「自殺…?」
「はい。自宅の自分の部屋で首をつって…。」
智也は驚きを隠せない。
先程、一美は「殺された」と話したのだ。
だが、死因は自殺と断定した。
自殺なのになぜ、殺されたとハッキリ言い切ったのか、
母親がなぜここに来たのか、
矛盾すぎる言動により疑問が生まれ頭を支配していった。
「自殺なのに、何故殺されたと」
「娘は自殺なんてする子じゃないからです。」
一美ははっきりと言い切る。
「まずい」と直感で感じる。
この手の人間は自分の主観を曲げることが無い。
こちらが考察を述べても、感情を逆なでするだけだ。
となると、ひたすら情報を引き出す方が
トラブルになる事も無いし、その後の適切な機関につなげられるかもしれない。
智也は、小さく息を吐き、一美に向き合った。
「わかりました。じゃあ、遺体は誰が見つけたのすか?」
「私です。朝、起きる時間になっても降りてこないので、様子を見に行ったら…。」
一美の身体が震える。
涼音が体をさすり支えながら話を続けた。
「自室の天井に、紐をつけて…。首を吊って…。亡くなっていました…。最初見た時は、悲鳴も出ずに、腰を抜かしてしまったんです…。」
「一美さんが、第一発見者だったのですね。」
「ええ、何とかして救急車を呼びましたけど…。もう、手遅れでした…。」
「その時、一美さんはお1人だったのですか?」
「はい。主人は朝早くから仕事があるので。」
「失礼ですが、何時ごろご出勤されるとかお聞きしてもよろしいですか?」
「はい、もちろんです。」
斉藤家の1日はどこでも聞くような、当たり前の1日であった。
夫の廉騨さんは、朝6時に起きて夕方は18時頃に帰宅。残業は毎日あるそうだ。
妻の一美さんは、朝4時ごろに起きて家事を行い、仕事に出るのは8時ごろ。
帰宅は16時頃となる。
娘の由美さんは、朝7時に起きて、母と同じ8時に家を出る。
部活もあるため、帰宅するのは19時頃になるという。
休みの日は、家族で出かけることもあれば、部活の大会、お友達と遊ぶ日もあったそうだ。
「お友達というのは、同じクラスの?」
「ええ、中学が一緒なんです。確か、植野望都ちゃんと、横山明日夏ちゃんだったかしら。よく遊ぶのはこの2人だったと思います。」
スマホに移ってる写真を見せてくれた。
3人で自撮りした写真データーが入っており、
左から、ポニーテール、真ん中はボブへア、右には、髪をおろして、編み込みをしている女子が写っていた。
「由美さんはどの子ですか?」
「真ん中です。」
「本当だ。とても笑顔が素敵ですね。メイクもオシャレ!あ!これ、Rikkiの新作コスメですか?センスいいですね!」
「あら、そうかしら。うふふ。」
涼音が話に入って来たことで智也は安堵した。
正直、女性のメイクの事など一切分からない。
メイクのピンク色はどれも同じじゃないかとぼやいた時に『なーんにもわかってない!』と怒られたことを思い出した。
2人がメイクの話に夢中になっている最中、
智也は写真をじっと見つめる。
左目に意識を集中させ、「読み込み」始めた。
すると、3人の人型に沿って、揺らめきが見え始める。
左から、オレンジ、ピンク、オレンジ。
暖色は当人が穏やかに生きている事を示す。
この写真に異常は見られない。
つまり、この時点で、何かが纏わりついていた可能性が消えたのだ。
智也は意識を解除させた。
2人を見るといつの間にかペットの話題に切り替わっていた。
この短時間でよくそれだけ話せることがあるなと感心しつつ、
今の資料では情報が足りないため
智也は質問を続けた。
「あー、すみません?質問の続きを…。」
「ああ!すみません。私ったらついつい…。」
「いえいえ、大丈夫です。では、この写真が撮られたのは、いつ頃ですか?」
「これは、亡くなる4か月前ですね。ズーランドに行った時の写真です。」
「ズーランド…?」
「え?何、あんた知らないの?!東京ズーランド!主要キャラたちがみ~んな動物で子供も大人も楽しめる日本最大級のテーマパーク!日本人の常識よ?!」
涼音がまくしたてるように話し出す。
どうやら彼女はこのテーマ—パークのファンであるようだ。
「行かないから知らん。」
「んな!!写真くらいは見たことあるでしょ?」
「必要な情報以外見ることは無い。」
「はあぁ?!いつもニュースの検索ランクトップにあるでしょうが!」
「そんな所見ねーよ。てか、同じような物そこら中にあるだろ。」
「はぁ?!アンタそれ本気で言ってるの?!」
「事実だろうが。」
「だーからあんたはモテないのよ!」
「おい、今その話は関係ないだろ。」
「いいえ!あ・り・ま・す!」
どこでスイッチが入ったのか、涼音はズーランドの魅力を語り出した。
装飾品のこだわりや、世界観の設定等々、飛ぶ鳥を落とす勢いだ。
「いや、だから…わかんねぇって「だー!もう!見せた方が早い!パソコン!パソコンはどこだー!」
涼音はパソコンを探しに一度キッチンの方に向かった。
残された二人は、ポカンと呆気に取られていた。
「はあ、話を戻します。うるさくてすみません。」
「いいえ、おかげで少し元気が出ました。娘も成長したらあんな感じなのかなって…。」
一美が少し遠い目をする。
慈しみ、愛しいものを見るような目だった。
「あいつより、由美さんの方が綺麗ですよ。」
「ま、乙女にそんな事を言ってはダメよ。」
智也の軽口にも軽快に答えてくれる。
内心、かなりホッとしていた。
「4か月前、ズーランドに行った時も別に何も変わらなかった。じゃあ、この日から4か月の間に、何かあったんですか?」
「ええ、風邪もひかなかったですし、何か悩んでいるとか落ち込んでる事もなかったです。」
「ふーむ、そうですか。じゃあ、トラブルの原因でとかではないですね。」
「亡くなったのはいつですか?」
「4月20日です。」
「まだ、日が浅いですね…。」
智也は少し考えた後、申し訳なさそうに質問した。
「踏み込んだ質問をしますが、遺書とかはあったんですか?」
「遺書はありませんでした。」
「遺体の近くに、何か変わったものとかは?」
智也の質問に一美は目を動かしながら答える。
「近くには、首を吊る時に使ったであろう椅子と、雑になっていた布団、足の真下に、スマホが落ちていました。」
「スマホ、ですか?」
「ええ…。」
智也は腕を組み、あごに手を当てながら考える。
「そのスマホに遺書が書かれていたとかは無いんですか?」
「警察にも調べてもらいましたが、特に目ぼしいものは無かったと…。」
「なるほど…。」
今のところ、一美の話だけでは、手掛かりがほとんど見つからない。
友人や家族とのトラブルも無し、本人の悩みも無し。
これは、かなり難航しそうだと頭をひねる。
「そのスマホって、持っていますか?」
「はい。こちらに。」
一美はピンクのスマホを渡す。
学生らしく、シールやアクセサリーを付けてデザインされていた。
「中身を確認しても?」
「はい。大丈夫です。」
スマホの中身はありふれたアプリであった。
メッセージアプリにゲーム、SNSアプリが何個か入っている。
「このSNSも一美さんは確認されたのですか?」
「いいえ。そこまではしていないです。」
「わかりました。では、これは後ほど確認したいのですが、お預かりしてもよろしいですか?」
「大丈夫です…。」
一美の表情が再び暗くなる。
両手を腿の上に置き、キュッと洋服をつかむ。
何か言いたそうに唇が動くが声が出てこない様子であった。
「…一美さん。私は先程から、貴女に質問していない事が2つあります。」
「…はい。」
「先程は、かなり混乱されていましたので、落ち着くまで待ちました。つまり、ここからが本題となります。」
「…わかりました。」
「次の質問は、混乱せずに、落ち着いて話してくださいね。」
「はい。」
淡々と智也は話を進める。
「では、まず1つ目。自殺ではないという、本当の理由を聞かせてください。」