寮の部屋へ戻った時には、エリザの姿は見えなかった。
もう、ログアウトしたのかもしれないな。
「ぅおんっ」
チロルが机の上に飛び乗り、深紅の封筒を口にくわえて俺のほうへと駆け戻る。しっぽがふぁさふぁさ揺れてかわいい。
【運営からのメッセージですw】
「おっ! ありがとう!」
チロルのもふもふしたアゴをわしゃわしゃなでてから封筒を受け取る…… と。
封筒は光の粒になって消え、代わりに空中にメッセージが映し出された。
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プレイヤー No.C-4728
ヴェリノ・ブラック様
いつも当ゲームをプレイしていただき、ありがとうございます。
この度は AI のシステムエラーにより、ゲームの内容に不適切な発言が NPC 【No.2583 エルリック・クレイモア】よりなされましたこと、陳謝いたします。
お詫びとして、ゲーム資金 2,500マル を付与させていただき、また、なるべく早く AI のシステムを調整いたします。
今後、不適切な発言がなされないよう努めますので、引き続き、ゲームをお楽しみいただければ幸いです。
『マジカル・ブリリアント・ファンタジー』 運営チーム
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おっ、2,500マルもくれんのか!
ラッキーだな!
不適切発言など、まったく思い当たりがないのが気になるが、もらえるおカネは、もらっておく……!
いやな予感?
そんなもの、2500マルの前にはふっとぶ!
NPCの王子のことなど、気にしないったら気にしない!
ともだち宣言しちゃったけど、友情よりは
…… って、なんで気になっちゃってんのかな、俺。
気にしないっ。嫌な予感なんて、全然、まったく……
ううううう…… ほんとにもう、俺ったら!
「不適切発言って、もしかして……」
【そうですよw エルリック王子の 『 NPC 云々』 発言のことですw】
「俺は、気にならなかったけどな?」
【 NPC はプレイヤーがゲームを楽しむのを補助する役目なんですよ。『 NPC をバカにして云々』 発言はイケません】
「チロルだって、前に 【 AI だから溺れない】 って言ってたじゃないか」
【私はガイドですからw あくまで便利な道具であって、NPC とは違いますよww】
チロルが可愛らしく、クゥーン、と鼻を鳴らす。
【大丈夫ですよ。開発サイドが少々ゴネるかもしれませんが、数日のうちには、きちんとシステムを書き換えさせますからw】
「え」
俺は、止まった。
「それって、エルリック王子は」
【2度と NPC という立場に不満を持ったり、それに関する発言はしないでしょうねw】
「それ、おかしいよ!」
うわっ。なんか大きな声でちゃった。自分でもびっくり。
だけど俺は、おとなしく引き下がる気には、なれない…… たとえチロルが、黒く濡れたつぶらな目で無邪気に見つめてきたとしても、だ。
「人格改造じゃないか!」
【ww 王子の人格は AI ですよ?】
「そんなの、関係ないっ!」
今日のランチで、俺に本音をもらしてくれたエルリック王子…… あのときから、俺とアイツは友だちになったんだ。
NPCだとか、AIだとか関係ないよな!
自分で判断して話せる。
そんなヤツの人格を、NPC だとか AI だとかいう理由で、勝手にいじるだなんて……
気持ち悪いじゃん!
「くぅーん……」
チロルが、いつのまにか握りしめていた俺のこぶしをペロペロとなめた。
【勘違いされているようですがww
AI に人権は無いんですよww それに、書き換えを拒否するようにはプログラミングされていませんからww】
「 で も だ め だ ! 」
だって俺は、エルリック王子が、うっかり本音を言ってくれたから、NPCの苦労がわかったんだ。そして、そんなエルリック王子だから、友だちになろうと思ったんだ。
―― その辺が修正されて、ただの完璧イケメン
悪いけど、友だちになれる気がしない!
もし、王子になにを言ってもゾワゾワする激甘セリフしか返ってこなくなったりしたら…… 俺もう、転生しちゃうかも。
―― よし、決めた!
「俺、2,500マル返すよ!」
【それは困りますww 要望があるなら、そのままどうぞww】
「じゃあ、『プログラムは書き換えないでいいです。俺は楽しいです』 って…… どうやって運営に言えばいいんだ?」
【私から伝えますから、大丈夫ですw】
チロルが、ゆさゆさとしっぽを振った。
【ただし、他のプレイヤーとの兼ね合いもあるので、要望が通るとは限りませんよw】
「わかってる……!」
俺は再び、こぶしを握りしめる。
…… 要は、ほかのプレイヤーに対しては 『NPC 云々』 発言をしなきゃいいんだろ?
だったら、俺がエルリックに直接、注意するように言えばいいじゃん!
それで充分に通じるはずだ。
なんたって、エルリック王子は自己判断できるNPCなんだから。
「なあチロル、個人的にNPCを呼び出すのって、どうすればいいの?」
【いいんですか? 呼び出しにエルリック王子が応じた場合、好意値がさらに上がる可能性がありますがw】
「大丈夫!」
俺は胸を軽く叩いてみせる。
「だってもう、俺たちは友だちだし、恋愛に興味ない宣言もしてあるからな!」
―― 王子だって、わかってくれているはずだよね!