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第五話 嚙み合わない

「自殺…?」

「はい。自宅の自分の部屋で首をつって…。」


智也は驚きを隠せない。

先程、一美は「殺された」と話したのだ。

だが、死因は自殺と断定した。


自殺なのになぜ、殺されたとハッキリ言い切ったのか、

母親がなぜここに来たのか、


矛盾すぎる言動により疑問が生まれ頭を支配していった。


「自殺なのに、何故殺されたと」

「娘は自殺なんてする子じゃないからです。」


一美ははっきりと言い切る。

「まずい」と直感で感じる。

この手の人間は自分の主観を曲げることが無い。

こちらが考察を述べても、感情を逆なでするだけだ。

となると、ひたすら情報を引き出す方が

トラブルになる事も無いし、その後の適切な機関につなげられるかもしれない。

智也は、小さく息を吐き、一美に向き合った。


「わかりました。じゃあ、遺体は誰が見つけたのすか?」

「私です。朝、起きる時間になっても降りてこないので、様子を見に行ったら…。」


一美の身体が震える。

涼音が体をさすり支えながら話を続けた。


「自室の天井に、紐をつけて…。首を吊って…。亡くなっていました…。最初見た時は、悲鳴も出ずに、腰を抜かしてしまったんです…。」

「一美さんが、第一発見者だったのですね。」

「ええ、何とかして救急車を呼びましたけど…。もう、手遅れでした…。」

「その時、一美さんはお1人だったのですか?」

「はい。主人は朝早くから仕事があるので。」

「失礼ですが、何時ごろご出勤されるとかお聞きしてもよろしいですか?」

「はい、もちろんです。」


斉藤家の1日はどこでも聞くような、当たり前の1日であった。

夫の廉騨さんは、朝6時に起きて夕方は18時頃に帰宅。残業は毎日あるそうだ。

妻の一美さんは、朝4時ごろに起きて家事を行い、仕事に出るのは8時ごろ。

帰宅は16時頃となる。

娘の由美さんは、朝7時に起きて、母と同じ8時に家を出る。

部活もあるため、帰宅するのは19時頃になるという。

休みの日は、家族で出かけることもあれば、部活の大会、お友達と遊ぶ日もあったそうだ。


「お友達というのは、同じクラスの?」

「ええ、中学が一緒なんです。確か、植野望都ちゃんと、横山明日夏ちゃんだったかしら。よく遊ぶのはこの2人だったと思います。」


スマホに移ってる写真を見せてくれた。

3人で自撮りした写真データーが入っており、

左から、ポニーテール、真ん中はボブへア、右には、髪をおろして、編み込みをしている女子が写っていた。


「由美さんはどの子ですか?」

「真ん中です。」

「本当だ。とても笑顔が素敵ですね。メイクもオシャレ!あ!これ、Rikkiの新作コスメですか?センスいいですね!」

「あら、そうかしら。うふふ。」


涼音が話に入って来たことで智也は安堵した。

正直、女性のメイクの事など一切分からない。

メイクのピンク色はどれも同じじゃないかとぼやいた時に『なーんにもわかってない!』と怒られたことを思い出した。

2人がメイクの話に夢中になっている最中、

智也は写真をじっと見つめる。

左目に意識を集中させ、「読み込み」始めた。

すると、3人の人型に沿って、揺らめきが見え始める。

左から、オレンジ、ピンク、オレンジ。

暖色は当人が穏やかに生きている事を示す。

この写真に異常は見られない。

つまり、この時点で、何かが纏わりついていた可能性が消えたのだ。


智也は意識を解除させた。

2人を見るといつの間にかペットの話題に切り替わっていた。

この短時間でよくそれだけ話せることがあるなと感心しつつ、

今の資料では情報が足りないため

智也は質問を続けた。



「あー、すみません?質問の続きを…。」

「ああ!すみません。私ったらついつい…。」

「いえいえ、大丈夫です。では、この写真が撮られたのは、いつ頃ですか?」

「これは、亡くなる4か月前ですね。ズーランドに行った時の写真です。」

「ズーランド…?」

「え?何、あんた知らないの?!東京ズーランド!主要キャラたちがみ~んな動物で子供も大人も楽しめる日本最大級のテーマパーク!日本人の常識よ?!」


涼音がまくしたてるように話し出す。

どうやら彼女はこのテーマ—パークのファンであるようだ。


「行かないから知らん。」

「んな!!写真くらいは見たことあるでしょ?」

「必要な情報以外見ることは無い。」

「はあぁ?!いつもニュースの検索ランクトップにあるでしょうが!」

「そんな所見ねーよ。てか、同じような物そこら中にあるだろ。」

「はぁ?!アンタそれ本気で言ってるの?!」

「事実だろうが。」

「だーからあんたはモテないのよ!」

「おい、今その話は関係ないだろ。」

「いいえ!あ・り・ま・す!」


どこでスイッチが入ったのか、涼音はズーランドの魅力を語り出した。

装飾品のこだわりや、世界観の設定等々、飛ぶ鳥を落とす勢いだ。


「いや、だから…わかんねぇって「だー!もう!見せた方が早い!パソコン!パソコンはどこだー!」


涼音はパソコンを探しに一度キッチンの方に向かった。

残された二人は、ポカンと呆気に取られていた。


「はあ、話を戻します。うるさくてすみません。」

「いいえ、おかげで少し元気が出ました。娘も成長したらあんな感じなのかなって…。」


一美が少し遠い目をする。

慈しみ、愛しいものを見るような目だった。


「あいつより、由美さんの方が綺麗ですよ。」

「ま、乙女にそんな事を言ってはダメよ。」


智也の軽口にも軽快に答えてくれる。

内心、かなりホッとしていた。


「4か月前、ズーランドに行った時も別に何も変わらなかった。じゃあ、この日から4か月の間に、何かあったんですか?」

「ええ、風邪もひかなかったですし、何か悩んでいるとか落ち込んでる事もなかったです。」

「ふーむ、そうですか。じゃあ、トラブルの原因でとかではないですね。」

「亡くなったのはいつですか?」

「4月20日です。」

「まだ、日が浅いですね…。」



智也は少し考えた後、申し訳なさそうに質問した。


「踏み込んだ質問をしますが、遺書とかはあったんですか?」

「遺書はありませんでした。」

「遺体の近くに、何か変わったものとかは?」


智也の質問に一美は目を動かしながら答える。


「近くには、首を吊る時に使ったであろう椅子と、雑になっていた布団、足の真下に、スマホが落ちていました。」

「スマホ、ですか?」

「ええ…。」


智也は腕を組み、あごに手を当てながら考える。


「そのスマホに遺書が書かれていたとかは無いんですか?」

「警察にも調べてもらいましたが、特に目ぼしいものは無かったと…。」

「なるほど…。」


今のところ、一美の話だけでは、手掛かりがほとんど見つからない。

友人や家族とのトラブルも無し、本人の悩みも無し。

これは、かなり難航しそうだと頭をひねる。


「そのスマホって、持っていますか?」

「はい。こちらに。」


一美はピンクのスマホを渡す。

学生らしく、シールやアクセサリーを付けてデザインされていた。


「中身を確認しても?」

「はい。大丈夫です。」


スマホの中身はありふれたアプリであった。

メッセージアプリにゲーム、SNSアプリが何個か入っている。


「このSNSも一美さんは確認されたのですか?」

「いいえ。そこまではしていないです。」

「わかりました。では、これは後ほど確認したいのですが、お預かりしてもよろしいですか?」

「大丈夫です…。」


一美の表情が再び暗くなる。

両手を腿の上に置き、キュッと洋服をつかむ。

何か言いたそうに唇が動くが声が出てこない様子であった。


「…一美さん。私は先程から、貴女に質問していない事が2つあります。」

「…はい。」

「先程は、かなり混乱されていましたので、落ち着くまで待ちました。つまり、ここからが本題となります。」

「…わかりました。」

「次の質問は、混乱せずに、落ち着いて話してくださいね。」

「はい。」


淡々と智也は話を進める。


「では、まず1つ目。自殺ではないという、本当の理由を聞かせてください。」




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