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第四話 矛盾

「呪い…復讐…ですか。なるほど。それは穏やかな内容じゃありませんね。」


探偵事務所では度々不思議な依頼に遭遇することがある。

「人間を殺すことはできないから、何か殺せる生き物がいる場所を教えて欲しい」や

「誰かに殺されたいけど、聞いてくれる人がいないから斡旋してほしい」

という依頼や

「あの漫画の主人公は私なんです。だから出版社にボクを出すなと一緒に訴えて欲しいんです。」

と、魔法が出てくるような少年誌の内容を信じ切っていたり

「彼氏と一緒に暮らせるようになりたいんです。でも、彼の中身は綿だから…。彼の身体に入れる内臓を探して欲しいんです。」

と言った、抱き枕を人間のしようとする。


やっと依頼が入った時は、だいたいネジが緩んでいるのか、締めすぎてるのかは不明だ。

そういった客が集まりすぎてしまうのは、俺の能力のせいでもあるのかもしれないが…。


こういった不思議な依頼をしてくる人間は本気で訴えてくるから対応が難しい。

一言間違えただけで、扉を蹴飛ばして閉まらなくされる、嫌がらせ電話、待ち伏せ、ストーカー等、引き受けた後の処理が非常に困難なのだ。

まともに解決できたのは、5年間で片手を数えるほどしかない。

不思議な依頼も依頼者の結論が大方誰かに危害を加える事でしかないため、まずは説得から入らなければならない。

だが、ここでも大きな問題があった。

そもそも、智也は人と話すことが苦手である。

正確には相手に気を使い、遠回しな言い方や優しい言い方が特に難しいのだ。

そのため、涼音にもよく注意されているが、中々直らない。

結論や思った言葉をそのまま言葉に出してしまうため、その一言で相手を激怒させてしまうのだ。

「人間を殺すことはできないから、何か殺せる生き物がいる場所を教えて欲しい」という依頼には

「紛争地域にでも行けばいいじゃないですか」と返し、

「彼氏と一緒に暮らせるようになりたいんです。でも、彼の中身は綿だから…。彼の身体に入れる内臓を探して欲しいんです。」という依頼では

「入れた所で、命が宿るわけでもなければ、貴女を愛する事なんてないんじゃないですか」と返した。

1つ目に関しては、まあそうかと納得も出来るが、

2つ目に関しては乙女心というものを丸で分かってはいない故の発言であろう。

案の定、大激怒され、殴られそうになったり、訴えられたりした。

だから、智也は依頼を見極めなければならなかった。

本人が中々動かない人間という所もあるが、奇妙な依頼によって精神を削られることの恐怖の方が勝つ。

意図的に依頼を減らしているのと、受けたくない気持ちがせめぎ合う。

この依頼も、出来る事なら「受けたくない」という保身の気持ちが強かった。

だが、それだけではない。


第一に、この依頼自体、依頼主が被害者ではない。

今までも、誰かを助けるために力を貸して欲しいという依頼は多くあったが、

当の本人には全く知らされず、いい迷惑を被ってしまったことが何度もある。

しかも、根幹が娘。

誰が見ても厄介な依頼であることは十分な要素であった。

そして第二、依頼者から出てきた「呪い」という言葉。

オカルト系の話であるならば、霊媒師や霊能力者の力を借りる方が自然だ。

SNSを通じて活動している人も多い為、そこの評価を見て依頼することだってできる。

しかし、この依頼者はここに来た。

何か、ここの探偵事務所の噂を聞いたのか、それとも…。




智也は表情に出さないよう、慎重に言葉を選ぶ。



「一体、何故そう言った結論になったのか、聞かせていただけますか?」

「娘は殺されたんです!でも、でも…、誰も信じてくれないのです。私にとっては命よりも大事な娘が…!ああ!可哀そうに…可哀そうに!」


依頼者はかなり錯乱している。

智也は落ち着かせながら、依頼者をなだめるように声を掛ける。


「娘さん、なのですね。それは…お悔やみ申し上げます。今回は、娘さんに関しての依頼。という事で間違いないですか?」

「ええ、そうです。娘を殺した犯人を捕まえて欲しいんです。」

「でしたら、まずは警察に行かれた方がよろしいのでは…?ここは探偵事務所で殺人の調査等は行っていませんし、できないです。」


淡々と事実を述べる。

依頼者は気の毒だと思うが、こちらも仕事である。

まともに対応できないのであれば、帰っていただくほかない。


「警察は当てにできません!自殺だって決めつけて!私の娘はそんな馬鹿な事はしない!殺されたんです!」


駄目だ。

感情の抑制が出来ていない。

目も般若のように吊り上がり、些か恐怖を覚える。

同じ言葉を繰り返すだけで中身が無い。

落ち着くまで待つなんて悠長な事はしない。

ただ時間が流れるのを待つしかないかと思った。

その時


「ゆっくり深呼吸してください。温かい紅茶をお持ちしました。呼吸が落ち着いたら、飲んでください。」


涼音がキッチンから戻ってきた。

紅茶を俺と依頼者の前に置くと、

依頼者の隣に座り、背中をさする。

すると、少しずつ依頼者の呼吸が安定してきた。


「ああ…。すみません…、取り乱してしまって。」

「いいえ、大事な方を亡くされたら、誰でもそうなります。ゆっくりでいいですよ。」


涼音のおかげで依頼者は落ち着きを戻した。

「どうぞ、飲んでください。」

「ああ…、ありがとうございます。」


涼音から紅茶を渡される。

わずかに手が震えており、飲むのは少し大変そうだ。

すかさず、涼音がカップに手を添える。


「熱いので、お気をつけて。」


紅茶を半分ほど飲むと、ようやく落ち着きを戻した様子であった。

涼音は心配そうにのぞき込む。


「大丈夫ですか?」

「はい。すみませんでした。」


依頼者は涼音と智也それぞれに頭を下げる。


「いえ、こちらこそ、言葉が足りず、申し訳ありませんでした。では、順を追って聞かせてもらえますか?」

「はい。あ、そういえば私名前をまだ言ってなかったわ。ごめんなさい。私、斉藤一美と申します。都内のスーパーでパートをしています。」


依頼者はポツリ、ポツリと自分の事を話出す。

まとめるとこのようになる。


斉藤一美 47歳

都内のアパートで家族3人で暮らしていた。

現在は夫と2人で暮らしている。

夫は斉藤廉騨 49歳

サラリーマンをしている。

夫婦で共働きで夫の方は会社では課長の役についている。

そして、問題の娘

斉藤由美

享年 17歳

都内にある私立高校、綿貫私立高校に通う高校2年生だった。

明るく気さくな性格で、友達もいる。

話を聞く限り、普通の女子高校生だった。


「成績もそれなりに取っていたので、3年生になったら機械科学の専門に進むなんて話もしていたんです。その時のあの子の目はとてもキラキラしていました…。」

「なるほど。いい、娘さんだったんですね。」

「はい。一人娘だったので、少し甘やかしすぎなところもあったのかもしれませんが…。それでもまっすぐに育ってくれました。」


思い出を話す一美の表情はどこか虚ろだ。


「では、亡くなった時の様子を教えていただけますか。他殺という事で間違いないですか?」


本題の話をすると一美の身体に力が入る。

震える声で、でもしっかりと聞き取れる声で話した。


「いえ、娘は…自殺をしたんです。」




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