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第34話 エルリック王子と俺(3)

「なあ、チロル。エルリック王子の好みってさ、どうなってんの……?」


【攻略対象の好みは、ご自分で一生懸命に考え、感じて、つかむものですよww】


「だから攻略するつもりなんて、ないってば! もう!」


【wwww】


 現実の昼ごはんのためにログアウトしなきゃならない時間まで、あと15分 ―― 急がなきゃ。


 俺とチロルはいま、商店街の雑貨店 "リーナの万屋よろずや" に駆け込み、レターセットを選んでいるのだ。

 なぜなら、NPC キャラ攻略対象を約束もしていないのに呼び出す方法が、このゲームでは手紙一択だから……!


【レターセットの模様を王子の好みに合わせると、呼び出しの成功率は上がりますよww】


「王子の好みなんて、俺が知るわけないだろ、チロルよ……」


【だから、想い人のことを一生懸命考えてこその 『ドキドキ♡憧れのあの人への手紙』 イベントなんですってばww】


「なんか、うぜっ……」


【wwww なら、やめたら】


「それはダメだろ!」


 だって、エルリック王子が人格書きかえられちゃう前に、なにがなんでも呼び出してあげなきゃ!


「あー! もー! サクラが一緒だったら、教えてくれそうなのにー!」


【残念でしたねww】


「こんなときまで草生やすな、って、チロル。えーい、もう、時間ない! これでいいや!」


 俺が全集中のカンを働かせて手近にあった水玉模様のレターセットをつかんだ、そのとき。


「ふっ…… 王子の好みもご存じでないなんてね! どうやら、その頭は飾りもののようね、ヴェリノ!」


 嫌みったらしい口調とともに、扇で口元を隠しながら現れたのは、言わずと知れた、俺の悪役令嬢ヒーローさま……!


「エリザぁぁあっ! 助けにきてくれたんだな!」


「……っ! 違……っ! そんなワケ、ありませんわ!? 新しいドレスを買いに出かけたら、たまたま、あなたがいただけよっ……!」


「ドレスか? だったら、この店より専門店の方が」


「うるさいわね! いちいち、他人の事情を詮索するんじゃなくってよ……!」


 詮索はしないが、つまりは知られたくない事情があるんだな、エリザ。


 ―― まぁ、いい! どんな事情があろうと、ここに来たからには協力してもらう!

 なにしろ、仲間の命がかかってるんだからな!


「エリザ!」


 俺は、がしっとエリザの腕を掴んだ。


「頼む、エリザ! 王子の好みを教えてくれ……!」


「………… 今さらですけど。王子はヒロインサクラ攻略対象ヒーローなのよ?」


「そんなこと、わかってるって! サクラの邪魔をする気は、ないんだよー!」


「王子からの投票もらったわよね?」


「ぐっ……」


 それを言うなら、エリザだって悪役令嬢のくせに投票されてたよね!? ―― とか、言えないよな…… (あのときのエリザの表情を思い出すと)


 それに、いまは言い訳している場合じゃないんだ!


「でも、これだけは、ゆずれないんだよ! 頼む、エリザ……! もう後で何でも言うこと聞くから!」


「だから、そういう発言はおやめ!」


「大丈夫! エリザとサクラにしか言わない!」


「……このあたくしを、あの庶民女と同列に扱うおつもり……!?」


 エリザの場合、こう言うときはテれてるんだよね、うん!

 俺もかなり、エリザの取り扱いがわかってきた感……!


「わかった、エリザ! じゃあ、お礼に明日、デートしよう! だから、いまは頼む!」


「ば、ばかじゃない……っ!?」


 ふっふっふ…… 扇で隠されたその顔は、いまは真っ赤だな、大将?

 そう。こういう 『仲良しアピール』 に弱いんだよなあ、エリザは。

 なにしろ 『デート』 ってのは 『仲良し同士で出かける』 ことらしいからな! 

 いまの俺にとっては、最強の持ち札だ!


「デート♪ デート♪ デートっ……!」


「ばばばば、ばっ…… 教えるわよ、もう! 教えればいいんでしょ!」


 こうして、エリザがやっと教えてくれたところによると ――


 王子の場合、好みのレターセットは、ない。

 好まれるのは、シチュエーションによって適切にわけることだという…… 難しいな!?


「そもそもだけどさ…… 王子が手紙1本で呼び出されるって、どうなんだ?」


「それが学園の良さよ」


「なるほど」


「ちなみにヒロインサクラが王子を呼び出した場合は、あたくし。 『ナニをナメたことをなさってるのかしら?』 と校舎の裏で彼女を吊し上げなければ、ならないのだけれど」


「つらいな悪役令嬢!」


「ふっ…… 同情など不要でしてよ! そもそも、モブのあなたごときに、そんなマネはいたしませんもの」


「そっかー! 俺、モブで良かった! ありがとう、エリザ!」


 俺はエリザの両手を握りしめて心の底からお礼を言う。


「だから、べべべ、別に、あなたのためなんかじゃ、なくってよ!」


 ついに扇で全顔を隠してしまったエリザのアドバイスは、こうだった。


 ―― エルリック王子への初めての呼び出しに使うレターセットは、白の無地、360マル。

 文言は、以下のとおりだ。


 ≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡

 エルリック・クレイモア様


 個人的に、お伝えしたいことがございます。

 今夜9時、中庭にてお待ちしております。


 ヴェリノ・ブラック

 ≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡


 これに、幸運アイテム 『四つ葉のクローバー』 (500マル) を添えると、呼び出し成功率は格段にアップするんだって。


「へえ。王子ってクローバー好きなのか! なんか、かわいいな」


「王子は、シンプルで庶民的なモノに心惹かれるかたなのですわ」


 エリザが断言するんだから、間違いないだろう。

 俺はその場でレターセットと幸運のクローバーを買い、手紙を書いた。

 封筒に手紙とアイテムを入れ、しっかり封をして、と……


「じゃあチロル、頼む!」


「うぉん!!」


 もふもふのシェルティ犬が、嬉しそうに跳びはねる。

 そして、次の瞬間 ―― チロルの姿は、かき消えるように、見えなくなったのだった。

 ―― エルリック王子、来てくれるかな……?

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