校長室を出た後、校舎の廊下を真っ直ぐ進む。
先程の矢森の動揺からただ事では無いことは察していた。
歩きながら矢森は何度もため息をつく。
「そこまで深刻なのですか?」
智也はあくまでも冷静に質問をした。
このままでは調査は進まず、何が重要な点を見落としそうだからと判断したからだ。
だが、かつての恩師の姿に、智也もどのように接していいのかが分からない。
私情を挟むのは調査の妨げになると分かっていても、
「思い詰める……と言うよりも、私もまだ理解が追いついて居ないんだよ……。」
やさぐれた声で矢森が答える。
今までで見た事の無い姿のため少し狼狽えた。
「君は、あの動画を見たのか?」
「ええ、まあ。」
後ろについてるため、表情はあまり確認できないが
声色の様子から険しい顔をしているのが想像つく。
無理もない。
自分が校長を務める学校で凄惨な事件があったのだから。
先程は笑顔で気が付かなかったが、
真顔だと目元の隈が凄く、やつれている様子だった。
「あれは、一瞬で世界に知られた。私がこの事を知った時は、もう削除依頼をした所でどうにもならない状態になっていた。」
「ネットでは完全におもちゃとなっていましたね。」
「そのせいで、デマや抗議の電話、嫌がらせも酷くてね…。家にもいられなくなってしまったから、此処にいるんだ。」
「え、まさか個人情報が…?」
「AIの検索で簡単に割り出されたよ。恐ろしいものだ。」
その言葉に胸が潰れそうになった。
あの動画1つで、現場の責任者は責任を取るべきだというふざけた免罪符であらゆる被害を受けたのが明白であった。
「AIは個人の特定情報を探し出すのは禁止されてるはず…。」
「その後は、人間の力だね。私の名前から過去の経歴を遡ったようだ。」
矢森の声が小さくなっている。
「先生は悪くありません。これが片付いたら、次はそいつらを潰しましょう。」
「ありがとう。それで十分だ。」
智也の一言で安堵した様子であった。
話していると階段の前に着いた。
「現場はここの3階だ。」
KEEP OUTと書かれたテープをくぐり、階段を昇る。
一つ目の踊り場に差し掛かった時、
凄まじい殺気と冷気を智也は感じ取った。
「っ!!」
突然の事で智也は足を滑らせそうになる。
「お、おい!大丈夫か?」
「いえ、何でもありません。」
「そうか、気を付けてくれよ。」
いる。
何かがいる。
さっき纏わりついたやつとは別の奴だ。
気配を感じた瞬間、頭からつま先まで物凄い悪寒が体を貫いた。
今まで、それなりに力が強かった奴を見てきたが、
一瞬で全てを忘れるほど、圧倒的な絶望感が襲ってきたのだ。
心臓が段々とうるさくなる。
『本当に近づくのか?』
『やめろ』
『上に行くな』
と脳が警告を出すが、
無視して階段を進んでいった。
1段、また1段と上がるたびに激しい頭痛が襲ってくる。
上を見る余裕はなく、足元を見るのが精一杯だ。
「具合が悪いのか?」
矢森がこちらに振り向き、しゃがんで心配そうに顔を覗く。
「あはは、ただの運動不足ですよ。」
智也は悟られないようにと目を細め、声色を変えずに答える。
だが、それと対照的に矢森の表情は段々と曇っていく。
「本当にそうなのか?」
そう聞かれた時、智也の目はわずかに揺れ動く。
正直、応答している余裕などは無いが、
進まなければ進展することはできない。
「俺の身体の弱さは、先生が一番知ってるでしょ?」
無理やり口の端を上げる。
少しやりすぎとも思った。
しかし、今引き下がれば上に行く手段も方法が無くなってしまう。
まだ、残っているうちに確認しなければ。
これは、自分がやるべき事なのだから。
「そうか。君はそういう子だったな…。」
「へへ、無理行ってすみません。」
「全く。無理する癖は変えた方がいいぞ。」
これ以上言っても無駄だと悟った矢森は、ため息を1つ付き、
再び階段を昇り始めた。
そして、3階に着いた。
階段からはまだ、事故現場は見えていない。
「ん?ここは…。」
階段から踊り場に出た時、智也の頭に崩落の動画が呼び起された。
「どうかしたのか?」
「…先生、撮影されたのはこの場所からですか?」
「ああ、そうだよ。多分この辺だと思うんだが…。」
矢森が指をさしたところは、ちょうど階段の手すりが終わる場所であった。
手すりの下にはもう1段上に上がる階段がある。
智也はスマホを取り出し、カメラを起動させる。
「動画は、この教室の角が映っています。つまり、この角度から撮影した可能性が高い。それに、この位置はちょうど死角になっている。誰かが撮影していても、気づく確率はかなり低いな。」
しかし、此処で疑問も生まれる。
撮影者の動画のアスペクト比は9:20となっており、縦長の動画となっていた。
つまり、口論している様子を見て、咄嗟に取り出したもので撮影された可能性がかなり高い。
高校生が持っていて、手軽に撮影が出来るのはスマートフォン一択と見ていいだろう。
「先生、撮影者は不明のままですよね?」
「ああ、君の言う通り、警察の見解でもこの位置からと見て間違いないそうだ。しかし、全校生徒のデーターを全て見させてもらったが、見つからなかったよ。」
依頼者の斉藤一美も、撮影者は見つからなかったと話していた。
両者の証言が一致した。
通常、スマートフォンの映像データーは消去したとしても、メモリには一定期間保存される仕組みになっている。
しかも、動画がアップされたのは事件当日だ。
現代の警察の捜査で発見されない事などあるのだろうか。
「そうですか…。わかりました。これについては、また調べたいと思います。では、事件現場を見せてください。」
「ああ、こっちだ。」
階段を昇り、右側へ曲がると、目の前が一面青色になった。
「こ、れは。」
現場は一面ブルーシートに覆われていたのだ。
天井や壁にも隙間なく貼られている。
その範囲の広さがこの事件がどのくらい悲惨かを物語っていた。
「それじゃあ、開けるよ。危ないから気を付けてくれ。」
頭が割れそうな痛みに耐えながら、智也はブルーシートの中に潜っていった。