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第十一話 幻

ブルーシートの先は、完全な別世界であった。


自分の身長程の鉄骨や、ボーリングの球よりも大きい瓦礫が山のように連なっていたのだ。

天井にはかなり大きな穴が開いており、人どころか自動車でも完全に潰されてしまう。

かなりの量が落ちていると予想はしていたが、実際に見ると想像以上に悲惨な現場だったことが伺える。


「被害者の生徒は、この山の下に?」

「ああ。全身粉砕骨折だったそうだが、頭に当たったのが致命傷らしい。」

「てことは、ほぼ即死?」

「警察はそう話していた。」

「惨いな…。」


下を見ると、うっすらではあるが血痕が残っているのを見つけた。

地面だけでなく、周囲の瓦礫にも点々と付着している。

中には血の塊がくっついていたかのような痕まで見えた。


「こんだけ血が飛び散ったって事は…。遺体の様子は相当なものですね…。」

「…発見された時はただ赤い物体がそこにあったそうだ…。」


物体。

この言葉が恐怖の象徴として使われるなど誰が予想できたのか。

つまり、発見された時は人体の形を成していないという事だ。

人間の身体はある程度の外部の衝撃からは守れるが

岩石や鋼鉄、刃物などから体と内臓を守るようには作られていない。

いうなれば、トマトのように外側は薄い肉で覆われており、内側に水分がたっぷり保有した状態で生きている。

液体が充分に満たされてる状態で外側が強い圧力が加われば、どうなる?

答えは簡単。

潰された場所から端の方に水は流れ、一か所に貯まるが、薄い肉は急な水量に耐え切れず破裂するのだ。


瓦礫は小さいものでも10キロ以上。

それが廊下を埋め尽くす量が落ちてくる。

その量に耐え切れず、外郭を破壊し、中の肉を圧し潰して、肉片となって飛び散ったのだ。


状況は至極簡単で単純な事である。だが、こんな単純な事で

1人の尊い命が消滅したのだ。


智也は状況をしっかり把握しようと想像を働かせたが、途中でやめた。

全てを鮮明に構成してしまったら、一生肉が食えない状態になる。

現状況で胃の中が混沌で埋められそうになっていた。


頭も割れそうなほど血管が収縮しているのを感じる。

立っているのがやっとなのだ。


「物体…。とんでもない表現ですね。」

「仕方がないだろう。身体どころか顔まで潰れて分からなくなっていた。言っただろう?まだ受け入れられないと。」

「そうですね…。」


とうとう一言発するたびに痛みが襲ってくるようになった。

これ以上立っているのはとても苦しい。


頭痛の痛みを少し軽減させるために、

その場にしゃがみ、ひと息吐いた。


「さっきから本当に大丈夫か?ずっと険しい表情をしているぞ。」


矢森もしゃがんで智也の肩に手を回し、背中をさする。


「大丈夫ですよ。すぐに治ります。」

「いや、今が一番ひどい顔になっている。」

「ひどいって、失礼じゃないですか?」

「醜いの方に変換するんじゃないよ…。」

「あはは、このくらいの軽口は叩けますから。」

「全く…。頑固な所も変わってないな。」


矢森は眉を落とし智也の顔を見てくる。

智也は笑顔で返そうと矢森の目を視界に入れた。


(え?)


矢森に目が無い。

無いというより、見えないというのが正しいか。

突如、全顔が真っ黒な揺らめきで埋め尽くされていたのだ。


「せ、先生?」

「以前にも忠告をしたはずだ。わかる事と出来る事は違う事だぞと」


矢森の声が段々に低く、濁った太い声に変わる。


「お、お前はだ…!」


誰だと言いかけた瞬間、矢森が智也の首をつかんだ。

そのまま矢森はゆっくりと立ち合がり、智也を片手で持ち上げる。

手を振りほどこうとしたが、掴む力が強すぎて振りほどくことが出来ない。

もがいているうちに智也の身体が宙に上がっていく。

「ウッ…!グッ…!せ…ん…」

「知るべき事、知るべきでない事、うっかり知った事、うっかり知らなかった事、たくさんたくさん」


———たくさんたくさんたくさんたくさんたくさんたくさんたくさんたくさんたくさんたくさんたくさんたくさんたくさんたくさんたくさんたくさんたくさんたくさんたくさんたくさんたくさんたくさんたくさんたくさんたくさんたくさんたくさんたくさんたくさんたくさんたくさんたくさんたくさんたくさんたくさんたくさんたくさんたくさんたくさんたくさんたくさんたくさんたくさんたくさんたくさんたくさんたくさんたくさんたくさんたくさんたくさんたくさんたくさんたくさんたくさんたくさんたくさんたくさんたくさんたくさんたくさんたくさんたくさんたくさんたくさんたくさんたくさんたくさんたくさんたくさんたくさんたくさんたくさんたくさんたくさんたくさんたくさんたくさんたくさんたくさんたくさんたくさんたくさんたくさんたくさんたくさんたくさんたくさんたくさんたくさんたくさんたくさんたくさんたくさんたくさんたくさんたくさんたくさんたくさんたくさんたくさんたくさんたくさんたくさんたくさんたくさんたくさんたくさんたくさんたくさんたくさんたくさんたくさんたくさんたくさんたくさんたくさんたくさんたくさんたくさんたくさんたくさんたくさんたくさんたくさんたくさんたくさんたくさんたくさんたくさんたくさんたくさんたくさんたくさんたくさんたくさんたくさんたくさんたくさんたくさんたくさん



「や…め゛…グゥウ…」


言葉の荒波が智也に襲い掛かかる。

声も人間ではなく唸り声に変わっていた。

同じ言葉を全く違う男女の声で矢継ぎ早に流れ込んでくるその姿は、矢森の原型をとどめていない。

本物の矢森がどこに行ったのか?

何故、いきなりこいつが現れた?

頭をフル回転させ、何とか意識を保たせようとする。

しかし、相手から発される揺らめきはまるでタコのような足の形になって智也に向かっている。

その1本1本が智也の体中に巻き付き、全身を埋め尽くそうとしていた。


このままでは間違いなく『取り殺される』。

自分の全てが引きちぎられ、絶滅するまで命を終えることが出来ない。


「?!」


智也の頭に鮮明な声が流れ込んできた。

まさか、もう頭の中に入ってきたのか?

相手の手を掴みながら、何とか左目に意識を集中させる。


(何か…何か見える…はず)


意識を向けると黒い揺らめきから少しずつ丸い形の色が出てくるのが分かった。

それはどれも青白い色をしており、ぼんやりと浮かんでいる。


(なんだ…?動いて…る?)


丸い色は、小刻みに揺れたり、伸びたり縮んだりしているのが見えた。


(クソッ!目がかすれて良く見えない!もう少し、もう少しでいいんだ!)


左目から燃えるような熱さを感じながら意識を集中させる。

すると、丸の中に複数の形が存在している事に気が付いた。

上側に2つの丸、真ん中に三角のような形、下にも楕円のような丸が見えた時、


智也はその正体を嫌と言うほど、はっきりと認識してしまったのだ。



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