「全く…今度は誰につけられたんだ。」
こちらも涼音に聞こえないように言葉を吐き出す
涼音の肩に置いた手を見ると、赤黒く変色し、黒い靄が覆っていた。
霧は智也の手に巻き付くように纏い、締めつけていた。
とは言っても、霧は手のみに巻き付いており、手首からは這い上がってこない。
「そんなに強すぎるものじゃなくて良かったな。」
息を吐いたと同時に、手を握りこむ。
その瞬間「プギャ」と言う小さな音が聞こえた。
少しの間握っていると、手の色は元通りになり、黒い靄も消えていた。
「一応、どこから来たのかを調べる必要があるな…。」
智也はこの黒い霧に見覚えがあった。
経験上、大した事ではないことが多いが、続くと
智也の手で抑えられる内は迅速に対処するのが何よりも重要なのだ。
あまり気は乗らないが、霧の原因を探るため目の前にある鏡をじっと見つめ始めた。
すると、左目が青く光り、鏡の中に青いオーラが出始める。
それはオーロラのように揺らめき、智也の顔の周りを踊るように回っている。
「こいつはどこから来た?」
智也が問いかけると、鏡に映る智也がゆがみ始める。
まるで水面を見ているかのように
ゆらゆらと波打ち、
やがて、1つの家が映し出されていった。
青い屋根が見える一軒家が見えてくる。
周囲には畑などが多いことから。少し郊外から外れた位置に建っていることが見えた。
智也はより詳しい場所へ潜るために更に意識を集中させる。
すると、次に誰かの個室らしき部屋がぼんやりと映りだした。
昼間だというのに部屋は薄暗く、靄がかかっていた。
意識を靄の隙間に向けていく、すると周囲が晴れていき、姿もはっきりしてきた。
その部屋は、カーテンで光が遮られていたのだ。
カーテンの反対側に机と椅子とがあり、その椅子に座ってる人物が見えてくる。
「こいつが原因か…?」
智也は人物に意識を集中させる。
すると、その人物が椅子の上で布団をかぶり、小刻みに震えてるのが見えた。
「もっとよれるか…?」
顔の方に意識を向けると、
その人物の顔が明らかになる。
顔は青ざめており、大量に汗をかいていた。
目を見ると、赤黒く濁っている。
口を見ると、何かを話しているが
今の力では動きがはっきり見えるだけであった。
そして、体の方を見てみると、首元に赤黒い痣がある事が見えた。
痣をよく見た時、智也の頭に激しい頭痛が起きる。
頭の中に、膨大な憎悪と怒りの情報が入って来たのだ。
その痛みを持って一つ確信する。
「呪い返し…。こいつは手遅れだ。」
人物の顔を見ると男性のようだ。
正直な感想、あまり人から好印象を受けるような容姿ではない。
体の表面積は一般よりも大きく、指も付け根からかなり丸々としている。
何より、纏っている揺らめきに一切の光が見られない。
それどころかおどろおどろしい赤黒い靄が体の半分を埋め尽くしている。
霧は先ほど智也の手に巻き付いていたものと全く同じであった。
「…どうやら、こいつが元凶という事で間違いなさそうだな。」
1か月前、涼音から「相談がある」と焦った様子で連絡があった。
会社から帰る時に、不気味な視線を感じるというものだった。
「今大事な時期だから、邪魔されたくないんだよね…、一番は、きもいからなんだけど…。」
「毎度毎度厄介に良く引っかかるなお前は。」
「まあ、私だし?仕方がないのもわかるんだけど。」
「ストーカー調査ってとこだな。依頼にするぞ。」
「そうして。はぁ~助かる。近くに探偵がいるのは便利ね。」
依頼後、涼音の身辺調査を含め、会社付近に張り込みを行ってみたが、
これといって、怪しい人物は見つからない。
自宅前に待機でもしているのかと一晩中見張りをしたこともあったが、空振り。
しまいには、この付近で起きた事故や事件関連で関係がありそうなものを調べてみたが、そこにも該当しなかった。
だが、涼音の表情は日に日に曇っていく。
調査を始めてから1週間後、再び涼音から連絡があり、
家の中でも何かに見られてる感じがあるというのだ。
「ちょっと、家でも、落ち着かなくて…。寝れないんだよね…。」
これは、
俺は明確な確信を持った。
というのも、涼音から見える空気の流れがずっと
誰かに邪魔をされているように空気や揺らめきは涼音から離そうとしている。
「すまねぇ。俺の判断ミスだ。」
「いや、智也のせいじゃないよ。」
「調べる範囲を広げる。お前の過去の交友関係も聞くがいいな。」
「うえ、まー…そうなるかー…。わかった」
「サンキュ。ああ、後、これ。部屋に置いとけ。」
手のひらサイズの狐のぬいぐるみを涼音に渡す。
茶色と白で作った笑顔の可愛らしいぬいぐるみだ。
「これ…、何?」
「ちょっとしたお守りだ。可愛いものは心身のリラックスを促すだろ?後、狐は神としても祀られてる。」
「あははっ、智也から渡されるの…なんか新鮮。ありがとうもらっとくね。」
渡した翌日から、不気味な視線を感じなくなったと連絡があった。
「やっぱり、念とか霊の類か…。」
涼音に渡した狐の中にはお札とお守りを入れていた。
もしもの可能性があったため、特別に智也が世話になっている神社に、制作の依頼をしたのだ。
智也の頼みだったため、事情を話すとすぐに作ってくれた。
この神社の神主は智也の事情を理解している数少ない人物なのだ。
大事になる前に
ところが、
涼音の心身は回復させることが出来たが、原因はつかめていなかった。
と、言うのもぬいぐるみを渡してから、空気のよどみや気配が消えていたからだ。
気配が無い以上それ以上後を追う事はできない。
一度調査を中断し、様子を伺っていたところで、
今度は涼音本人に、直接
「この様子じゃ、持って2週間とかだな。そのうちに身体も腐食し始めるだろう。」
ふっと、左目から青色が薄くなる。
その瞬間に、強烈なめまいが智也に降りかかる。
生まれ持った力ではあるが、完全なコントロールはできていない。
幼いころは力を使った後、2,3日寝込んでしまうほどだった。
「っ…。ふぅ。これは一件落着でいいだろう…。」
コップを取り出し、水を一杯飲む。
涼音に結果を伝えようと、元の部屋の場所に戻ろうとすると、
何やら話声が聞こえてきた。
「…?」
涼音のいる部屋に戻ると、
涼音と、40代くらいであろう女性が話しているのが見えた。
よく見ると、涼音が女性に手を貸しており、女性は一人で立つのが困難な様子が伺えた。
「大丈夫ですか…?かなり顔色が悪いようですが…。」
「もう、どうしようも無くて…。どこにも相談できないんです。お願いしたいです。」
40代の女性の顔は青ざめており、目の隈もひどい。
体もやせ細っており、支えが無いと倒れそうだ。
ただ事じゃない。
智也は女性の目を見た瞬間に分かった。
女性の頭の周りに薄い靄が見える。
かなり心身ともに消費している時に見えるものだ。
「大丈夫ですか?」
直ぐに駆け寄り、手を差し伸べる。
掴まれた手を見てぎょっとした。
指はあまりにも細く、かさついており、
掌だけでなく、手の甲まで潤いが一切なかったのだ。
「ああ、すみません。上手く歩けなくて…。」
ソファーの方へ案内するが、
1歩踏み出すまで、10秒ほどかかる。
2分くらいかけてようやくソファーの方に座る事が出来た。
「すみません…。身体に力が入らなくて…。」
「お気になさらず。寛いでください。」
女性の前に智也が座わる。
近くで見ると、女性の目の焦点が合わない。
座っていても、ゆらゆらと揺れており、ソファーの取っ手に腕を乗せて姿勢を保たせている。
「…私、お茶入れてくるね。」
「ああ。それとタオルも頼む。」
「了解。」
智也はもう一度女性の方に向き直し、
姿勢を整えた。
「改めまして、椎名探偵事務所の椎名智也と申します。この度はご足労いただきありがとうございます。」
智也がお辞儀をすると、女性もお辞儀をする。
その動作だけでも大変そうだ。
「本日は、どのようなご用件でしょうか。」
智也が尋ねると、先ほどまで焦点が合わなかった目が、
智也の方を向いた。
そして、女性は衝撃的な言葉を発したのだ。
「呪いで殺された娘の、復讐をしたいんです。」