第8話
「さて、どこからやる…?」
一美が帰った後、智也は仕事用デスクの前に座り、資料を眺めていた。
今までの話をまとめると以下のようになる。
依頼者の斉藤一美は死んだ娘の復讐をしたい。
そのための犯人を突き止めて欲しいというもの(内容が内容だったため
一美との話の中で分かったことは5つ。
1、斉藤由美は狐狗狸というAIの使用権を獲得。
2、AIを利用して自分の願いを入力すると現実に起こる。
3、由美の最後に入力した名前が、崩落事件の被害者と一致。
4、崩落事件後に投稿された謎の動画の存在。撮影者及び投稿者不明。
5、由美の自殺後、狐狗狸とのやり取りは全て削除された。
「繋がりがあるように見えるが…。」
証拠となりそうな
これだけの事実があるのなら、事件の要因となりそうな出来事が1つくらい出てくる事が多い。
由美はインターネット上に自身が書いた文章を残している。
人間の手を使わない限り、情報を抹消させることは不可能だ。
だが、狐狗狸の情報は綺麗に消されている。
使用後は削除されるAIなのか?
狐狗狸に関する情報があまりにも少ない。
ひとまず、情報に徹した方が得策だろう。
現実に起きた事件の名前が入力されてる以上、インターネットから情報を集めるのが近道となる。
「まずは、狐狗狸に関しての情報を集めるか。テット。」
『お呼びでしょうか。智也様。』
智也の前に光が集まり、青い画面が表示された。
テットはこれから発される智也の指示を予測し、演算モードを起動させている。
「検索モードを起動してくれ。ボード付きで」
『かしこまりました。』
テットは返事をすると画面内のサークルが上下2つの画面に分かれた。
上には検索エンジンとキャレットが現れ、下にはキーボードが現れる。
「最新AI狐狗狸について可能な限りの情報を集めろ。結果はⅣ、Ⅴスクエアに表示。」
『かしこまりました。狐狗狸、狐狗狸、データベース照会中』
静かな部屋にテットが話すデジタル音声と智也の電子ボードの音が静かに鳴っていた。
テットは矢継ぎ早に狐狗狸に関しての情報をまとめていく。
画面内に映し出されたデーターは資料として纏められ、書類のように積み上げられていく。
一方智也は、崩落事件の動画について調べていた。
先程見た動画では、女子高校生の口論の後に、天井が落ちてくるという事は分かったが、それ以上の事は分からない。更なる情報を集めるため、動画の細見を行った。
「女子高生」と入力した瞬間、予測検索で「女子高校生 天井 崩れる」と出てくる。
トレンド入りした動画であるため、動画以外の情報も手に入れることはたやすそうだ。
検索結果欄の動画の項目をクリックすると1万件以上表示される。
シェア機能を使って元の動画を不特定多数に共有、または録画して再投稿したのだろう。
インターネットは常に新しい話題に飢えており、特に「新しく」「刺激」がある話題には敏感だ。
四六時中情報を見続け、新しい話題誰よりも先に見つけようと躍起になっている人物は多い。
そんな時代に、自分の願いを叶えてくれる「新しく刺激」がある存在が出現したのだ。
1人の尊い命が無くなる瞬間を撮影した物は話題作りに最適な「材料」となったのだ。
皮肉と侮蔑の感情が頭を支配する。
こいつらは、被害者の事を考えもしない屑だ。
しかるべきところからの裁きはいずれ来る。
憤慨しながらも、最初に投稿された動画のURLにたどり着いた。
「何も書いていない。」
通常、投稿動画には上部に投稿者名と投稿者アイコン、タイトルが表示される。
アイコンをクリックすると動画の投稿者が記載したプロフィールやメッセージ、投稿サイトに紐付けたSNSの情報が出てくる。
だが、最初の動画には名前もタイトルも書いていない。アイコンも黒一色だ。これはアカウントの初期設定の色である。アイコンを開いてみても、投稿者が書いた情報は一切なく、他のSNSも行っていない様子だ。
動画の投稿一覧を見ても、崩落事件の動画しかアップされていない。
投稿日は2048年4月19日。つまり、投稿主はこの日に、動画だけをアップした。
事件の動画以降、何も投稿していない。
「話題集めで作られたわけじゃないのか…?」
5月初めには、トウキョウ駅の看板に全裸で登る事件があり、SNS上に動画が流れたことでニュースに取り上げられる騒ぎになったこともあった。
シェアされたことで事件が大きくなってしまったのが記憶に新しい。
動画なんか取られなければその場で解決して終わる事件だったというのに、投稿者は悪びれもなく「バズると思ったから」などとほざいていた。
今回の投稿もそういった目的かと思ったが、そうでもなさそうだ。
話題つくりや注目をされたいのであれば、他の動画も投稿してもいいはず。
だが、投稿主は崩落事件だけを投稿し、それ以降、更新は全く行っていない。
意図が汲み取れないのがなんとなく不気味だ。
「アカウント名は…?」
アイコンの下に小さく書いてあるアカウントを見る。
「駄目か。書いていない。」
一番下のURLにもアットマーク以降の記載は無かった。
アイコンのほとんどは小文字と大文字のアルファベットの組み合わせで作られている。
配信者やインフルエンサーなどはグループ名や個人名入れることが多い。また文字と文字の間に記号を入れることで、個性を出しているのも多い。
このアカウントは文字が無い、つまり空白文字で記入された。
5年ほど前に空白文字と呼ばれる鍵括弧やハングルフィラーを用いて名前を特定されないようにするのが流行った。
このアカウントもその時期に作られたようで、2043年3月31日に登録されている。
「ここから特定するのは、無理があるか…?」
背もたれに寄りかかり、腕を組んで目を瞑って、手掛かりを探す方法を模索する。
「まずは現場の高校でこの場所が一致するのを調べる…その後、アイツに掛け合ってみるか…。」
「なーにぶつくさ言ってるの?」
真後ろから声を掛けられ、勢いよく体を起こす。
「び、脅かすな。」
「だーって!気が付いたらお客さん帰ってるし、アンタは何か調べてるし!私もいれなさいよー!」
先程、ズーランドの事を説明する為に、プレゼンを作っていた涼音だったが、途中でズーランドにまつわる噂話を目にしたため、夢中で潜り込んでいたのだ。
夢中になりすぎていたのは完全に涼音の自己責任だろと、思わずツッコミを入れたくなるが、智也は言葉を飲み込む。
潜る事は才能ではあるが、涼音にとっては地雷と同じ意味を成す。
以前も、似たような事があった時に、「お前が潜っているのが悪いんだろ。」と冗談交じりで話したら、胸倉をつかまれ、
「誰がこのネットの平和を守ってると思ってんだゴラァ!!」
とブチぎられた挙句、涼音の説教(話)を4時間聞かされる羽目になった。
そんなことは2度とごめんだ。
「いや、これは俺の仕事だから…」
「いいじゃーん、ちょっとくらい見ても。」
「あ、おい…!」
制止する智也の手をすり抜けて、涼音はパソコンを操作し始めた。
一度触らせたらもう何を言っても聞かない。
インターネットは涼音のおもちゃ箱だ。
智也より、使い方も扱い方も熟知している。
見ていた情報を隠そうとしても、あっという間に突き止められるのだ。
止めようと無駄だ。
「ん~?あ~、はいはい。これね~。」
何か確信を持ったようにつぶやく。
「何かあったのか?」
涼音はこちらを振り向かず、真剣に画面を見つめている。
いくつかの画面を確認すると、智也に話しかけた。
「うん、このアカウントさ、以前見かけたことがあってさ」
「何?」
「前さ、旅ワン会社のサーバー乗っ取られたじゃん。」
「ああ、5年前の。」
「そそ。ほんの数時間で戻ったけど、そこの社長さんから心配だから見てくれって言われてさ。そん時に痕跡があったな。こいつ。」
「マジか。」
棚から牡丹餅とはこのことを言うのだろう。
あっさりと手掛かりの情報が増えた。
唖然としてる智也の顔を見て、
「洗おっか?」
にっこりといたずらっ子の笑みを浮かべる。
この笑顔になったらもう止めるすべはない。
今回も手を借りてしまう事は不本意ではあるが、
正直、智也ではこれ以上情報を探る事は出来ない為、智也はお願いすることを決めた。
「そうだな。頼む。」
「まいどありー!んじゃいつもので!」
「わかってる。終わったら好きな店予約しとけ。」
「やったー!じゃ、しばらくここ借りるね!」
「へいへい。お好きにどうぞ。」
デスクを涼音に渡し、智也は出かける準備を始める。
「んあれ?どっかいくの?」
「被害者の高校に行ってくる。」
「ん~。お気をつけて~。」
この依頼の大筋は見えてきたが、外に出なければ新たな発見をするのは難しい。
まずは、自分の目で事のいきさつの把握をする。
考えるのは、それからだ。
いつものジャケットを羽織り、表の営業中の掛札は裏返す。
椎名探偵事務所の調査が始まった。