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第36話 エルリック王子と俺(5)

 ジャスミンティーみたいな、甘くて爽やかな藤の香りのなか。

 エルリック王子と俺は、並んで腰かけている。

 お互い、無言だ。

 俺はさっきのアッパーカットが王子の口にクリーンヒットしたせいで少し気まずいし、王子は王子で、なにやら思うところがあったらしい。じっと考え込んでいる。

 王子には一刻でも早く、人格改造のことを注意してあげなきゃ、いけないんだけど……

 どうやって話を切り出そうかな。


 さぁぁぁぁっ……


 夜風が薄紫の花房をゆらして通りすぎた。


「寒いかい?」


 王子が俺の肩に腕をまわそうとする ―― のを、俺はガシッとつかんで止める。


「っと、それはナシ!」


「…… ああ。すまない」


 いつも引くほどキッラキラのイケメン顔も、シュンとすると、ちょっとかわいいな。

 こういう表情をされると、守ってやりたい気もしてくる…… って、あくまで、友だちとして、だけどな!


「恋愛以外を望まれると、どうしていいか、まったくわからないんだ…… 友だちって、なんだろう」


「いきなり哲学的な問いだな」


「仲良くなりたいのに、キスもハグも壁ドン&アゴクイも禁止なのは、不自然じゃないかい?」


「いや、仲良くなるのにそれが必要なほうが、よっぽど不自然」


 エルリック王子は、ますますしょんぼりした。


「やはり、私はNPCだから…… 普通の人のように振舞いたいと願っていても、どこかおかしいのだね」


「そこがダメ! ……いや、その、ダメなのは人として、じゃなくてだな」


 ついバシッとダメ出してしまって、俺はあわてて言い直す。


「そういうこと誰にでも言ってると、人格改造されちゃう、って話だよ!」


「誰にでも……? 人格改造?」


「いや、俺には言ってもいいの! NPCならではの悩みを聞いても、友だちだから!

 ただ、ほかのプレイヤーに話すのは、やめてくれよ。人格改造されちゃうぞ、あんた」


「別に私はかまわないが……? NPC にとっては、適切なメンテナンスは、普通のことだ」


「全然、わかってないじゃん、王子!」


 ―― そりゃ、チロルも 「問題ない」 って、言ってたけどさあ!

 問題、大ありだよね!

 とくに、NPCたちが 『人格書き替えは普通』 とか、信じこんでるあたりがね!

 そんなの、抵抗するのが普通だろうがよ!

 せっかく 『自分のやりかた、おかしいのかも』 ってとこに自分で気づいて、だからこそ、悩みを持ちはじめた、っていうのに!

 ここで抵抗しなきゃ、AIとしての成長も頭打ちだよ、きっと!


 ―― よし。

 俺が、そのままのエルリック王子を、せーいっぱい、推してあげよう。

 メンテナンスで人格書き替えなんてしなくても、いいところがたくさんある子なんだって、インプットしてやる!


「あんたは良くても俺はイヤだ!」


 俺は、キッパリと言い切ってみた。


「俺は、そのままのエルリック王子がイイと思う!」


「ああっ、そんなこと言われると……っ」


「……? どうしたんだ? 腹いたいのか?」


 エルリック王子は、苦しそうに顔をしかめつつ、身もだえしている……!


「NPCでも、病気になるのか?」


 俺は心配になって、王子の顔をのぞきこんだ…… なんか、アツく潤んだ瞳と目が合った。

 情熱的かつ強引に、肩を抱き寄せられる……!


「だから! そんなことしなくていいってば!」


「い、いや……! 私も、自重したいところなのだが……! 親身になった理解ゼリフを聞いてしまうと、身体が勝手にキスしようと……!」


「わかった……」


 これもゲームの強制力、ってやつだな。


「王子。俺がいまから言うことを聞いても、傷つくなよ…… 王子なんて、バナナの皮踏んですべってウ○コに顔つっこんでパック効果でますますキレイになってしまえ!」


 いま、俺が思い付く限りの罵り…… 効果は、どうだ?


 ―― ふうっ…… 


 エルリック王子が大きく息を吐いた。拘束が、ゆるむ……

 親身な理解ゼリフを聞いてキスしたくなるなら、逆をいけばいい。

 作戦、成功だな。


「はあ…… 助かったよ。やはり、ヴェリノ。きみは、素晴らしい」


「頼むから好意値、上げてくれるなよ」


「勝手に上がってしまうものは、止められようがないよ」


「そのセリフで爽やかスマイルはないだろ……」


「文句は、開発側に言ってくれたまえ」


「むうう…… 確かに……!」


 俺たちは、なんとなく口をつぐんだ。黙ったまま、藤の花を見上げる。

 ―― まったく。

 乙女ゲームでの 『友人』 ポジションがこんなに難しいだなんて、誰が予想してただろうか。


「けど、私はヴェリノとなら 『恋愛』 でかまわないと、本気で思っているんだ……」


 エルリック王子が、ぽつりと言った。


「きみも、考えてみてくれないだろうか、ヴェリノ」


「ごめん。つつしんで、お断りだ」


「…… どうして、そんなにつれないんだい?」


「えー…… だって、男は趣味じゃないし……」


「そうか……」


 ああ、また、王子ったら!

 俺がそんな、しょぼんな表情にほだされると思ったら…… 思ったら…… 


「思ったら、大間違いだからな!」


「? どうした?」


「いや、こっちの話」


「面白い子だね、ヴェリノ」


「別に 『おもしれー女』 枠は狙ってないぞ、俺」


「ならば…… いつかきっと、私が、君にふさわしい男になるよ。それまで、待っていてくれるかい?」


「無理だってば。男は、趣味じゃないの!」


「かたくなだね…… まぁ、いい」


「精神が鋼鉄 ―― いや、電気回路でできてやがるな」


「当然だろう」


 エルリックが立ち上がり、2、3歩進んで、ふっと俺を振り返る。

 その手が、さっと俺に差しのべられた。


「引くわー……」


「ふっ…… ヴェリノ。私は、いつかきっと、君の心を俺に向けさせてみせると、ここに誓う!」


 な、なんか、誓われちゃってるよ、俺……!

 妹が読んでる少女マンガ風に 『ひえぇぇ。これから、どうなっちゃうの、私――!?』 とか言いたい気分!


 けど、だいたいの少女マンガは、『ひぇぇぇ』 と言いながらも好きにならされる確率100%!

 ドジっ娘流されヒロインやってる場合じゃないぞ、俺!

 ―― ここは俺も、キッパリ宣言しとかなければ……!


「と、と、友だちのままでヨロシク!」


「ぅおんっ♪」


 ん? 急に嬉しそうにほえて、どうしたんだ、チロル?


【『恋愛強者』 の称号をゲットしました】


 ―― これから、どうなっちゃうの、俺 ―― !?

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