新なドレス……。間違いなくこの世界の方ではない? となると私の中(?)から飛び出して来た妖精さん、それとも天使かしら?
『あら? あららら。もしかして私、実体化できちゃっている?』
「あ、あの……貴女様は、もしかして私の守護天使様なのでしょうか?」
『え、違うけど』
「ちがっ……やっぱり守護天使様なんていないのですね……怪物はいるのに」
「酷いですね。私のような怪物は、それなりに珍しいのですよ。大事にしていただかないと」
吹っ飛んでいたダレンは土埃を払いながら近寄ってくる。そんな怪物に対して、彼女は腰に手を当てて真正面から迎え撃つ。
『ダレン、それならちゃんと仕事をなさい。なんでレイチェルと契約している癖に、この子を守らないよ』
「ん?」
「(ダレンのことも、私の名前を知っている?)……貴女様は一体?」
『あら、そういえば名乗っていなかったわね』
ふわりと振り返る所作がとても綺麗だった。貴族の所作とは違うのに、どうして目が離せないの?
ふっと唇を緩めただけで花が咲き誇ったかのような、その場の張り詰めた空気が和む。笑顔一つで場の雰囲気を変えた。
『私は
「は……い?」
「あぃ……どぅる?」
『私たちが王位継承生存戦略に協力してあげる!』
泥で崩れかけた空間が一瞬で消え去り、帳が降りた宵闇の中で輝く
でも《あいどぉる》とは一体なんのでしょう? 特別な身分なのでしょうか? もしや聖女様!?
なにがなんだか全然分からないけれど、何故でしょう。彼女がそう言うと本当に何とかなりそうに思えてしまう。不思議で人を惹きつける不思議な人。
それが煌星カノン様の第一印象でした。
煌星カノンと名乗った彼女は、私に手を差し伸べた。
直感的にその手を取る。なぜだか大丈夫だと。周囲に警戒して神経質になっていた自分らしくない行動だった。
『これからよろしくね』
「え、あ……」
前世の私。そう彼女は言ったけれど、にわかには信じられないわ。だって顔の造形なんて全然違うし、オーラが違うもの。
私は王族でありながら、気品や覇気のカケラもない。王族の恥晒し。それが私の立ち位置……。そんな私の前世が綺羅星のように眩しくて可愛らしくて、明るくて笑顔が素敵な女の子だったなんて思えないもの。そう思って手を離そうとしたけれど彼女は離さず、両手で私の手を包み込んだ。
「あの……?」
『レイチェル、今まで一人でよく頑張ったわ』
「──っ」
八回目の人生を魔導書の怪物以外誰も覚えていない。八回の私の奮闘も歩みも、誰も知らない。孤高の戦いだとずっと思っていた。でも……。
『貴女が死に戻りを繰り返している中で、私たち……かつて貴女だった魂はずっと見ていた。挫折、絶望、裏切り……それでも諦めなかった。そんな貴女のためになりたいと、「レイチェルのために」と私は顕現したのよ。貴女が諦めそうになるのなら、その足りない分は私たちが補ってあげるわ』
「……っ」
褒められたいとか、認めてほしいとか、高尚な理由なんてなくて、単に生き残りたいって思って、がむしゃらだった。
振り返って誰にも理解されなくても、それでも私は良いと思っていたけれど、でも……本当は……「頑張ったね」って、誰かに言ってほしかったんだわ。「無駄じゃなかった」と思えないと奮い立つ力も、前に一歩進むことすらできないくらい心も体も疲弊しきっていたのね。
「カノン様のおかげで……もう一度奮い立つことができそうですわ」
『うんうん。それじゃあ盛り上がって来たことだし、ささっと
「ちゅーとりぁるぅ?」
『そう。あの怪物を完膚までに叩きのめす
そうでしたわ。
ゾッとするほど冷ややかな視線は、怪物らしい残忍さを孕んでいた。