「どうしたんだい? 難しい顔をして……」
全人類がウットリしてしまいそうなほどの、優しい微笑みを浮かべたイケメン顔が、超近い。泣きそう。感動してじゃなく、なさけなくて。
―― 看板とチラシのデザインが決まった後。
俺は、ステータスを確認する暇もなく、王子にVIP専用ランチルームへと連れてこられた。そして、なしくずしに、こうして飯をくっている。
ふたりきりで。
くそ。
今日も、ガラス張りの外の森には色とりどりの鳥が鳴き交わし、噴水は輝く
ランチは、エリザと汽車の中でも食べた、真鴨のコンフィだというのに…… 思い出の味が崩れちゃうほど、味がしない気がする……!
それもこれも、さっきの投票のせいだ。
―― NPC4人による、デザイン投票の結果…… それは、現時点でのNPCからの好意値第1位を獲得したプレイヤーをあらわす。
とうぜん、俺なんか絶対に誰からも投票されないと思ってた。なのに、ふたをあけてみたら、こうだ。
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◆エルリック・クレイモア : 王子 ⇒ ヴェリノ・ブラック
◆ジョナス・ストリンガー : 侯爵家次男 ⇒ エリザ・テイラー
◆ミシェル・ブロックウッド : 伯爵家長男 ⇒ エリザ・テイラー
◆イヅナ・T・J・クルス : 海運王家・男爵家長男 ⇒ サクラ・C・R
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エルリック王子のやつ……!
なんで、俺にすんの!?
おかしいよね!?
俺が、これまで、どんなに努力して王子をディスりまくってたか、わかってる!? わかってないよね、ぜったい!
ここで王子の懐の深さとか見せなくていいんだよ! 一般人並みにキレて俺のこと大嫌いになれよ!
そんで 『こいつ嫌いだけど飢えてるから仕方ないか……』 みたいな感じで、ごはんだけ恵んでくれたらいいんだよ! 換金できるものも、受け付ける!
AIなら、その辺の事情も汲もうよ! ねえ王子!?
「なんでだ…… 俺、王子をディスりまくってたのに…… なんで……」
エルリック王子の顔が、ますます接近する。
「……ただ、心惹かれてしまっただけだよ、ヴェリノ」
耳元で、ささやかないでよ!
低めのイケボはわかったけど、ゾワゾワしちゃうよ!
あと、俺が返事しないからって悲しそうな顔するのも禁止!
なんでゲームで、罪悪感をかきたてられなきゃなんないの!
「…… 迷惑かい?」
「はい! もっのすごく!」
キッパリと言い切る、俺。
この5日間ほど、王子にはたしかに世話になった。 『ごはんの兄貴』 と呼んでもよいほどには、感謝している。
だがしかし……!
今日は、金曜日なのだ。
明日の土曜日には、おこづかいが入るから、王子に昼飯をおごってもらうのも、ここまでだな……!
飯の切れ目は縁の切れ目!
ここから俺は、本腰いれてエルリック王子をディスりまくる。
そして、今度こそ、しっかり好意値をガン下げする……!
「大体が、婚約者はエリザだろ? で、王子といい感じになってるのが、サクラ。2人いてもまだ足りないとか、どんだけ」
「足りないなどと。そういうわけではないよ。だが、君だって、態度で示してくれていたし……」
態度?
さっぱり思い当たりがないよ、俺は!
「うるさい黙れ。俺は、王子よりもエリザとサクラとの友情をとるんだよ! 王子がヘンに俺をかまうせいで、エリザとサクラに俺が嫌われちゃったら…… 嫌われちゃったら…… ゆるさないからなあっ!」
「…… 君は彼女らを、そのような人間だと、思っているのかい?」
「うるさい。テメーに、エリザやサクラの人間性をアレコレ言う資格があると思ってんのかコラ」
いつもなら、あまり酷い発言は王子の取り巻きたち…… イヅナやミシェルから、たしなめられてしまうだろう。ジョナスなら、たしなめるどころか、半殺しにしてくるかもしれない。
だが、今日は俺と王子のふたりだけ。
言いたい放題、タイマン歓迎!
「………… 君は」
おっ、エルリック王子もついに、腹に据えかねたようだな。
声が震えてる…… いっちょ、やりますか!
男どうし、やっぱり最終的には
「おうよ。こうなったら、とことんやるか? 俺は、負けないけどな?」
「…… 君はっ!」
声だけじゃない。
握りしめた王子の手も、ぶるぶる震えてる…… くるか?
俺は、いつでもOKだ!
―― 次の瞬間。
「君は……! なんて素晴らしい、ひとなんだ!」
「…… はい?」
エルリック王子は両手を、俺の手に重ねてきた…… うるうると熱を帯びた目と、上気した頬。
なんだこれ。
「君は……! 思った通り、いや、思った以上の、ひとだ……!」
「いったい、何を思ってたんだ!?」
嫌な予感がしてきた。
―― もしかしたら、この王子、隠れドM気質だったりするんだろうか……
これまでのディスりが、逆効果だったら、どうしよう。転生していい?
「飾らず、気取らず、正直で……」
俺の手に重ねられた、王子の両手に力がこもる…… イケメン顔が、極限にまで近寄ってきている…… いや、ダメっ、これ以上は!
「ちょ、王子…… 俺は単に 「それに! 今まで、友人のために、私に意見をしてくる者など、いなかった……!」
「あーきっとそれ、王子が人格者だからだよ! うん!」
遅いかもしれんが、ディスり作戦は中止だ。王子はやはり、隠れドMだと俺は判断した。
いまからでも、ほめまくっておこう。
「いや、王子、ほんと優しくていいやつだし 「腹を割ってとことん話し合おうと言ってくれたのも、君が初めてだ……!」
聞いちゃいねえな、王子。
「いつも、どーせNPC、たかがNPC、とバカにされ……」
「はぃぃぃぃ!?」
な、なんかヘンな発言キタ……!
いいの、これ!?
俺は王子の両手から自分の手を、ちょっと無理やり抜き取った。
足元におとなしくうずくまっているチロルを、抱き上げる。
(なぁ、チロル。あれ、プログラミングされた発言だよな?)
【いえww 最近のAIは人間の脳の働きにかなり近づいておりましてww
基本となる人格やバックグラウンド、役割などは、あらかじめインプットされていますがww
言動は、経験を通して学習していった結果なんですよww】
(へえ…… とすると、つまり?)
【ええ、つまり、全ての発言は、NPC本人の自己判断となっていますww】
(まじか)
チロルとこそこそ話している俺を、エルリック王子が不思議そうに見た。
「どうしたんだい、ヴェリノ?」
「あっ、ああ…… ちょっと、びっくりしたんだ。王子が珍しいこと言うから」
「ああ…… バカにされ、は言い過ぎだったね。気にしないでくれたまえ」
寂しげに王子が呟く。
「とにかく…… 私に寄ってくる者は多いが、本音で語ってくれる、君みたいな
「大変なんだな……!」
俺の心は、いつの間にか同情でいっぱいになっていた。
まあ、イケメンヒーローが役割なんだから仕方ないけど。
たしかにいつも、甘々なセリフや壁ドンなんかを期待されるのも、しんどいものがあるのかもしれない。
NPCとはいえ、自分で経験を積んで自分の判断で動けるとしたら、それってもう、普通のプレイヤーと同じだもんな……!
俺は、恋愛は要らない。
だが、NPCも、もっと自由に生きていいと思う!
だってヒロインと悪役令嬢が、役柄を超えて仲良くなることだってあるんだしね!
「よし! 決めた!」
俺は立ち上がり、王子の手をガシッとにぎった。
「今度からは、ランチするなら、絶対にみんなでしよう! 俺は、恋愛NGプレイヤーなんだ!」
「恋愛…… NG…… 」
エルリック王子、ちょっとショックうけてるみたいだな。
「そうだ! 俺は王子とは恋愛しない! だけど、いつでも、本音で話すぞ!」
「ごめんね。少し、状況がつかめないんだ……」
オッケーオッケー。
やっぱり、恋愛向けにインプットされたAIだから、俺みたいなタイプをどう処理していいか、わかんないんだな。
なら、話は簡単。
俺が王子に、新しい価値観をインプットしてあげるんだ ――
インプットされてくれよ?
そう念じつつ、俺は、エルリック王子の目を見つめた。
「と も だ ち、だ。エルリック」
「ともだち……?」
「そうだ。俺は、エルリックの友達なんだ! わかったな?」
エルリックは、しばらく俺の目を見つめ…… それから、ゆっくりとうなずいた。
わかってくれたようだな……
まったく。やれやれだぜ。