目次
ブックマーク
応援する
1
コメント
シェア
通報

第十二話 白狐



(あれは、靄じゃない…!人間の顔だ!)


そう認識した瞬間、黒の揺らめきから出てきたすべての靄が顔となった。

とてつもない数が次々と浮かんできている。

やがてすべての顔が現れると、揺らめきと同化し、顔の集合体が蠢いていた。

どの部分を見ても、顔、顔、顔、顔。


人間ではまず開かない口の大きさをしており、眼球は無いものや、飛び出ているものもいる。


「テ…メェ…!その…顔たちは…!」

「怨嗟の声は瞬く間に糧となりて、力に灯火を打つ。それは形となり人々の恐怖として陥れられる」


声色が一言ずつ変化する。

よく見ると一言ずつ違う顔が話しているのが見える。

一体何人ここにいるのだろう。それぞれ全く違う表情をしているが、関係なくしゃべる時は口が動いている。

コイツに囚われてしまったことで自我が消滅し、音声を発する機能だけが残ったのだろう。


(コイツは一体何なんだ!)


「我、汝の導きの元黄泉がえりを果たし、この世を我が世と思ふとは、されど理にあらず」


顔が黒いため智也を見ているのかは分からない。

だが、こいつは見てる。

ハッキリとわかるほど、漆黒から殺気を感じるのだ。


「理、理、汝、理理理理理理理理理理理理理理理理理理理理理理理理理理理理理理理理理理理理理理理理」


全方向から「ことわり」と言う音が連呼される。

余りの量の多さに全身がぐらりと歪んだような感覚になる。

強い酒を飲みたくもないのに無理やり飲まされた時、脳が爛れ、世界を正常に捉えることが出来ないあの感じだ。

もはやどこから音が出ているのかが分からない。

目の前の奴の声なのか、動いてる音なのか、それとも周囲の音なのか。

いずれの判別も不可能であった。


(こと、わり……?何だ?俺を使ってなにかしようとしてるのか?!)


「理開理開理開理開」


物体が呟くと、智也の後ろから真っ黒なモヤが現れた。

黒いものの言葉に合わせてゆらゆらと動いている


「集集集」


その掛け声が辺りに響くとモヤは一斉に智也の後ろに集まり、巨大な渦に変貌していく。

自然法則ではまずありえない動きだ。



「理理理理理理理理理」



叫ぶような音を発しながら黒いものが近づいてくる。

少し動いただけで、智也は自分の体が背中の方に動くのを感じた。


(まさか……、俺を渦の中に入れようと言うのか?!)


無理やり首を動かして目の端で後ろを見ると、智也の身長の倍以上の渦が発生している。

しかも、渦からは無数の手が伸びてきて智也を掴もうとしていた。


「や、やめ……。」


声を発そうとしても首が絞まって上手く出せない。

手を振りほどこうと最後の力を使ってもがいてみたが、離れる気配は全くない。


もう左目の意識は切れていた。

力を使い果たした智也は

コヒュー、コヒューという呼吸音しかだせなくなってしまった。


(ま……だ……お……わ…………)



黒いものに向けて右腕を伸ばす。

目の前の重要な手掛かりを前にしてこのまま終わらす訳には行かない。

探偵としての意地が智也を動かしているだけだった。

だが、それも虚しく渦は智也を飲み込もうとしている。


(だ……れ……か……に……)


今の状況を、今の惨劇を、道に繋がる1つを、

ここで、残さなければこの出来事は永遠に闇に葬られてしまう。

それだけは避けてなくてはならない。

だが、もう自分自身が終わってしまうという感覚もひしひしと感じていた。

手が動いていても、体は宙に浮いている。

何かを書き記す事も不可能な状況だ。


目の前が暗くなっていく。

口から溢れた体液は、胸のあたりまで冷たく広がっていた。


ああ、自分はこんな所で終わってしまうのか。

まだ、なんの目的も果たしていないのに。

俺には使命があるのに。



誰か、誰でもいい



(お……れを……た……すけ……)









「キュン。」




その刹那、何かの鳴き声が聞こえた。

智也は暗くなった視界をこじ開ける。


そこに居たのは。


「き……つ……ね?」



狐が智也に背を向けた状態で目の前に座っていた。


「え?」


狐がいる場所は地面ではない。

現に智也の足は宙に浮いたままである。

だが、狐とはっきりと認識した瞬間、体がほんの少し軸の上に戻っていく感覚があった。


「キュン」


一声泣いた瞬間、黒いものの上から真っ白な物体が現れ、落ちてきた。

シャワーのように物体は降り注ぎ、黒いものたちを上から押さえつけ始めた。


「不測不測不測発生発生発生」


黒いものは全身を小刻みに震わせながら耐えている。

だが、徐々に物体が蓄積していくにつれて、下に下がっていった。

そして、岩のような大きさが真上から潰した時、そのまま地べたに潰された。


その瞬間、智也を掴んでいた首や絡みついていた黒いもの達が一斉に剥がれ、開放された。


「ウゲッ!」


宙に浮いていたため、膝から床に崩れ落ちた。

全身に落ちた衝撃の痛みが走ったが、そのおかげで意識を失わずに済んだ。


「ガハッ!!ゴホッゴホッ!」


激しくむせつつも体内に酸素を取り込もうと必死に呼吸をする。

酸素が脳に回っていなかったため目の前は虹色の光が点滅していた。

体にもうまく力が入らない為、しばらく立つことも困難であった。

だがしかし、目の前の異常事態を前に体が動かないのはまずい。

現状に頭を追いつかせるために智也は自信の頬を殴り、立ち膝の体制を取った。



「ハァ…ハァ…。な…にが…どうなって…る。」


顔を上げ、目の前の状況を確認する。

すぐ目の前に狐の背中があった。


「キュン」


智也が顔を上げたタイミングで狐もこちらの顔を見てきた。

よく見ると、狐は全身が白い体毛で覆われており、かすかに光を放っていた。

目は閉じられており、頭から顔に赤い模様が描かれている。

胸元にはスカーフのようなものが巻かれており、シッポも1本では無いのが見えた。

耳の形や尻尾の形などから狐と思ったが、普段目にする動物の狐とはかけ離れた姿をしていた。


狐は智也の顔を見ると嬉しいのか尻尾をブンブンふって鼻先を顔に近づけてくる。


「…なんだ?」


声を掛けると首を横にコテンと倒した。

なんのこと?と聞いているように思えるような仕草である。

「…助けてくれたのか?」

「キュン!」


智也の問いかけに狐は複数ある尻尾をブンブン震わせながら鳴いてくれた。

心なしか目元も柔らかく曲がって、笑っているようにも見える。


「お前は、一体…。」


智也が狐に問おうとしたその時、重い物を引きずるような重低音が響く。


「理汝今我何故邪魔」


前を見ると、黒い物体がこちらに向かって這いずっている。

黒い物体は上から押し潰すものから抜け出そうともがいている。

だが、もがけばもがくほど白い物体が抑えつける力を強くしているようであった。

何とか先ほど智也を掴んでいた腕を伸ばし、襲い掛かろうとしてきた。

だが、狐の足に触れた瞬間


━━━━パァン!!!


巨大な破裂音とともに物体が勢いよく飛び散る。

狐の足元を見ると、狐に触れようとしていた手が肩の部分から消え去っていた。


「キュゥン?」


狐は不思議そうに首を傾げながら黒い物体を見つめている。

物体は自分の身に起きた事が分からなかったのか、数秒硬直していた。


「な?!い、一瞬で?!」

「キュン!」


智也が驚くと狐は智也の目の前でお座りの体制を取って元気よく鳴いて答えた。

じっと智也の顔を見つめ尻尾をブンブンふりながら、ジャンプしたそうに何回か小刻みに跳ねている。

表情を見ると「褒めて褒めて!」と訴えているようであった。


「あ、ああ…凄いな。」


智也は両膝を地面につけて、戸惑いながらも狐に伝える。

すると、「キュ~ン」と言いながら、智也の膝にすり寄ってきた。


「な、なんだよ。どうしたらいいんだ?」


智也が質問すると「キュン!」と泣きながら頬を膝にすりすりしてくる。


「撫でればいいのか…?」


智也は戸惑いながらも狐の頭に手を乗せて、優しく後頭部にかけて優しく滑らせた。

2,3回撫でると「くぅ~ん」と言いながら気持ちよさそうに智也の膝に頭をこすりつけた。


(一体何なんだこの状況…。)


異質なものに襲われて絶命しかけたかと思いきや、謎の狐に助けられ、甘えられている。

だが、狐が居なければ今頃どうなっていたか…。

靄に飲み込まれた後の事を僅かに想像しただけで全身から血の気が引くのが分かった。


「…ありがとう。」

「キュン?」


狐に聞こえるか聞こえないか分からない声であったが、狐は首をかしげながらも尻尾を振っている。

感謝の気持ちは伝わっているようだ。


「さて、一体どうすれば…。」


智也は周囲を見渡す。

目の前には矢森であった何かが、足元には狐が寝転ぶ。

ゆっくりと周囲を見渡すと、全体が蜃気楼のように歪な形を成していた。


(これは、結界みたいなものか?)


触れようとすると、狐が膝の上に手を置く。顔を見ると「触るな」と言っているようであった。


「お前のじゃないのか?」


揺らめきをもう一度見ると、突如目の前に無数の瞼が現れ、目を開けた。


「うわ!」


周囲を見渡すと全て目で覆われている。

ぎょろぎょろと目玉を動かし、智也と狐を確認するとじっと見つめ始めた。


「気持ち悪いな…。」


智也がそうつぶやいた時


「ギュン!」

狐が智也の前に立ち、黒い物体に対して頭を上げ、尾を高くあげてる臨戦態勢を取っていた。


「な、なんだこれは!」


黒い物体が動き出そうとしている。

辺りが地震のように揺れ始め、天井や床に亀裂が入って行く。


「おいおい、一難去ってまた一難かよ!」


智也は立ち上がり、物体に向き合う。


「腕消失修復不可能」


物体から声が聞こえた。

しかし、その声は先ほどまで聞こえた人間の声のみでは、機械的な音声が混じっていた。


「修復不可前方対処不可」


脳内に響いてくる音を発しながら、圧し潰しているものから抜け出そうと、動き始めた。


「右右右排除排除排除」


最後の排除が聞こえた瞬間、埋まっていた方の腕が物体を押し出して現れ、智也たちの真上に覆ってくる。

それは天井を埋め尽くすほどの大きさであった。


「ヤバい!」


思わず叫んだが、自分ではどうすることもできない。

周囲の結界はずっと智也を見ているため、横にも逃げ出すことが出来ない。


「排除排除排除排除」


手が落ちてくるという事が分かったその時


「クォーン!!」


上に向かって一鳴きした狐から白い光が発された。


「うわ!まぶし…」


光はあたりを包み込むように柔らかく広がっていった。


「排除排除排除、廃…」


その言葉が聞こえた時、その場で突風が吹いたような音が聞こえる。

恐る恐る智也が目を開けると、黒い物体と揺らめきが綺麗に消え去っていた。

慌てて左目で見たが、姿形だけでなく、気配まで完全に消え去っていた。

余りに一瞬の出来事で呆然としていると、


「キュン」


と足元で鳴き声が聞こえた。

目線を下げると、先ほどの狐が智也を見上げて尻尾を振っていた。

気のせいか、先程よりも少し大きくなっているような気がする。


「消えたのか?」

「キュン!」


狐は褒めて褒めてと撫でるのをせがむ。

智也は狐の前に膝をついて頭を撫でた。


「一体何だったんだ…。」


辺りを見渡しながら撫でていると


「くぅ~ん」


と鳴いたため、狐の方を見ると

智也の鼻先にチョンと狐の鼻先が触れた。


その瞬間、智也に強烈な眠気が襲ってくる。

手を床に着いたが、耐え切れずそのまま床に倒れてしまった。

体を起こそうにも体すべてに力が一切入らない。

色々考えることがあるが、目の前の狐の正体が分かっていない以上、無防備な状態に陥るのは危険すぎるのだ。

何とか顔だけ起こして狐を見つめる。


「ま…て…お前は…」


「くぅ~ん」


狐は智也の顔に近づいて、優しく頬を舐める。

まるで、あやすように温かい下が何回か触れた。

目線だけ動かして顔を見つめると、細い目が柔らかく笑っているように思える。


そのまま智也の意識は深いまどろみに沈んでいった。


この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?