目次
ブックマーク
応援する
2
コメント
シェア
通報
第4話 つがいの定義

 北条一馬の一声で、パーティーは先程オレが提案した陣形を組んだ。

 戦士の北条一馬と騎士の相沢勉は前衛。

 その後ろに弓士のオレが中衛に。

 後衛には回復術師の大谷美羽と魔導士の田中理沙が。


「菅野! どうしたらいいか教えてくれ! 前衛は何をすればいいんだ⁉」


 北条一馬は少し震えた声でオレにそう言った。


「アタッカーの北条はとにかく攻撃をしかけろ! タンカーの相沢はその盾で敵の攻撃を防いで北条を守れ! オレはここから矢を撃つ。ともかく動け!」


 戦闘は任せるって言ったのに、北条の奴、初の実戦で相当緊張しているみたいだ。よく見ると、北条の足が小刻みに震えている。後ろから見ても顔が恐怖に引きつっているのが分かる。

 だが、妙なことが起きていた。目の前に現れたゴブリンの集団。数は先程仕留めたものを含めて6匹。ゴブリン達はオレ達を見て驚いている様子だった。いや、明らかに怯えの色が見て取れた。足は震え、大きく裂けた口は笑っているのではなく驚きに固まっているように見えた。

 何が起きたのか分からなかったが、これはチャンスだ。


「北条! 相沢! チャンスだ! 何故か知らんが敵は勝手に恐慌状態に陥っている。今なら狩り放題だぞ!」


 しかし、北条は少し混乱しているのか、強張った顔でオレに振り返るだけだった。

 実戦がそんなにも怖いのか? オレには全く理解出来ん。むしろ、街中でヤンキーどもにカツアゲされる時の方が怖いとオレは思った。

 何故なら、現実世界ではボウガンみたいな殺傷力の強い武器は無く、常に徒手空拳の状態だったからだ。少なくとも、今は脅威に抗う術はあるのに何を怯える必要があるのだろうか?


「二人とも、伏せろ!」


 オレの声に反応し、北条と相沢はとっさに身を屈めた。

 二人が射線上から居なくなるのを確認するのと同時に、オレは迫り来る一匹のゴブリンに対し、ボウガンの引き金を引いた。矢が空を切る音が鳴り、矢が肉に突き刺さる音が響いて来る。

 ゴブリンは小剣を掲げながら、そのまま垂直に地面に倒れた。大きく裂けた口から多量の血が吐き出される。どうやら心臓に命中したらしいい。

 見ると、残りのゴブリン達は仲間を失ったことで崩壊寸前状態に陥っていた。パニック状態に陥り、各々武器を地面に捨てて逃走を始めた。

 しかし、一匹だけは恐怖のあまり、地面に座り込んでいた。

 オレはボウガンに矢を装填すると、いつでも矢を発射できるように引き金に指を置きながら恐怖にうずくまるゴブリンに近づいて行く。


「北条! 相沢! こいつはお前達で始末しろ。田中の魔法で焼き殺してもいいぞ?」


 オレの言葉に、北条たちは顔を引きつらせた。


「豚ゴブリン、あんた、何を言っているの⁉ もう勝負はついているのに殺すことはないでしょ⁉」


 田中理沙は顔を蒼白させながらオレに怒声を張り上げて来る。

 オレはただジロッと田中理恵を見る。彼女は小さな悲鳴を洩らすと、数歩後退った。


「あの、菅野君。殺すのは止めない? そのゴブリンちゃん、怯えていて抵抗するとは思えないよ。だから、逃がしてあげられないかな?」


 大谷美羽は顔を蒼白させながら、お願いします! とオレに頭を下げて来る。


「そうだぞ、菅野。戦う意思の無い相手を殺すのは人道的じゃない。ここは逃がしてやるべきだ」


 相沢も二人に同調するようにオレをそう諫めて来る。

 どさくさに紛れて、田中理沙が「クソ野蛮豚野郎」と言っていたのはスルーした。いちいち付き合っていたらきりが無いと思ったからだ。

 しかし、まさか殺し合いの場所で人道を説かれるとは思いもしなかった。込み上げる笑いを堪えるので必死になった。


「いいや、三人とも、それは違うぞ?」


 突然、それまで沈黙を貫いていた北条一馬が意を決したかのように口を開いた。


「ここは現実世界なんかじゃない。殺さないと生き残ることは出来ない戦場なんだ。ここで殺し方を覚えておかないと、間違いなくオレ達は次の戦いで殺されるだろう」


 正確にはお前達が、だがな。オレは口には出さず心の裡で呟いた。


 北条一馬はそう言って剣を抜く。


「すまない。お前の死は無駄にはしないから、安らかに眠ってくれ……」


 すると、相沢勉も剣を抜き、北条一馬の横に並ぶ。


「お前だけに手を汚させはしないぞ」


 おいおい、オレはとっくに2匹もぶっ殺しているんですけれども? やっぱりオレはこいつらを仲間とは認識出来そうになかった。


「ありがとう、相沢。それじゃ、同時にやるぞ。なるべく苦しまないように頭を狙おう」


「了解した」


 そう言って二人は剣を上段に身構えた。

 殺意を感じたゴブリンは、突然、地面に這いつくばるように両手を合わせた。その姿は、まるで命乞いするかのようであった。いや、間違いなく命乞いしているんだろう。大きな目からは涙が零れ落ち、裂けた口からは何かを必死に叫んでいる。言語は理解出来なかったが、間違いなく「助けて、死にたくない!」と叫んでいるに違いなかった。


「すまない……!」


 北条一馬はそう呟くと、微塵も躊躇せず剣を振り下ろした。

 骨が砕け散る音が響き渡る。

 最初の一撃で殺しきれなかったのか、ゴブリンの悲鳴が木霊する。

 それからも、しばらく骨と肉を砕く音が続いた。結局、哀れなゴブリンが絶命したのは、30斬撃目くらいの時だった。

 殺されるにしても、こんな下手くそ共に殺されたくないとオレは思った。

 北条一馬と相沢勉は息を荒らげさせながら、顔に飛び散った血と肉片を手で拭き取る。

 背後では二人が嘔吐する音が聞こえて来るので、あえてそちらには振り返らなかった。

 その時、オレは違和感を覚えた。一瞬、目の前の風景が歪んだような気がした。


「皆、体育館に急ごう」


 オレはボウガンを肩にかけるとそう言った。


「でも、廊下はどちらも無限に続いていて、下手に動くと迷う危険があるぞ?」


 不安げな表情で北条一馬が言う。


「何だか知らんが、あれを見てみろ」


 オレはそこに現れた立て看板に指をさした。

 そこには、いつの間にか立て看板が床に突き刺さっていた。


『体育館はこちら→試しの門有り』


「何だ、これ? さっきまでは無かったはずだぞ⁉」


「ともかく他に手掛かりがない以上、行ってみようぜ?」


「ちょっと! だから何で豚ゴブリン野郎が仕切ってるのよ⁉」


 背後から田中理沙の耳障りな声がオレに攻撃を仕掛けてくる。


「あー、北条君? オレは行ってみた方がいいと思うんだけれども、君の考えはどうだい?」


「オレも菅野の意見に賛成だ。皆、ここにいても何も始まらない。とにかく行ってみよう!」


 北条一馬の鶴の一声で、パーティーの方針は決定された。

 オレ以外の奴らはこのクエストで全滅すればいいのに、と思いながら、オレは先に進んだ。


 相変わらず廊下は無限回廊だった。進めど風景に変化はなく、気がおかしくなりそうだった。

 5分ほど歩いた時、再び目の前の空間が歪むような錯覚を感じた。

 一瞬だけ目の前が光ったかと思うと、オレ達はいつの間にか不気味な鉄門の前に佇んでいた。


「どうやら正解ルートを辿って来たみたいだな?」


「ねえ、一馬君! あれを見て!」


 突然、大谷美羽が鉄門の横の方角を指さししながら嬉しそうに言った。


「あそこの立て看板に『こちら玄関』って書いてあるよ⁉ もしかしたら、あそこから外で出れるんじゃないかな?」


「こんなクソったれな場所から出られるの⁉」


 そう言って、大谷美羽と田中理沙は喜びに抱き合った。


「いいや、それは止めておいた方がいいんじゃないかな?」


 オレは恐る恐る声を上げた。

 案の定、空気を読めよ、と言わんばかりに田中理沙が怒りに引きつった表情でオレを睨みつけて来る。


「菅野、理由を聞いてもいいか?」


「こういう場合、ゲームだと道筋から離れたら隠しアイテムとかがあったり、後々の隠しイベントのフラグになるんだけれども、今はそれは止めておいた方がいいと思うんだ」


「それは何故だ?」


「そんなの簡単。命がかかっているからだ。今は可能な限りシナリオ通りに動いて、余計な危険を呼び込まないようにするのが得策だと思う」


 よく考えれば、体育館からでも外に出られるとすぐに分かるはずだ。そんなことも分からない愚図共の為に、オレが危険な目に合う理由はない。そんなに行きたければここでオレだけでもパーティーから離れようと思っていた。


「そうだな。まずは体育館に向かおう」


「ちょっと、北条ってば豚ゴブリンの言いうことを聞くつもりなの⁉」


「田中さん、少し落ち着いてくれ。外に出たい気持ちは分かるけれども、体育館からでも外に出ることは出来るだろう? まずは色々と試して、それがダメだったら帰りに玄関に行ってみて外に出られるか調べてみよう。皆もそれでいいか?」


 北条一馬の鶴の一声で、再び方針が決定された。ただ一人、田中理沙だけは不機嫌そうに口を尖らせていた。

 ここで一つ言っておく。不機嫌になっているのはオレの方だ。田中理沙はいちいち攻撃してくるし、北条にしてもはオレの考えを改めて口にしているだけじゃないか。それがただの手柄の横取りだと気づいていないんだろうか?


「しかし、北条。体育館に向かうのはいいが、この鉄門は開かないぞ?」


 相沢勉は閉ざされた鉄門を開こうとするが、教室のドアの様に力自慢の彼がどんなに力を入れようともそれは微動だにしなかった。


「皆、これを見てくれ。鉄門の横に何か書いてあるぞ?」


 鉄門の横にはプレートに文字が書かれていた。


『最も醜き者を捧げよ』


 オレはそれを読んだ瞬間、背中に視線を感じ後ろに振り返る。

 見ると、四人の視線がオレに突き刺さっていた。


「謎かけかな? まさか本当に誰かを生贄に捧げろって意味じゃないだろうし」


 北条一馬は笑顔を浮かべながら言う。相変わらずその視線はオレに向いたままだ。


「この中で一番醜い誰かさんが死ねば扉が開く仕組みなんじゃないの?」


 田中理沙は嘲るようにクスクスと笑いながら言う。

 真面目な話、このクソ女はオレに何か恨みでもあるのだろうか? もし過去にオレが何かしでかしたのなら謝罪してもいいが、心当たりが全くないのだ。このままではモンスターではなく、本当にこのクソ女を射殺しかねないと思った。

 オレはプレートの下の地面に何かのくぼみを発見する。


「もしかしたら……」


 本当に言葉通りに殺されて生贄に捧げられてはたまったものじゃないので、オレは恐る恐るくぼみに乗ってみた。

 すると、鉄門が静かな音を立てて開いたのだ。

 蓋を開けば実に簡単な仕掛けだった。でも、最も醜い者とはどういう意味だったんだろうか? 外見のことを指しているようには思えないのだが。


「ふん、社会の汚物でもたまには役に立つのね」


 田中理沙の容赦ない言葉のナイフがオレの胸に突き刺さる。そろそろオレの苛立ちと殺意は限界を迎えつつあった。


「さあ、行こう」


 北条一馬の声に従う様に、オレ以外のメンバーは鉄門の向こうに歩いて行った。

 相変わらず北条一馬は田中理沙の暴言をスルーしていた。

 オレが一番むかつくのは暴言を吐く田中理沙なんかよりも、それを諫めようともせず、さっさと先に進んでいく主人公野郎なんだぞ⁉ と心の裡で怒声を張り上げた後、奴らにばれないように歯ぎしりしながら背中を睨みつけてやった。

 体育館に繋がる廊下は、まるで洞窟のようだった。壁は岩になっており、冷気を感じる。岩が発光しており視界はクリアで先程の廊下よりは明るかった。

 しばらく行くと、再び閉ざされた鉄門が現れた。先程と同じように、その横に文字が書かれたプレートがあった。


『友情は捨てよ』


 プレートには、ただ一言そう書かれていた。


「何だ、これ?」


 相沢勉はプレートを覗き込みながら呟いた。

 オレはそれを読み、瞬時に理解する。

 しかし、オレは気づいた事実を隠すことにした。これは実験を兼ねている。もし、オレの予想通りの事態に陥った時は、驚いたふりをしながら心の中で「ざまーみろ!!!」と叫んでやるつもりだ。


「また謎かけだろう。問題なさそうだから、先に進もう」


 北条一馬がそう言うと、彼の後ろに残りの三人が続いて行く。

 もしオレの予想が正しければ、北条が鉄門に触れた瞬間、パーティーは全滅するかもしれない。

 だが、オレの予想に反して鉄門は北条一馬が手を触れると、静かな音を立てて開いた。

 おや? オレの見当違いだったかな? オレの予想では、友人同士がその門を通ると、何かしらの罠が発動するのだと思っていたのだが。

 北条と相沢はともかく、名前呼びしている大谷美羽と田中理沙が通っても何もないってことは、仕掛け自体が存在していなかったのか?

 逆に友人がいないオレに反応するかも、と思いながらオレは恐る恐る鉄門をくぐった。しかし、見事なくらいに無反応だった。

 ただの引っかけか。少し安堵しつつも残念とも思ってしまった。

 そして、しばらく前に進むと、歓喜の声が響いて来る。


「やったぞ! 体育館の出入り口だ!」


 そこには、見慣れた体育館の出入り口ドアがあった。

 これでチュートリアルミッションの半分はクリアしたことになる。

 だが、どうやら試練はまだ終わっていないみたいだ。

 出入り口の上に、先程よりは二回りも大きなプレートが掲げられていたのだ。


『つがいの通行を禁じる』


「つがいの通行を禁じる? それってどういう意味だ?」


 相沢勉が首を傾げる。


「恋人同士は通っちゃダメってことじゃないのか?」


 北条一馬は頬をかきながら、困ったように大谷美羽と目を合わせた。

 大谷美羽は恥ずかしそうに「恥ずかしいからそんなに見ないで」と頬を染め、はわはわと恥ずかしそうに困った仕草を見せた。

 オレはそれを見て、それが天然による行動なら吐き気をもよおすし、計算してやっているなら本当にうざいと思ってしまった。


「大丈夫よ。さっきの門だって何ともなかったでしょ? だから今度も大丈夫だって」


「それもそうか。田中さんと美羽が通っても大丈夫だったんだ。今回もただの引っかけだな」


 そう言って、北条一馬は体育館のドアに手を触れる。ドアは音もなくスーッと開いた。


「ほら、大丈夫だっただろう? 美羽、行こう」


 北条一馬はそう言って、大谷美羽に手を差し出す。


「うん、行こう、一馬君」


 二人は手を取り合い、そのまま中に入っていく。

 その後に田中理沙と相沢勉が続き、最後にオレが体育館に入った。

 直後、視界が真っ赤に染まった。


「嫌あああああああああああああああああああ⁉ 一馬、理沙!」


 オレは目にかかった生温い液体を手で拭う。それは血だった。何が起こったのか理解できないまま、オレはその惨状を目の当たりにした。

 そこには、血だまりの中に倒れる北条一馬と田中理沙の姿があった。二人とも共通して胸に抉られたような大穴が開いていた。傷口から大量の血が溢れ出していた。確認するまでもなく、二人は絶命していた。これで生きていたら奇跡というよりは悪夢だろう。

 だが、オレは一瞬で全てを理解する。

 オレは惨殺死体となって横たわる二人を眺めながら、込み上げて来る笑いをおさえるのに必死になった。

 つまり、さっき『友情を捨てよ』の鉄門をくぐっても無反応だったのは、元々友情なんざ捨て去っていたってことなんだな?

 オレは先程、大谷美羽と田中理沙の友情がグチャグチャに壊れる様を見たいと思ったが、とっくにその願いは叶っていたってことだ。

 つがいとは恋人という意味ではなく、夫婦という意味だったのだろう。つまり、あの二人は出来ていた。そういうことだ。

 大谷美羽の泣き叫ぶ声が木霊する。それはオレにとって心地よい小鳥のさえずりのように聞こえるのだった。

コメント(0)
この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?