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第3話 初陣と罵倒

 渡辺哲平が肉塊にされた光景を目の当たりにしたクラスメイト達の精神は、驚くほど呆気なく限界を迎えた。

 錯乱状態に陥り、大半の生徒達が出入り口のドアに殺到する。

 しかし、彼等が力任せにドアを開こうとしても、それはまるで鉄塊のような重さを感じ微動だにしなかった。


「どうして開かないんだよ⁉」


 名前を思い出せない男子生徒、モブ野郎は微動だにしないドアを前に、恐怖に塗れた絶叫を張り上げた。


「オレに任せろ!」


 次に鉄壁のドアに挑んだのは柔道部で主将を務める相沢勉だ。学校で一番ガタイが良く力も強い。険しい顔立ちからは想像もつかないような平和主義者で、温厚温和な性格で知られている。主人公野郎同様クラスの人気者だが、その顔立ちの怖さから女子人気はあまりなかった。少なくともクソしかいないこの学校内では、最もマシなクソ野郎ではあった。

 もしかしたら、相沢ならあの鉄壁とも呼べる教室のドアを破壊することが出来るかもしれない。

 しかし、そんな淡い期待はすぐに鈍い音と共に打ち砕かれた。

 柔道部主将にして、この学校最強格の男の渾身の体当たりは、鈍い音を響かせ、ただ弾けれるだけの結果に終わった。


「無理だ、こんなん壊せるか!」


 悔し気な相沢の声を聞いて、周囲からは落胆と絶望の声が上がった。

 相沢の体当たりでドアを破壊出来ないなら、ハンマーやツルハシでも持ってこないと破壊することは出来ないだろう。

 オレの見立ててでは、あのドアは何かしらの呪いで条件をクリアしないと開かない仕組みだろう。そんな展開を何処かのデスゲーム系コミックで読んだことがある。ともかく今は自称女神様のお話を最後まで聞くべきだと思った。


「男ども情けないわよ⁉ 何とかなさいよ!」


 苛立ちに塗れた命令口調の女子生徒の声が響き渡る。彼女の名前は田中理沙。大谷美羽の親友だったはずだ。勝ち気で男勝りな性格。思ったことは周囲の空気も読まずズケズケ言ってくるような姉御タイプで、一言で女ボスといったポジションに位置する存在だった。 しかし、オレから言わせてみればただのがさつ女でしかない。オレの中で行っているクソ女ランキングでは、こいつは常に上位にランキングしているほどのクソ女だった。

 というか、後ろから騒ぐだけなら誰だって出来る。まずはお前が何とかしろよ、とオレは忌々し気に心の裡で吐き捨てた。


「皆様、どうか落ち着いてください。残念ながら、この教室から出られるのは選ばれた探索メンバーだけです」


 エレウスは落ち着いた口調で、皆をなだめるようにそう言った。


「皆! まずは落ち着こう。一旦冷静になって自分の席に戻ってくれ」


 エレウスに続いて北条一馬が皆にそう話しかける。そこでようやく皆は落ち着きを取り戻し、それぞれ自分の席に戻って行った。

 結局、クラスメイト共は北条一馬の言葉にしか従わないのだろう、とオレは改めて確信した。

 クラスメイト達が全員席につくと、北条一馬はエレウスに改めて問いかけた。


「女神エレウス様、オレがクラスを代表して今から幾つか質問させていただきたいのですが、よろしいでしょうか?」


「ええ、構いませんよ?」


 北条一馬の言葉に、エレウスは柔和な笑みで応えた。

 オレは、いつのまにお前がオレ達のリーダーになったんだよ⁉ と思ったが、口には出さず心の裡で吐き捨てた。流石は主人公様だぜ。自然の流れでリーダーの座を獲得しちまった。それが当然と言わんばかりの態度にオレは余計に腹立たしさを覚えた。


「まず一つ、ここは本当に異世界なのですか?」


「はい。先程も申し上げた通り、この学園は異世界に転移し、モンスターが跋扈する迷宮世界になっております」


「では二つ目、この異世界にオレ達を召喚したのが貴女なら、元の世界に戻すことも可能ではないのですか?」


 北条一馬の二つ目の質問を聞き、クラスメイト達は一斉にエレウスに向き直った。期待と不安に塗れた視線が彼女に注がれる。 


「残念ながら、魔王の力の影響で私は力の制限を受けている為、それは不可能なのです」


 周囲からは落胆の溜息が上がった。


「最後にもう一つ。この学校に安全な場所はありますか?」


「この教室だけは安全地帯になっており、モンスターも入ってくることは出来ません」


 その瞬間、ほんの少しだけクラスメイト達は安堵の息を洩らし、場の空気が若干和らいだような感じがした。

 だが、オレと、あと何人かのクラスメイト達は先程肉塊にされた渡辺哲平に視線を向けていた。

 モンスターが入ってこないという情報は貴重だが、安全地帯というには虚偽の事実が混ざっているようにしか思えなかった。


「よし、ならやることは一つだ。女神様のおっしゃる通り、まずは探索メンバーを決めよう」


 北条一馬がそう言うと、たちまちクラス内の空気は凍り付いた。


「あの、一馬君? そんな危ないことをしなくても、教室にいればその内警察が助けに来てくれるんじゃないかな?」


 北条一馬の隣にいた大谷美羽が恐る恐る口を開いた。


「確かに一理ある。でも、助けが来なかったらどうなる? 食料も水も無いこの状況で、ただ無為に時間を過ごすのは自殺行為だと思うんだ」


 オレもそれには同意だ。本当に学校が異世界に転移したというなら、ここにとどまって何もしないのは餓死するのを待つようなもの。それに、事実確認など情報収集は必須事項だ。


「外にはどんな危険が待ち構えているか分からない。だからオレは無理強いはしたくないから、探索メンバーは立候補で決めようと思う。まず、言い出しっぺのオレは探索メンバーに立候補だ」


 北条一馬はそう言って右手を上げた。


「な、なら私も行く!」


 慌てて大谷美羽も右手を上げた。


「ちょっと、美羽ったら正気なの⁉ あんたみたいな天然ドジっ子が行っても足手まといにしかならないわよ⁉」


 親友の田中理沙が慌てて大谷美羽の上げた手を掴み上げた。


「大丈夫! 私、さっきの夢でやったキャラメイキングで回復術師を選んだからきっと役に立てると思うの」


 ほう、大谷美羽は見かけ通りの職業を選んだってわけか。なら、男勝りな田中理沙は戦士、と見せかけて実は親友にも隠している乙女趣味から魔法少女に憧れて魔導士を選んだ、とか?


「仕方ないわね。なら私も行くわ。私は魔導士を選んだから、切り札的な存在になると思うわ。こうなったら一馬も美羽も私の魔法で守ってあげるから安心なさい」


 おや? どうやらオレの予想は的中したみたいだ。得てしてこういう男勝りな女は少女趣味であるパターンが多い。それと同時に腹に一物を抱えている場合も多いのだ。いつかこの二人の友情がグジャグジャに壊れる様を見届けてやりたいと思った。


「ありがとう、理沙ちゃん! だから大好きよ」


「こらこら、そんなにひっつくなっての!」


 子猫の様に甘えて来る大谷美羽に、田中美沙はまんざらでもなさそうに頬を緩めた。

 どうせ北条一馬は主人公らしくアタッカーの戦士を選んでいるだろうから、あとはタンカーだけだな。


「オレも立候補する」


 そう言って席から立ち上がったのは柔道部の相沢勉だ。


「相沢、ありがとう。頼りにさせてもらうぜ」


「こちらこそよろしくな、北条」


 クラス最強のツートップはそう言いながら笑顔でお互いの拳をこつんとぶつけ合った。

 全くもってその友情全開の行為は見るだけで虫唾が走ってしまった。

 だが、これでオレの決意も固まった。


「それじゃ、オレも立候補させてもらうよ」


 オレは立ち上がると、愛想笑いを浮かべながら右手を上げた。 

 すると、何故か騒然とした空気が張り詰めた。一斉にクラス中の視線がオレを突き刺した。オレを見るクラスメイト達の表情が驚きに強張っていた。そこまでオレが立候補するのが意外だったんだろうか?


「豚ゴブリン野郎が? どうして?」


 田中理沙は目を点にさせながら、さりげなくオレに向かって暴言を呟いた。

 覚えていろよ、雌ゴリラ。今の暴言は絶対に忘れないからな、とオレは聞こえなかったフリをしつつも、心の裡では憎悪の炎を燃え盛らせた。

 豚ゴブリンとはオレのあだ名だった。背が小さく、顔も不細工なことからゴブリン。そして小太りな体型と合わせて『豚ゴブリン』と呼ばれていたのだ。

 だが、オレはクラスで陰湿な苛めにあっているわけではなかった。北条一馬の存在が、そういう陰湿な行為をクラス内から排除する空気を作り出していた。陰口を叩かれることはあったが、今の田中美沙の様に面と向かって言われることはあまりない。だが、オレのスマホにはオレを侮辱した奴の名はいつか死ぬまでには全員に復讐するつもりでちゃんとリストアップしている。今ので田中理沙の復讐内容はより濃くなったのは確定だ。


「オレが夢の中で選んだのは弓士だ。中衛職の攻撃力もパーティーには必須だと思って」


「菅野、歓迎する。よく立候補してくれた」


 北条一馬は笑顔でオレにそう言った。何から何まで上から目線な奴だな、と思った。だが、オレは笑顔で返すが、心の裡では何度も忌々し気に舌打ちをしていた。

 オレの名前を呼ぶ時は、ちゃんと『君』か『さん』をつけろや、このクソ主人公野郎が。と思いつつ、オレは引きつった愛想笑いを浮かべた。

 パーティーに立候補した面子は、オレを含めて全員が教壇近くに集合した。

 当然の如く、北条一馬はそのままパーティーのリーダーに収まる勢いで、再び残りのメンバー集めに声を上げる。 


「さあ、これで5人だ。他にはいないか?」


 しかし、北条一馬の訴えに応える者はそれ以上現れなかった。


「困ったな。そうなると、くじ引きで決めるしか……」


 北条一馬が腕を組みながら唸っていると、エレウスが声をかけて来る。


「必ずしも6人である必要はございませんよ? 上限人数を超えなければ何人でもパーティー編成は可能です」


「なら、今回はこの面子で行くとしようか」


 集まったオレ達は、北条一馬の言葉に頷いた。

 それにはオレも同意する。腰抜けを無理矢理連れて行っても足手まといになるどころか、パーティーを崩壊させかねないからだ。少なくとも自分の意志で探索メンバーに志願した以上、恐怖に駆られて逃げ出すような輩はいないだろう。


「それではチュートリアルミッションを開始致します。今回のクエストは行って帰って来るだけの内容になります。詳細は皆様のスマホに送信しておきました」


 エレウスがそう言うと、探索メンバーのスマホに着信音が鳴り響く。


「それでは御武運を」


 次の瞬間、探索メンバーの足元に光り輝く魔法陣が現れた。

 すると、たちまちオレ達は眩い光に包まれ、意識が遠のいた。

 光が収まると、オレ達は教室の外で佇んでいた。周囲を見回す。そこはいつもの見慣れた学校の廊下だった。ただしその先に果てが見えなかった。禍々しい空気が漂う薄暗い廊下はただ延々と先の見えない無限回廊と化していたのだ。


「皆、気をつけろ。いつもの学校の廊下じゃない!」


 北条一馬の声に従う様に、オレ以外のメンバーは身構えるように周囲を警戒し始めた。

 そんなん見りゃ分かるっつーの、と心の裡で呟きながら、オレはスマホの画面を覗き込んだ。


『チュートリアルミッション 難易度 『子供のお使いレベル』

 体育館に到着した後、教室に帰還せよ

 制限時間 無し』


 スマホの画面を見つめながらオレは頭をかいた。

 やけに簡単な内容だ。チュートリアルだからこんなものか、と思いつつも何か嫌な予感が胸の奥底から沸きあがって来た。

 オレはチラッとパーティーメンバを見る。奴らは未だに少しだけ混乱状態に陥っているようで、周囲を警戒する以外の行動を起こそうとしなかった。

 やれやれ、先にやるべきことがあるだろうに、とオレは呆れ切ったように嘆息しながらスマホをいじった。

 すると、スマホの画面にステータスが表示され、様々な情報が現れた。

 オレは装備の項目をタップする。武器と防具一覧が表示され、ボウガンとダガー、そして軽鎧が表示される。

 何処かで見たような画面だと思いつつ、オレは手慣れた指さばきで全ての武器と防具を装備する。

 次の瞬間、オレの全身から淡いオレンジ色の光が溢れ出した。


「菅野、それはいったい……⁉」


 北条一馬が驚いた声を洩らすと、他のパーティーメンバー達が一斉にオレに振り返った。

 オレは奴らのことは無視しながら自分の身体に起きた現象を確認する。

 右手にはクロスボウ。腰にはダガーを差し、身体には軽鎧が装備されている。

 やっぱりオレの予想通りだ。装備などはスマホを仲介してのみ行うことが出来る仕様みたいだ。

 後でスキルの振り分けもしておいた方がいいだろう。だが、その前に他の愚図共を死なせない為にも一言アドバイスすることにした。


「皆も早く武器や防具を装備した方がいい。やり方は簡単だ。スマホで武器や防具を選んで装備の項目をタップするだけだ」


 オレの言葉を瞬時に理解したメンバー達は、慌てた様子でスマホを操作し始めた。


「そんなんあんたに言われなくたって分かってるわよ!」


 と、何故か田中理沙だけは毒を吐きながらスマホを操作する。

 そこは普通に黙ってやるか、教えてくれてありがとうじゃないのか? とこめかみが疼いてしまった。 

 すぐにメンバー全員はオレと同じように装備を完了させた。

 装備を見る限り、北条一馬はアタッカーの戦士で相沢勉はタンカーの騎士で間違いなさそうだった。他は申告通り大谷美羽は回復術師で田中美沙は魔導士。

 これで陣形は決まったようなものだ。


「一ついいか? 皆はダンジョンRPGとかのプレイ経験はあるか?」


 オレはメンバーの顔を見回しながら訊ねた。


「いいや、オレは無いが」


 北条一馬が答えると、他のメンバー達も首を横に振る。


「なら陣形に関してはオレの指示に従ってくれ。戦闘とかその他の指示は北条に任せるよ」


「豚ゴブリンの分際で一馬に命令するつもり⁉」


 おやおや、何処かの雌ゴリラがオレに噛みついてきやがったぞ?

 オレはクソ女は無視して北条一馬に説明を続ける。


「戦士はアタッカーで文字通り攻撃の要だ。騎士はタンカーでパーティーの防御の要。よって二人には前衛についてもらう。弓士は中衛職だからオレは二人の後ろにつき、回復術師は戦闘に参加せず後方で待機していてくれ。状況に応じて回復魔法をかけてくれれば十分だけれども、それは戦闘終了後でも大丈夫だから無理はしないように。魔導士はいざという時の切り札にしておきたいから、指示があるまでは回復術師と一緒に後方待機。一応、これがダンジョンRPGのセオリーだけれども、何か異議はあるか?」


「なるほど、それならそれぞれ役割をこなすことが出来そうだ。それで行こう、皆」


 北条一馬がそう言うと、大谷美羽と相沢勉の二人は笑顔で頷く。

 だが、何故か田中理沙だけは苛立った声を張り上げて来る。


「私は気に食わないわ!」


「理沙、何を言い出すの?」


「だって、こんなキモイ野郎の言いなりになるのは嫌よ⁉」


 うわお。この女は何を言っているのであろうか? オレは提案をしただけだし、それ以外の指示とかは北条一馬に任せると前置きしておいたはずなんだが。


「り……田中さん! いくらなんでもそれは菅野に失礼だぞ? 何をそんなに怒っているんだ?」


 すかさず北条一馬が間に入って田中理沙を諫めた。しかし、何故か田中理沙の興奮はおさまらず、その表情が憎々し気に歪み始めた。


「ふん。別に怒ってなんかいないわ。ただ虫唾が走るってのよ! いつも女子をいやらしい目で見ているような変態野郎の言うことなんか死んでも従いたくないってだけ! 本当、何でこんなキモイ野郎がパーティーメンバーにいるのよ! 気持ち悪いったらない! 可能なら私と美羽の前から消えてよ! っつうか、とっとと死ねよ、豚ゴブリン野郎が!」 


 おいおい、それは酷い誤解というものだし、それはこっちのセリフだと思った。オレは常日頃、このような難癖をつけられない為にも可能な限り女子を視界に入れないようにしているのだ。特に目の前で醜悪な顔で毒を吐いている田中理沙には注意していた。このクソ女を見かければどんな場合でもオレはルートを迂回したり何処かに隠れたりしてやり過ごして来た。

 断言しよう。オレはこの雌ゴリラを性的な目で見たことは一度も無い、と。

 流石のオレも今の暴言には激しい殺意を抱かずにはいられなかった。

 オレはボウガンを身構えると、理不尽極まりない毒を吐き続ける田中理沙という名の雌ゴリラに照準を定めた。


「な、何をするつもりよ、豚ゴブリン野郎!」


 ボウガンを向けられた田中理沙は、引きつった表情でオレを睨みつけて来た。


「何って、ゴブリン野郎を殺すだけだよ」


 オレは静かに田中理沙を睨みつけながらボウガンの引き金に指を置いた。


「止めるんだ、菅野!」


「嘘、冗談でしょう⁉ 止めて、誰か助けて!」


 それまで勝ち気だった田中理沙はたちまち顔を恐怖で引きつらせ命乞いの言葉を口にする。

 せめてそこは謝罪の言葉を口にすべきではないのか? と思いつつ、オレは北条一馬の制止を無視してボウガンの引き金を引いた。

 空を切る音が鳴った後、矢が肉に突き刺さる音が聞こえて来る。

 田中理沙は無傷だった。


「敵だ! 死にたくなければさっきオレが言った通りの陣形を組むんだ!」


 オレは次の矢をボウガンにセットしながら叫んだ。

 田中理沙の後方に蠢く複数の影があった。

 そこにいたのはRPGをプレイしたことのある者なら馴染みの顔だった。

 複数のゴブリンの一団がすぐ背後まで迫って来ていた。

 既に一匹のゴブリンはオレが放った矢が胸に突き刺さり、地面に倒れて痙攣していた。


「皆! 菅野の言う通りにするんだ!」


 結局、田中理沙を含めたメンバー全員は、北条一馬の一言で機敏に動き出すと、オレの提案した陣形を組むのだった。

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