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第5話 愛しい恋人が腐る前にやるべきこと

 大谷美羽は絶命した北条一馬の亡骸を抱きしめながら泣き叫んでいた。

 一方の親友である田中理沙の亡骸には見向きもしていなかった。


「何が起こったんだ⁉」


 相沢勉は顔を蒼白させながら狼狽えるばかりだった。


「そりゃ、ルールを破ったからペナルティを食らったんだろう?」


 オレは当然の結果を口にする。


「だって! そんなのおかしいだろう⁉」


「何が?」


「つがいなら、田中じゃなくって、大谷が死ぬはずだ⁉」


 相沢勉がそう叫ぶと、大谷美羽はそれに反応し泣き叫ぶのを止めた。


「そうよ……どうしてあたしじゃなくって理沙が死んでるの? ねえ、ねえ、どうしてよ、理沙。どうしてあんたが一馬君と一緒に死んでるのよ⁉」


 大谷美羽は北条一馬の亡骸を手放すと、その横に倒れている田中理沙の亡骸の髪の毛を掴み上げた。


「ねえ、答えてよ、理沙⁉ どうしてお前みたいなブスが一馬君のつがいとして死んでるのよ⁉ ねえ、ねえってば⁉」


 何も答えない親友に業を煮やした大谷美羽は、その亡骸を床に叩きつけた。そして持っていた杖で田中理沙の頭を殴り始めた。


「死んでないで答えろってんだよ⁉ お前、まさかあたしの一馬君と浮気していたんじゃねえだろうな⁉」


 それはただ錯乱しているだけなのか、それとも素なのか。大谷美羽は感情を露わに親友の亡骸を杖で顔を叩き続けた。皮が剥がれ肉が裂け、次第に原形をとどめないほど田中理沙の顔は壊れて行った。


「大谷、止めないか⁉」


 相沢勉が慌てて止めに入る。力自慢の相沢勉でさえ、発狂した大谷美羽を完全に押さえ込むことは出来なかった。


「放せ! 放せってんだろ、この筋肉ゴリラ野郎!」


 これは間違いなく大谷美羽という天然ドジっ子属性ヒロインの本性なのだろうな。普段から思っていることが続々口に出てしまっているといった感じか。そもそも天然ドジっ子というキャラ自体が作り上げられたファンタジーなのだ。オレは自分のことを天然と呼んでいるリアルの女子にまともな奴を見たことがない。それは暗に自分は性格最悪ですよ、と公言しているようなものだとオレは思っていた。

 だから、大谷美羽というクラスのヒロインがこのような本性を露わにしても一切驚かなかった。

 オレはいっそのこと、大谷美羽に真実を教えてやろうかと思ったが、こちらに飛び火しても嫌なので口を閉ざすことに決めた。

 しかし、まさか主人公がここでリタイヤするとは嬉しい誤算だった。ついでに田中理沙が惨死してくれたのも爽快感極まりなかった。

 大谷美羽のことは相沢に任せて、オレは体育館の中を探索しておこう。

 まるで獣のような大谷美羽の咆哮を聞きながら、オレは体育館の中央に向かって一歩足を踏み出した。

 すると、突然、再び例の感覚が襲い掛かって来た。目の前の空間が歪み、一瞬だけ眩暈を覚えた。

 気付くと、いつの間にか体育館の中央には白衣を身に纏った30代半ばくらいの女性が佇んでいた。

 眼鏡をかけ、ボサボサの長い髪を後ろで束ねている。気怠そうな表情を浮かべながら、煙草をくわえてこちらを見つめていた。

 オレはその人物に見覚えがあった。


「養護教諭の竹柴先生ですか?」


 そこにいたのは間違いなく保健室の先生だった。


「皮だけはな。中身は違う」


 竹柴先生はそう言ってニタリ、とほくそ笑んだ。

 彼女から不気味な気配を感じ、オレは一歩後退る。


「身構えるな。オレは生徒に危害を加えるつもりはない。むしろその逆。手助けしてやろうと思っているのだぞ?」


 異様な空気を察してか、後ろから響いていた大谷美羽の叫びは止まった。恐らく、二人ともこの状況に気付いたのだろう。

 オレは二人に構わず話を続けた。


「質問いいか? 本物の竹柴先生は何処に行った?」


「皮だけいただいて魂は食った。他に質問は?」


 目の前の女はあっさりと答えた。

 言っている内容は理解は出来ないが納得はした。間違いなく、こいつはオレ達の知る養護教諭の竹柴先生ではなかった。


「お前のことは何て呼んだらいい?」


「竹柴先生ではいかんか? なら、そうだのう……『あくま』と呼ぶがいい」


「悪魔? それがお前の本名なのか?」


「悪魔が真名を他人に教えるわけがなかろう。それと、悪魔じゃなく『あくま』と呼べ。でないと、禍を引き寄せることになるぞ」


 どちらも同じだと思ったが、ここは大人しく従うことにした。


「了解だ、あくま。お前はここで何をしているんだ?」


「さっきも言った通り、生徒の手助けをしているのだ」


 あくまはそう言うと、パチンと指を鳴らした。

 すると、足元に魔法陣が現れ、紫色の光を発した。同時に立っていられない程の突風が襲い掛かり、オレは思わず後ろに倒れてしまった。

 立ち上がると、目の前には異様な光景が広がっていた。

 体育館は教会のような姿に豹変し、あくまの後ろには逆十字架が佇んでいる。悪魔の目の前には棺が置かれていた。


「この棺の中に死体か、それに準ずる物を入れろ。そうすれば力を授けてやる。あと、用具入れだった部屋は死体置き場にしておいた。生き返らせたい奴がいるなら腐らせないようにそこに運んでおくといい」


「一馬君を生き返らせることが出来るの⁉」


 後ろから耳をつんざく大谷美羽の声が轟いた。


「あくまは人は騙すけれども嘘はつかない。ただし、代償は必要だ」


 あくまはそう言って、棺桶に指をさした。


「生きた人間か、それに相当する生贄を5人分捧げろ。そうすれば一人だけ生き返らせてやろう」


 これは衝撃的な情報だった。だが、オレにとっては無用の情報でもあった。

 生き返らせたい人間など、オレには一人もいない。むしろオレ以外の人間はくたばって欲しいと思っているくらいだ。

 しかし、恋人を失った大谷美羽にとって、これほど貴重な情報は無いだろう。今の彼女なら、それこそ悪魔に魂を売ってでも恋人の北条一馬を生き返らせたいはずだ。

 だが、生きた人間を生贄に捧げるとなるとそれは不可能ではないだろうか? 死体であれば、ちょうど二つそこに転がっている。

 あくまの話が本当なら、オレ達は死者を蘇生するより、自分達のレベルを上げるべきなのだが、そんなことを言おうものなら、オレは彼女に八つ裂きにされるかもしれなかった。


「生きた人間を5人捧げる、生きた人間を5人捧げる……」


 振り返ると、大谷美羽は床にうずくまりながら繰り返し同じ言葉を呟いていた。それはまるで呪詛のような禍々しさを感じた。実際、オレは彼女の全身から瘴気のようなものが立ち上っている幻を垣間見た。

 まあ、大谷美羽は回復術師だから、不意さえつかれなければオレ達をどうこうする力は無いはずだ。これが魔導士の田中理沙や戦士の北条一馬だったら大変なことになっていただろう。オレみたいな嫌われ者は真っ先に殺されていたに違いない。

 オレは再びあくまに振り返って話を続けた。


「死体を捧げたらオレ達には何をくれるんだ?」


「死体の数によってお前さん方の武器や防具をレベルアップさせてやる。死体を5つも捧げればグレードアップしてやるぞ」


 それは魅力的な話だ。人間の死体じゃないといけないんだろうか? モンスターのでよければ、先程倒したゴブリンの死体が3体ほど転がっているはずだ。


「それは人間限定?」


「いいや、モンスターでもいいぞ?」


 その時、あくまは口の両端を吊り上げ、歪な笑みを浮かべた。それこそまさしく文字通り悪魔の笑みだったに違いない。


「よし、相沢。今から戻ってゴブリンの死体を持ってこよう」


「な、何でだよ⁉」


 相沢勉はあからさまに怯えた表情で拒絶の態度を露わにする。


「聞いていただろう? ゴブリンの死体を捧げれば武器をレベルアップしてくれるんだ。強くなればそれだけ生存率も上がる。生きて帰りたかったら協力してくれ」


 と、その時だった。オレは不意に女神エレウスの言葉を思い出した。


「あー、あー、そうか、そういうことか」


 オレは確信めいたものを閃かせると、目を輝かせながらあくまに話しかけた。


「必ずしも死体じゃなくてもいいのか?」


 すると、あくまはオレの意図することに気付いてか、にたりとほくそ笑む。


「ああ、準ずる物であれば構わないぜ? 生首や心臓……もしくは……」


 オレはあくまが全てを言い終わる前にボウガンを相沢勉に向け、容赦なく引き金を引いた。

 ボウガンから放たれた矢は相沢勉の右膝に命中する。


「ぎゃあ⁉ 菅野、何をしやがる⁉」


 相沢勉は激痛に顔を歪めながら床に倒れる。


「ねえ、大谷美羽さん。一つ取り引きしないか?」


 オレの声に反応した大谷美羽はゆっくりと顔を上げる。その顔が酷くやつれていた。


「北条一馬を生き返らせる代わりにオレと手を組んでくれないか? 回復術師は貴重だからね。君さえ協力してくれるなら、オレは全力で君の願いが叶う様にサポートする」


 すると、大谷美羽はやつれた相貌に喜色を加えると、生き生きした眼差しでオレを見た。


「本当⁉ でも、どうやって?」


「幸い生贄はここに一人いるから、後は教室に戻って適当な奴らをここまで連れて来よう。そうしたら、生贄もちょうど5人になるだろう?」


 オレがそう言うと、大谷美羽は床に倒れている相沢勉を見て、引きつった笑みを浮かべた。


「本当だ……! 菅野君、分かった。私、貴方と手を組むわ⁉」


「ちょっと待て⁉ 冗談は止めろ!」


 狂気に満ちた大谷美羽の笑みを見て、床に倒れている相沢勉は恐怖に凍てついた。

 相沢勉は大谷美羽から離れようと床を這いずり始めた。

 しかし、少し動いたところで、相沢勉は突然、身体を痙攣し始めた。


「な、なんだ、これ⁉ 身体が痺れる……⁉」


「一つ言い忘れていたことがある。オレは矢に麻痺毒を付与するスキルを持っているんだ」


「なんだと⁉」


「レベルも低くてそう何度も使えないけれども、さっきの戦闘で使わなくて良かったよ」


 オレはそう言うと、痺れて動けなくなった相沢勉の後ろ首を掴み上げる。だが、装備の重さと元々の巨体のせいで身体を動かすことは出来なかった。

 恐らく、相沢も色々なスキルを所持していたに違いない。タンカーなのだから、オレの弓矢の攻撃くらい弾き返すことも可能だったはず。情報収集を怠った者の末路がこれなのだろうと、オレは思わず鼻で笑ってしまった。


「重てえな⁉ 本当に筋肉ゴリラなのな?」


 ここまでは予想通り。動かせなくても何の問題も無い。


「菅野君、私、手伝うよ⁉」


 健やかな笑みを浮かべながら、大谷美羽は相沢勉の足を掴んだ。


「いや、大丈夫。多分、これを奪えば大丈夫なはずだから」


 オレはそう言いながら、相沢勉のズボンポケットをまさぐった。

 すると、お目当ての物をすぐに発見して取り上げた。

 それは相沢勉のスマホだった。


「なあ、あくま。スマホでもいいんだよな?」


「ああ、ええよ。壊れていなければ大丈夫だからな」


 それを見て、相沢勉の顔がぎょっと強張る。


「止めろ、止めてくれ!」


 女神エレウスはあの時、確かに言った。


『スマホを破壊されれば所有者の命も同様に破壊されます』


 これはつまり、スマホとオレ達の命は連動しているということだ。今やスマホはただの便利な携帯端末ではなく、命そのもの。自分自身の魂同然というわけだ。

 まあ、それはこのいかれた世界だけではなく、現実世界でも同じなんだけれどもな。


「あくま、生贄に捧げるのはまとめてじゃないとダメか?」


「いいや、分割でも大丈夫。ちゃんと覚えているから安心しな」


「それは良かった。そんじゃ、これは捧げておくよ」


 そう言って、オレはあくまに相沢勉のスマホを捧げた。

 悪魔がスマホを受け取った瞬間、相沢勉は苦悶の表情を浮かべて動かなくなった。確認するまでもなく彼は絶命していた。

 オレはチラッと北条一馬の横に転がる田中理沙の亡骸を見る。


「大谷さん、田中理沙の死体はどうする? 良ければあくまに捧げて武器レベルを上げておきたいんだけれども」


「もちろんいいよ?」


 大谷美羽は嬉しそうに微笑みながらそう言った。


「親友は生き返らせなくてもいいの?」


「親友? 誰が?」


 それが答えだった。

 オレは顔の判別が不可能になった田中理沙の身体をまさぐると、電源が落ちたスマホを取り上げる。


「あくま、これも捧げる」


 そう言って、オレは田中理沙のスマホをあくまに手渡した。


「あいよ! 特別に一ついいことを教えてやる。もしもモンスターを倒したら死骸をまさぐってみな。面白い物が見つかるぜ」


「それはなんだ?」


「スマホだよ。その意味をよくよく考えてみるといい。きっと面白くなるぜ?」


 モンスターがスマホを持っているだって?


 それはつまり……。


 次の瞬間、オレはあくまが言わんとしていたことを理解した。


 だからあの時、ゴブリンは人間みたいに命乞いをしていたのか。

 オレ達の手はとっくに真っ赤に染まっていたのだ。それに気づいたからといって、何が変わるわけでもない。やることは一つだ。


「色々と情報をくれてありがとう、あくま」


 オレは大谷美羽に振り返ると言った。


「さあ、次の生贄を連れて来よう。愛しい恋人が腐る前にね」


 大谷美羽は破顔すると、「これからよろしくね、菅野君」と呟くのだった。

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