「なあ、チロル。エルリック王子の好みってさ、どうなってんの……?」
【攻略対象の好みは、ご自分で一生懸命に考え、感じて、つかむものですよww】
「だから攻略するつもりなんて、ないってば! もう!」
【wwww】
現実の昼ごはんのためにログアウトしなきゃならない時間まで、あと15分 ―― 急がなきゃ。
俺とチロルはいま、商店街の雑貨店 "リーナの
なぜなら、
【レターセットの模様を王子の好みに合わせると、呼び出しの成功率は上がりますよww】
「王子の好みなんて、俺が知るわけないだろ、チロルよ……」
【だから、想い人のことを一生懸命考えてこその 『ドキドキ♡憧れのあの人への手紙』 イベントなんですってばww】
「なんか、うぜっ……」
【wwww なら、やめたら】
「それはダメだろ!」
だって、エルリック王子が人格書きかえられちゃう前に、なにがなんでも呼び出してあげなきゃ!
「あー! もー! サクラが一緒だったら、教えてくれそうなのにー!」
【残念でしたねww】
「こんなときまで草生やすな、って、チロル。えーい、もう、時間ない! これでいいや!」
俺が全集中のカンを働かせて手近にあった水玉模様のレターセットをつかんだ、そのとき。
「ふっ…… 王子の好みもご存じでないなんてね! どうやら、その頭は飾りもののようね、ヴェリノ!」
嫌みったらしい口調とともに、扇で口元を隠しながら現れたのは、言わずと知れた、俺の
「エリザぁぁあっ! 助けにきてくれたんだな!」
「……っ! 違……っ! そんなワケ、ありませんわ!? 新しいドレスを買いに出かけたら、たまたま、あなたがいただけよっ……!」
「ドレスか? だったら、この店より専門店の方が」
「うるさいわね! いちいち、他人の事情を詮索するんじゃなくってよ……!」
詮索はしないが、つまりは知られたくない事情があるんだな、エリザ。
―― まぁ、いい! どんな事情があろうと、ここに来たからには協力してもらう!
なにしろ、仲間の命がかかってるんだからな!
「エリザ!」
俺は、がしっとエリザの腕を掴んだ。
「頼む、エリザ! 王子の好みを教えてくれ……!」
「………… 今さらですけど。王子は
「そんなこと、わかってるって! サクラの邪魔をする気は、ないんだよー!」
「王子からの投票もらったわよね?」
「ぐっ……」
それを言うなら、エリザだって悪役令嬢のくせに投票されてたよね!? ―― とか、言えないよな…… (あのときのエリザの表情を思い出すと)
それに、いまは言い訳している場合じゃないんだ!
「でも、これだけは、ゆずれないんだよ! 頼む、エリザ……! もう後で何でも言うこと聞くから!」
「だから、そういう発言はおやめ!」
「大丈夫! エリザとサクラにしか言わない!」
「……このあたくしを、あの庶民女と同列に扱うおつもり……!?」
エリザの場合、こう言うときはテれてるんだよね、うん!
俺もかなり、エリザの取り扱いがわかってきた感……!
「わかった、エリザ! じゃあ、お礼に明日、デートしよう! だから、いまは頼む!」
「ば、ばかじゃない……っ!?」
ふっふっふ…… 扇で隠されたその顔は、いまは真っ赤だな、大将?
そう。こういう 『仲良しアピール』 に弱いんだよなあ、エリザは。
なにしろ 『デート』 ってのは 『仲良し同士で出かける』 ことらしいからな!
いまの俺にとっては、最強の持ち札だ!
「デート♪ デート♪ デートっ……!」
「ばばばば、ばっ…… 教えるわよ、もう! 教えればいいんでしょ!」
こうして、エリザがやっと教えてくれたところによると ――
王子の場合、好みのレターセットは、ない。
好まれるのは、シチュエーションによって適切にわけることだという…… 難しいな!?
「そもそもだけどさ…… 王子が手紙1本で呼び出されるって、どうなんだ?」
「それが学園の良さよ」
「なるほど」
「ちなみに
「つらいな悪役令嬢!」
「ふっ…… 同情など不要でしてよ! そもそも、モブのあなたごときに、そんなマネはいたしませんもの」
「そっかー! 俺、モブで良かった! ありがとう、エリザ!」
俺はエリザの両手を握りしめて心の底からお礼を言う。
「だから、べべべ、別に、あなたのためなんかじゃ、なくってよ!」
ついに扇で全顔を隠してしまったエリザのアドバイスは、こうだった。
―― エルリック王子への初めての呼び出しに使うレターセットは、白の無地、360マル。
文言は、以下のとおりだ。
≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡
エルリック・クレイモア様
個人的に、お伝えしたいことがございます。
今夜9時、中庭にてお待ちしております。
ヴェリノ・ブラック
≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡
これに、幸運アイテム 『四つ葉のクローバー』 (500マル) を添えると、呼び出し成功率は格段にアップするんだって。
「へえ。王子ってクローバー好きなのか! なんか、かわいいな」
「王子は、シンプルで庶民的なモノに心惹かれるかたなのですわ」
エリザが断言するんだから、間違いないだろう。
俺はその場でレターセットと幸運のクローバーを買い、手紙を書いた。
封筒に手紙とアイテムを入れ、しっかり封をして、と……
「じゃあチロル、頼む!」
「うぉん!!」
もふもふのシェルティ犬が、嬉しそうに跳びはねる。
そして、次の瞬間 ―― チロルの姿は、かき消えるように、見えなくなったのだった。
―― エルリック王子、来てくれるかな……?