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第38話 閑話 3 ~エリザとの『デート』(1)~

 ♪'O sole mio, 'O sole mio~ …… ♪


 朗々としたゴンドラ漕ぎの歌声が、揺らめく水面に跳ね返り、遠い青空に吸い込まれていく。

 川面を反射する光がエリザの赤いドレスの上で、ちらちらと踊るのが神秘的な感じすらして、キレイだ。


おーそ美尾みーお? 心霊スポットか?」


「バカおっしゃいな、ヴェリノ。これはイタリア語よ!」


「へえ…… 意味は?」


ググレカスでしてよ自分でお調べ


 ―― 土曜日。

 俺とエリザは、なんと、街をめぐる小運河で優雅に舟遊びなどいたしている。

 なんでこうなったか、といえば ―― 昨日の俺の 『デート』 発言を、エリザが意外と本気にしていたからだ。

 俺がログインしたとたん、エリザが目の前に、胸をばいーんと反らして待ち構えていたってわけ。


「あなたごときが、あたくしにお礼だなんて…… ずずず、が高くってよ!」


「うわ! エリザ…… 覚えていてくれたんだ!? で、待っててくれたんだよね!? 感動したっ」


「うううっ、べべべ別にぃ!? あなたとデートなんて、ちっともしたくなかったけれども! たまたまたよ、たまたま!」


「やっぱり、覚えてくれてんじゃん、デート!」


「ううううう、うるさいわねっ! もう、手をお放しっ!」


 俺は嬉しくなって、思わずエリザの手を握りしめる…… その手から扇がすべり落ちて、エリザはちょっだけこわれた。


 とまあ、こんなわけで ――

 俺たちは、手頃な乗り合い用ゴンドラで舟遊びデートをしているところだ (ここでやっと冒頭につながる)

 俺とエリザは乗り合いゴンドラのベンチに隣あって座り、足元には俺たちのガイド犬のチロルとアルフレッドが、おとなしくうずくまっている。もふもふが気持ちいいな。


 ―― 本当は最初、観光用の周遊ゴンドラに乗る予定だった。けど…… なんと、1人4,000マルもした。

 俺ではとうてい、支払えない……!

 俺が困っていると、エリザ様はこう、のたまったのだ。


「ふっ…… あたくし、たまには庶民の気分も味わってみたくてよ!」


「えっ、エリザぁぁぁ! 天使!」


「ああああああ!? 目がおかしくなったのかしら、ヴェリノ!?」


 エリザがまた、ちょっとこわれた。

 ―― しかしながら、実際に舟遊びを始めてみると…… エリザもばっちり、楽しんでくれているっぽいな!

 なにしろエリザは、ゴンドラ漕ぎにチップを (乗船料より200マルも上の) 1000マル渡すという離れ業を、やってのけたんだから。

 おかげで、ゴンドラ漕ぎNPCはご機嫌モードになって歌ってくれてる、ってわけだ。

 ―― ゆったりとした舟の速度とよく合う昔の歌を聴きながら、俺たちは、のんびり街を眺める。


「こうしてみると、俺たちって、こんな街に住んでるんだなー! かわいい!」


「それに、けっこう賑やかよね」


「うんうん! 人がみんな、楽しそうでお祭りみたい! あっ、食材山盛り!」


「あれ、マーケットよ。この前、学園祭用のヤキソバ材料の予約に行ったばかりでしょ」


 そのうちゴンドラは商店街を抜け、狭い水路に入った。両側はそそり立つレンガの壁…… 上のほうに、小さい窓がたくさん、ついている。


「ここからは、住宅街ね」


「おおお、ここはここで、すごっ……」


 ―― けど、延々と住宅街が続くと、さすがにちょっと退屈になってきた。同じようなレンガの壁しかないからだ。


「ふぁぁぁ…… まだ終わらないのかな、住宅街」


「街の半分は住宅街ですからね!? ……それより、ヴェリノ」


 エリザがコホンと咳払いをした。


「昨日は…… エルリック王子の返事は、どうだったのかしら?」


「へ!?」


「伝えたんでしょ! 返事は?」


「ああ、それなら、もちろん、ばっちりOK! 俺たちは伝説の 『ずっ友』 に、なったはずだ!」


「え? 友…… え? どうして 『友』 なの、かしら?」


「だって俺、恋愛は要らないしさ…… ただ、チロルはもう 『成就エンド』 確定だって言うんだけど」


 俺はエリザに、昨夜からの悩みを打ち明けてみた。


「そのうえ 『恋愛強者』 なんて称号までついちゃって…… 俺、どうしたらいいのかな……」


「良かったじゃないの!」


「へ!? だって、エリザやサクラは? エリザは王子の婚約者だし、サクラはヒロインだし……」


「あら…… ヴェリノのくせに、あなた、このあたくしを憐れむおつもり?」


「い、いや……」


 うーん?

 エリザが、ここまで言ってくれるんなら、本当に、別にいいのかな?

 エリザが扇をパタン、と手に打ちつけ、姿勢をただす。


「よくおきき、ヴェリノ?」


「は、はあ……?」


 それからエリザは、俺に、エリザの 『婚約破棄 ⇒ 高笑いして婚約者をディスりまくる』 野望を俺に語ってくれた。


「―― いいこと?

 これで、あたくしは 『婚約破棄』 達成が確実になったのよ?

 別にあなたのおかげでなくても、目標は達成する予定だったから、お礼なんて言いませんけど」


「じゃあ、サクラは……?」


「ふっ…… きっとサクラは、あのデザイン投票で、攻略対象を別の難易度低いNPCひとに切り替えたはずよ!」


「? サクラに票を入れた人? つまりは、イヅナ?」


「そうよ。つまり王子も、あたくしも、もうフリーってわけね。ヴェリノと王子で 『成就エンド』 確約なんですから! おーほっほっほっ! 婚約破棄が楽しみですわ!」


「あのさ、エリザ、高笑いしてるとこ、悪いけど…… 俺はエルリックにはもう 『恋愛しない』 宣言しちゃってるんだよ」


 俺はエリザに、エルリック王子を呼び出した事情を説明した。

 『王子がNPCならではの悩みをプレイヤーにリークして修正されそうになった』 なんて、あまり広められる話じゃないけど……

 エリザなら、言っても大丈夫だよね!


「―― と、こんなワケで。俺とエルリックは、あくまで 『友だち』 なんだよ!」


 俺の説明をエリザは両の眉をきゅっと寄せて聞いていたが……

 ゆっくりとうなずき、とんでもないことを断言してくれた。


「そういうことなら 『成就エンド』 は、明らかに、99.9%、確定ね!」


「えっ!? まじ!?」


「大マジでしてよ! だってガイド犬チロルも、そう言ったのでしょう?」


「ぅおんっ♪」


 チロルが、もふもふのしっぽをパタパタと振った。


「あー…… それ、嫌われる方法とかないの?」


「 な い わ 」 「くぅん……」


「うううっ……! つらい……」


 俺は、がっくりと舟縁ふなべりに手をつく。


「そんなつもりじゃ、なかったのに…… どうして、こうなった」


「? ヴェリノ、あなた。誰から見ても、王子狙いでしたわよ?」


「うーん…… 俺、これまでずっと、一生懸命、ディスってたのになあ」


 俺は、ゆらゆら舟に揺られて遠くを見つめ、虚しさをしみじみ噛みしめる……


「なんだって、あの悪口のオンパレードが効果なかったのかな…… まさかの、本気のドMかな」


 エリザが、憐れみでいっぱいの眼差しを俺に向ける。


「実はね……」


 この後、エリザが教えてくれたのは……

 俺も薄々そうじゃないかと心配になってきていたところだけど、実際に聞かされるとやっぱりショック ―― そんな、事実だった。

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