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第六話 疑心暗鬼を生ず

「そう、ですよね。警察に調べてもらっているのに…、殺されたなんて、よく聞いたらおかしな話ですね…。」


一美は、先ほどのふるまいを思い出して落ち込む。


「自分の感情に囚われてる時は仕方ありません。」


一口紅茶を飲みながら話を続けた。


「正直、最初は自分の妄想にでも憑りつかれた人なのかと疑いました。ですが、先ほどの会話のやり取りの中でそういった様子は一切見られなかった。本当に入ってしまった人間は人の話など聞くことが出来ませんから。」


これまでの経験から語る、智也の人間の像。

一美は肯定も否定もせず、じっと話を聞いていた。


「一美さん、貴女は娘さんが殺されたと確信できる何かを発見した。だが、どう調べても現実味が湧かないものであった。だから、その手に詳しい私に相談をした。という事で間違いないですね。」


智也は一美をまっすぐ見つめながらも静かに語る。

一美の身体がわずかに揺れる。

智也の目は真剣そのものだ。まっすぐに目を見返してくる。

全てを見透かされたような目に委縮しながらも、

口を開き始めた。


「椎名さん、狐狗狸と言うAIはご存知でしょうか。」

「ええ、知っています。最近ネット上でもトレンド入りしたものですね。」

「そのAIの別名もご存知で?」

「…確か、願いをかなえてくれるというものでしたか?」

「その通りです。」


一美は鞄から印刷された用紙を取り出す。


「これは…、チャット履歴ですか?」


容姿は10枚に渡って由美と狐狗狸とのチャット履歴が綴られていた。

そこには、たわいもない世間話から悩み相談など、あらゆることが書かれている。


「よく、これだけの記録を取れましたね。」

「ええ、自宅にはスマホと連携しているテットが居ますので、まだデーターが残ってるうちに、印刷してもらったんです。」

「残ってるうち…?今は、これを閲覧することはできないのですか?」

「はい。今は全て削除されています。」

「…おかしいですね。AIは規約上、使用者本人のデーターは、本人または親族、本人が許可した人物のみの削除が出来るはず。AIが勝手に判断して削除するのは禁止されているはずだ。」


テットが勝手に削除したのか?

そんなはずはない。

テットは2035年に急速に普及し始めた生活サポートAI。

テットが生まれた時に真っ先に覚えさせた事が

「主人のいう事には絶対に服従する事」だ。

それはAIに感情というものを理解させず、徹底的に主人が望むサポートのみ試行するために組み込まれている。


「テットになぜ削除されたのかは聞いたのですか?」

「ええ、ですが」

『申し訳ございません。私ではデーターの閲覧、検索、操作をすることは不可能です。』

「そう言って、それ以上の事は何も出なかったので、テットの仕業ではないと思うのです。」

「なるほど…。となると。」


手元の資料をもう一度見る。

画像に移っているチャット履歴、左上に狐狗狸のマークであろう狐のロゴが描かれており、

上下に太い枠線が引いてある、簡素なメッセージ欄だ。

チャットは、吹き出しで囲まれており、相手が読んだことを確認すると

チェックマークとダブルチェックのどちらかがついている。


会話の内容を見てみると、AIと会話をしている無機質な会話ではなく、

友人と会話をするような口語文も多く見られる。


「初めの方に、名前と年齢と勤務地…。ここに高校の名前を書けば、高校生らしく会話をしてくれるという事か。」

「はい、私もこのAIの事は最近のニュースで知って、使えるのは選ばれた数人だとかいう話でした。」


智也はチャットを読み進める。

由美のチャットは最初の方は戸惑っている様子であったが、

次第に狐狗狸と打ち解けて、日常会話を行うようになっていった。

チャットが始まっているのは1月18日から。

そして、由美が最初の願い事を書き始めたのが1月25日であった。


「初めの願いは、運気アップの物は何か、か。」


狐狗狸は

『そうだね~、恋愛運上げるなら首に赤いものがついてるネックレスで、金運なら左手に金色のブレスレットを付ける。健康運だったら、足にミサンガを付けるのがいいな~。ほら、青色で間に緑の三角が上下になってるやつ!持ってるでしょ?』


と同性からのアドバイスのような口調で書かれていた。


「これだけ見るなら、その辺のチャットAIと何も変わりませんが…、この結果、由美さんに彼氏が出来たんですね。」

「ええ、ものすごく喜んでいました。なんでも、以前から気になっていた人だったらしくて…。」

「そして、次は定期テストの問題範囲。」


狐狗狸は9教科の内容を教科書の範囲、テキストブックのページだけでなく、問何問目という具体的な数字の場所、そして何より不気味なのが


『由美の数学の蓼先生って、遠回しな問題が好きでしょ?だから、最初と最後の文を除いて、個々だけ見てれば解けるよ~!ファイト!』


と、高校の担任の先生の名前を言い当てていた。

過去のチャット履歴で、由美が職員の名前を話している会話は無い。


「変ですね…どうやって情報を把握したのでしょうか?」


学校のデーターは機密情報で守られている。教員や校長の名前ですら、閲覧をするには誓約書を書かなければならない。

そのセキュリティをあっさり破ったのか、当然のように答える狐狗狸に、わずかに恐怖を抱いた。


「その後も、お小遣いを増やしたい、アーティストのチケットの指定席を当てたいか…。取るための具体的な手順まで示されてるのか。」

「ええ、ですが、娘の返信を見ると、どうやらその行動を正確には行わなかったようで…。その2つは叶っていないようです。」

「お小遣いを増やすなら、まずは自分で働けるところを探してみれば。と書いてあります。全ての願いを必ずかなえる、魔法のランプでは無いですね。」


この願いが叶うには、いくつか法則性がありそうだと智也は考える。

しかし、チャットには主に、悩み、方法、結果しか書かれていない為、

具体的にどんな行動をしたのかが不明となっている。


そして、最後のページを見た時に

智也はとんでもない文章を見つける。




「遊子を死なせるにはどうすればいい?」


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