「なんですか…これ。」
日付は4月19日の午後12時43分。
平日の昼間に物騒な言葉が並んでいた。
「分からないです。前日は普通の会話のやり取りをしているのですが…。」
「何の脈絡もなく、いきなり殺すですか…。この、遊子と言うお名前に見覚えはありますか?」
質問すると、一美がうつむく。
「どうしました?」
少しして、一美は自分を落ち着かせるようにしながら、
言葉を話した。
「娘の同級生なんです。その子。」
「同級生?」
一美の声がだんだん暗くなっていく。
「はい。同じクラスの人で、由美はそこまで交流のある訳ではなかったようなのですが…。」
「なるほど。喧嘩をしていた訳でもなかったと。」
「ええ。由美の口から彼女の名前を聞くことはありませんでした。」
2人はクラスメイトという関係だけであった。
それなのになぜ、殺すという言葉が出てきたのか、謎が深まる。
いや、学生となればあり得る。
自分の気に入らない大人や友人に向かって「あいつウザくね?」というノリで言う心理。
この類に入るものだろう。
「なるほど。と、なると、遊子さんに直接お話をお聞きした方が良さそうですね。」
智也はクラスメイトの連絡先を聞こうとメモを準備しようとした時、
「…それは、できないです。」
「はい?」
ポツリと一美がか細い声でつぶやく。
聞き取れなかったため、もう一度質問しようとすると、
「できないんです。もう二度と…。」
先程よりははっきりと聞こえた。
できない…?
ハッキリと聞こえたその言葉、今までの話を経緯からすると
できないという事は…。
その意味を考えた瞬間、智也の背筋が一気に凍る。
まさか、そんな事あり得ない。
そう思いながらも、質問せざるを得なかった。
「え?それじゃあ…まさか。」
「はい。そのまさかです。」
一美は深呼吸しながら、
恐る恐る信じがたい事実を話した。
「遊子さんは狐狗狸に名前が書かれた7分後、死亡したのです。」
「なっ…!そんなことが…!」
あり得るはずがない。
これはただのAIで日常会話の一つに過ぎない。
だが、嘘をついているようにも思えない。
「これを見てください。」
一美は1枚の新聞記事を取り出す。
そこには見出しで大きく
『天井倒壊!女子高校生死亡』と書かれている。
記事には、
『4月19日午後12時50分頃、私立綿貫高校の2階廊下で、2人の女子生徒が口論している最中に、天井が倒壊した。1名怪我はなかったが、倒壊に巻き込まれた綿貫私立高校2年生の元道遊子さん(17歳)が瓦礫の下敷きとなり亡くなった。
警察は建物の老朽化が原因とみて調査をしている。』
と書かれていた。
「老朽化…。これは事故で間違いないんですよね?」
「ええ、天井に何か細工をされていたとかそういったこともなく、いきなり落ちてきたんだそうです。」
「その話は、誰に?」
「言い合いの様子を見ていた人たちがいて、私は担任の先生から話を聞きました。後、これも見て欲しいんです。」
一美はそう言ってスマホに入ってる一つの動画を再生した。
そこには、廊下の様子を遠くから映し出された。
動画は全部で2分38秒となっている。
再生すると、金切り声が耳を貫いた。
余りの大きさに身体が跳ね、咄嗟に手を顔の横に持ってくる。
キーンという音が耳孔に響き渡った。
「なんつー音…。」
「だ、大丈夫ですか?」
「問題ないです。」
姿勢を戻し、動画の続きを見る。
よく聞くと2種類の声が聞こえてくる。
どちらも甲高く、声には怒りが見て取れた。
恐らく、言い争いしてるのであろう。
叫び声の為音声が潰れており、言葉は聞き取れない。
そのため、何がきっかけで言い争いが始まったかはこの動画では分からない様子だ。
映像をよく観察すると、
1人は後ろ姿、もう1人は顔の輪郭が辛うじて見える。
2人からはかなり距離が離れているようだった。
動画には言い争っている2人の女子生徒以外も写っている。
時間帯はお昼時。
叫んでいる声を聞いて集まってきているのだろう。
だが、2人の剣幕が凄すぎるのか、固まってみている生徒がほとんどだ。
「たまに、こういった動画も見かけるが…」
それにしてもうるさすぎる。
これ以上何かが変わるわけではないと思い、残りの再生時間を確認した時、数字が2分に変わった。
瞬間、
「なっ!」
突如画面上部から後ろ姿の女子生徒の前に土塊が現れた。
煙が凄く、何が落ちてきたのか分からない。
煙が少し収まり、コンクリートの塊が見え始める。
よく見ると、瓦礫のようであった。
落ちた。落ちてきた。
そう認識するまで、数秒はかかったのだろう。
後ろ姿が見えている女子生徒は、その場に立ち尽くしていた。
そして、動画をよく見ると輪郭が見えていた女子生徒の姿が消えていた。
消えた後、生徒が数秒動かなくなった所で動画は終了している。
「なん、ですかこれ…。」
余りにも一瞬の出来事で起きた事故。
瓦礫で見えないが、この下に元道遊子がいる。
どんな姿になっているかは想像したくない。
「事件が起きた日にSNSでアップされていたものです。日付も確認し、4月19日となっていました。」
「これ、本物ですか…?」
「…声と後姿を見る限り、由美そのものだったので間違いないかと…。」
一美はそう話すが、智也はそうは思わなかった。
おかしい。
この動画にはおかしな点がいくつも見られる。
だが、今は情報が足りないため、もう少し調べる必要がありそうだ。
「この動画の投稿者は分かりますか。」
「いいえ、誰もこんな動画は撮ってないと…。」
「おかしな話だ。この距離で見えるのなら撮影距離はそこまで遠くない。撮影者は生徒、もしくは教員と考えるのが一般的だ。」
「私もそう思いますが…これ以上は誰も教えてくれなくて。」
一美は目を伏せ、涙を浮かべる。
「由美はチャットで書いたことが現実に起こってしまった…。だから、それを悔いて自殺をしたのかと…。そう思ったのです。」
「あり得ない。ただの偶然が重なっただけです。ですが、思ってもいない事が起きてしまったら…わかりませんね。」
自分の願ったことが目の前で起こる。
それが本心から思ったことではないにしろ、由美の目の前で実現されてしまった。
決して取り返すことが出来ない事が分かった時、自身が選べる行動はほとんど残されていなかったのだろう。
弔う事も大切だが、智也は肝心な事を聞いていない。
再び智也は質問をした。
「このチャットと動画、娘の死、この2つを見て呪いだと思ったのですか?」
「はい。そう思いました。人の死を願ったから、自分も殺されたのかと…。」
「なるほど…。確かにそう思われても無理はありませんね。」
智也は動画をもう一度再生する。
スクロールバーを動かしても動画の内容に変化はない。
後で『覗る』必要がある。
『今日中に見ることが出来るといいがな』と心でつぶやいた。
「でも、もう1つ関係ありそうな事があって。」
「関係ありそうなもの?」
「はい。この『狐狗狸」という名前です。」
「名前。」
狐狗狸、確かにAIに着けるとなると、カタカナや英語を使った表記が主流となる事が多い。
その中で狐狗狸というネーミングはかなり日本に特化しているものとなる。
制作者に何らかの意図があるのか。
「この名前、昔降霊術ではやった名前です。」
「降霊術?」
降霊術と聞いて智也は思い出した。
今から80年以上前に、日本で大流行した遊びだ。
紙に平仮名50音を書いた後、上の方に『はい』と『いいえ』を書き、その真ん中に鳥居を書く。
鳥居に10円玉を置き、参加者全員の人差し指を乗せる。
『こっくりさん、こっくりさん、おいでください。』
と唱えると、10円玉が勝手に動き、何でも質問に答えてくれるというものだ。
「思い出しました。確か、2029年に全て廃止された遊びですね。」
「ええ、こっくりさんと実際に話をして、憑りつかれた話や救急車を呼んだ話もありましたから…。」
「こっくりという名前に、願いを叶えてくれるもの…か…。わかりました。まずは、このアプリの概要や仕組みなどを調査していきたいと思います。」
智也のその言葉にハッと顔をあげる。
「じゃ、じゃあ!」
「ただし、復讐をしたいという要望は、お断りさせていただきます。このアプリの真相を突き止めて、娘さんの自殺の原因を一緒に探す事なら、力になりましょう。」
一美の目から涙があふれた。
そして、
「ありがとうございます!」
大粒の涙を流しながら何度もお礼を繰り返していた。