「先輩! 私と付き合ってください!」
「おねえちゃーん、ずるい! 先輩と付き合うのは私なの!」
俺はとまどっていた。美術部の後輩である双子に校舎裏に呼び出された。
そこで待っていたのは双子に腹を刺されてTHE・ENDか、クラスメイトの男子全員から袋叩きにされてのTHE・ENDか。
流れるような黒髪に赤いかんざしが杏子のトレードマーク。茶褐色の髪と青のチョーカーが目印の杏子。どちらも学校で5本指に入る美少女だ。
そんな美少女たちに同時に告白されるのは男冥利につきる。
「先輩は私を選んでくれると信じています!」
真摯な瞳で訴えかけてくる清楚代表な杏子。清楚なのにおっぱいは凶器。
「せんぱーい。私と付き合ったら、ちょ、ちょっとだけなら触らせてあげてもいいよ?」
双子のくせに姉とは違って色気とおっぱいが足りない千代子。だがボーイッシュが照れてる姿は可愛すぎる。
俺は悩んだ……。
返事は待ってくれと……。
俺は臆病すぎた……。
ふたりとも好きだ。だからどっちとも付き合いたい! とついには言い出せなかった。
「あんたって本当バカよね。あきれちゃう」
「うっせえよ翔子。俺は俺なりに真剣に考えてるんだ」
俺は逃げるように校舎裏から消えた。どっちもいいな、千代子と杏子。そんなこと、絶対に言えるわけがない。
だが、そんなバカもバカすぎる相談に乗ってくれる翔子。
いつもと同じ学校の帰り道、彼女とばったり出くわした。
俺には転生する前は駆け落ちした勇者と魔王、血の繋がらない義兄妹、やんごとなき一族のご令嬢という自己申告設定の幼馴染の翔子がいる。
こんなバカな相談に乗ってくれて、やはり持つべきものは
翔子はおかしそうにケラケラと笑っている。俺は彼女としゃべっているだけで罪悪感が消えていく。
「ねえ。あんたって、アンコとチョコ。どっちが好き?」
「どっちも好きだから困ってんの!」
「んじゃあ今川焼きと大判焼き。どっちが好き?」
「どっちも同じやろがーーーい!」
「ちがうでしょ! つぶあんとこしあんじゃ全然ちがう!」
「あーーー、確かに……」
このどうでもいいような受け答えが俺を癒してくれる。ありがとうな、翔子。
いつもの学校、いつもの教室、いつもの部室。
俺は今日、美術部の後輩たちから同時に告白された。
いつもの放課後、いつもの帰り道、いつもの翔子。
俺はどちらも選べない。むしろどっちとも付き合えるなら付き合いたい。
「ほんとバッカだよね。異世界ハーレムかっての」
「うっせえ……。俺は本気なんだよ……どっちも捨てがたいんだよ」
翔子はひとの気持ちも知らずに、いつもの微笑み、いつもの小悪魔、いつもの翔子。
「ああ、くそ! 考えれば考えるほど頭がこんがらがってくる!」
「悩める少年よ。あたしで良ければ聞いてあげよう」
「おめーに俺の気持ちの何がわかる!」
つい、強い口調で言ってしまった。いつもの翔子がいつもらしくない。
俺はやってしまった。いつもの翔子であってほしかっただけだ。俺は翔子に甘えていただけだ。
「うん。わかんない……。てかなんでひとってひとを好きになっちゃんだろうね?」
翔子が寂しそうな顔になっている。俺は翔子にそんな顔をしてほしいわけじゃない。知恵が足りない頭から必死に答えを探す。
こんな時、乙女ゲーの主人公ならなんて返事をするのか?
こんなことなら、翔子に勧められた乙女ゲーをプレイしておけばよかったと思う。
「わからん」
「そっか、わかんないよね」
それから俺と翔子は無言だった。それは俺に切り出す勇気がなかったから。
いつもの最寄り駅
いつもの改札。
違うのはプラットホーム。
翔子は線路を挟んだ向こうで寂しそうにバイバイと手を振っている。
「違うんだ!」
俺は走る。何を言うか決めてないくせに走る。階段を上って、翔子がいる向こう側へ。
「決まった?」
「ああ、決めた。だからちゃんと聞いてくれ」
俺は思いっ切り息を切らして肩で呼吸をしている。
翔子がいつもの小悪魔の笑みだ。
さっきまでの憂い顔はなんだったてんだ。
俺は翔子の意地悪さに腹が立ってしょうがない。
「俺が好きなのは今川焼きだ。大判焼きじゃねえ」
翔子が俺に飛びついてくる。今まで見せたこともない満面の笑みでだ。
グッバイ。
大伴千代子。大伴杏子。
「ただいま……」
俺だけの今川翔子。
「おかえり! ハーレム駄目、絶対! わかったら、お手!」
惜しむらくはチョコとアンコの姉妹パフェ。
俺は躾けられたオオカミ。
「わおーーーん!」
俺の魂からの叫びが駅の構内に響く……。