「うっわぁぁ! 遅刻、遅刻!」
エントランスの柱時計が夜の9時を打った。
メロディにあわせて踊る時計小人の横を
―― 現実世界での勉強が押して、約束時間ギリギリだ。
早めにログインしてステータス見る予定だったけど、それどころじゃない!
「こっちから呼び出しといて、待たせるってさ、ないよな?」
【さぁww どっちみち、10分以上待たせると、NPCキャラは来ていても帰ってしまいますけどねww】
「いや。そういう問題じゃなくて!」
あーもう。走るとすぐ息が切れちゃうな。リアル地下生活っ子は運動不足なんだ。でも、走る!
―― 待ち合わせ場所は、中庭の藤棚の下。
これもエリザのアドバイスで決まった場所だ。
『藤棚』 って、なんなんだろうなー。エリザは 「見ればわかる」 とか言ってたけど……
「ぅおおおお! あれか!」
「ぅおんっ」
「わー! 薄紫の花で、天井ができてるぞ、チロル! 暗くても浮き上がって、そこだけ明るく見える! きれいだなー!」
夜の闇のなかに、ぽうっと光がさしてる感じだ。きれいなだけじゃなくて、どことなく妖艶さもあって…… 見てると、ちょっとドキドキする。
「よっしゃ、到着…… はぁぁぁ…… 疲れた」
【お疲れ様ですww ただいま、9時03分ww】
「おお!? 俺、速くてすごい! でも、遅刻だぁぁ…… エルリック王子、帰っちゃったのかな……?」
【さあww】
「えええ…… もしかして、来てくれてない、とか……?」
【さあww】
「俺、アニメで校舎裏呼び出し告白する女子の気持ちがわかっちゃった感……! なんだ、この異様なドキドキは!?」
【恋なのではww】
「ふうん…… これが、恋…… んなわけ、あるか!」
【wwww】
だけど、ほんと緊張しちゃうよ!
5分経ってるのに、エルリック王子はまだ来ない。
「おーい、王子ー! エルリックー! ……もしかして、俺、フラれた?」
【もしかして、もうプログラム書き換え 「それは絶対にダメだ!」
【じょーだん、じょーだんww 大丈夫ですよww】
「…… ほんとに?」
【一応、運営に、あなたの意向は伝えていますからww】
「チロルぅ……! ありがとう!」
俺は感謝の気持ちを込めて、よく働くガイド犬を抱き上げた。
膝に乗せ、温かい背中に顔を埋める…… ああ、シェルティ。
もっふもふだぁ……
長い毛の感触に、気分が少しだけ、落ち着いた。
「エルリック王子が来なくても、チロルさえいれば、俺はいい……」
「ぅおんぅおんぅおんぅおんっ」
ふいに、チロルが俺の膝からとびおりた。
尻尾をふりながら駆け寄る先に立っているのは、立派な金髪碧眼の美貌と穏やかな笑みとほどほどの高身長。
女子の憧れの (たぶん) 化身、エルリック・クレイモア王子 ―― 彼はいきなり、俺の手をとって顔を近づけた。なんなんだ?
【男性が淑女にする挨拶ですよww】
へぇ…… (感想はノーコメントで。ぞわぞわ)
エルリック王子は俺の手を持ったまま顔をあげ、きれいな目をほほえませた。
「やあ、ヴェリノ…… 待たせてしまったね」
「大丈夫。俺もさっき来たとこだ!」
「ああ、ほんとうだ…… 髪が乱れている…… 私のために急いで来てくれたんだね。はい、これで大丈夫」
「…… ありがとう、ゴザイマス?」
いきなり俺の髪をなでつけてくれる王子サマ。距離、近いな!?
【それはww 夜にいきなり呼び出す仲ですからww】
あーっ! これ、もしかしなくても、好意値が上がっちゃった、ってことだよね!?
【なにをいまさらww】
まあねー! そりゃね!
覚悟のうえで、呼び出したんだけどね!
実際にこうなってみると、また違う、っていかね…… でも、気にしない!
とにかく早く、要件を伝えなきゃな。
「ま、あんたが来てくれて、良かったよ、王子。心配してたからな!」
「そんなに……? すまなかった……!」
王子の手が頭を離れた。
あー…… やれやれ…… って。
こんどは、その手、俺の背中にまわってますよ!?
布! 俺のおでこに、適度な温度かつ、爽やかシトラス系の香りの布があたって、脈動してる。
トゥンクトゥンクトゥンクトゥンク……
うわ、なんか、緊張するよ。それに、テれくさいし…… でもどこか、落ち着くような……
いやいやいやいやいや。
俺は別に、熱烈にハグされるために王子を呼び出したんじゃ、なくってね!?
「―― 君の気持ちはわかったよ、ヴェリノ。ずっと悩ませてしまって申し訳なかったが……」
「いや、ずっとじゃなくて、ここ半日くらいの話だし、その前に、王子には俺の気持ちは絶対にわかってないと思う」
「決意して、こうして想いを伝えにきてくれたんだね……」
「うん、違うね」
「私も、今夜こうして
「俺にもしゃべらせてくれると、もっと嬉しいんだけどな?」
聞いちゃいない……
なんか、普段のエルリック王子っぽくないよなあ。
いつもはもっと、みんなの話をしっかり聞いてくれる子なのにさ……
こんな一方的な恋愛シーンを展開されたら、攻略する気、起こらなくない!?
【想いが募って、ノリにノってるシーンで、そのツッコミはやめてあげてくださいww 隠れ肉食系のギャップ萌えキャラなんですからww】
チロルは裏事情ばらしすぎだな! ま、別にいいけどさ。
それより、これ、どうするかな……
アップに耐えうる目閉じイケメン顔が、超近い。お口のにおいは爽やか甘めなシトラスミントか…… ん!?
ちょん。
な、な、な、なんか!
やわらかいのが、俺のほおにあたった……!
こっ、これは…… 妹が以前に 「いいなあ」 と憧れの眼差しを注いでいた某アニメの名シーンと同じシチュエーション!
ごめん妹よ。兄ちゃん、先に体験してしまったよ。
ほっぺの処女、事故で永久喪失しちゃったよ…… (がくぜん)
王子め…… ここまでやるとはな…… 白封筒の手紙1通で呼び出された割に、サービス過剰じゃない!?
【当方、恋愛攻略面ではイージーなんですよww すべての女子を幸せに、が、モットーですww】
話を聞かずにコトに及ぶ人が相手では、幸せは微妙だと思いまーす。
【一応、運営に要望として伝えておきますねww たぶん無理ですけどww】
なんで無理!?
【強引に奪われたい女子もいますからww】
俺は、全人類の人権意識の向上を願った。
―― こんな感じでチロルと、脳内であわただしく、やりとりしてる間にも。
王子の顔はゆっくりと、俺のほおから移動していき……
「口はダメぇっっ!」
げしっ……!
俺は思わず、エルリック王子にアッパーカットをお見舞いしてしまったのだった。