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第30話 学園祭の準備(2)

「ふっ…… マズそうな焼きそばですこと」


「ううっ…… 俺の心臓が抉られた!」


 学園祭で売る、焼きそばとポーションの配布用チラシと看板 ―― 昨日ログアウトしてから、俺が夜中までかかって一生懸命、描いてきたデザイン。

 それが。

 いつものメンバーでの企画会議が始まって、たった15分でエリザに一刀両断された…… いや、そんなに上手じゃないのは、自分でも知ってるよ!

 けどあるじゃん!?

 AIイラストでなんでも描けちゃう時代だからこそ、手描きが目立つんじゃ、とか!


「これはだな、エリザ! ヘタウマというやつなんだ! つまり、あえてヘタにして目立たせる作戦……!」


「ふっ…… そういうことでしたら」


 エリザが腰に手を当てて豊かな胸をばいーん、と張ててドヤった。


「あたくしのも、ご覧になるがよくってよ!」


 プロジェクターに映し出されたエリザのチラシ・看板デザインは、たしかに驚くべきものだった。

 具体的に説明するならば。

 ―― 宙を舞う虹の七色レインボーカラーの、妙にボロボロした感じの麺、キャベツ、タマネギ。その下に、涙を流している変な形のブタ。そして、ポーションを手に持ち、上を見上げて叫んでいる、鼻と目がありえない方向にくっついた女の子だ。


「「「「「「…………」」」」」」


 俺とサクラはもちろん、NPC男子までが一瞬、沈黙に支配された。


「……………… さすが、エリザだな」


「ええ………… すごいですね、エリザさん」


 俺とサクラがなんとか、ことばをしぼりだす一方で、態勢を整えたらしいエルリック王子が、ふわりとノーブルスマイルを浮かべる。


「うん。とても芸術的アーティスティックだね、エリザ」


 芸術的……!

 訳のわからないものを誉めるときのことばを、1つ学んだ俺であった (賢くなった!)


 一方でエリザは 「そうでしょ」 と自信満々だ。

 芸術的…… なのか?

 空を舞う虹色の焼きそばと、阿鼻叫喚の地獄絵図っぽい豚さんと女の子が……?


「おもしろいね、エリザさまっ」


 パチパチと手を叩くのは、ミシェルだ。


「これ、300年ほど前の有名画家のオマージュでしょ?」


 そうなのか…… ミシェル…… 幼児に見えて、なかなか (やはり年齢は俺たちと同じ設定なだけ、ある)。


「ふむ……」 と、メガネをくいっと押し上げながらコメントを始めたのはジョナス。


「モネ的な躍動感溢れるタッチに、ダリ的なシュールレアリスム、ピカソ的なキュビズムとコラージュを、無節そ…… ごほっ、調和させた大作といえましょう」


 なんと理知的なコメント…… さすがは、王子の腰巾着の知性派だな、ジョナス!


 だが、NPCのうち最後のイヅナだけは首をひねったままだった。

 うーん、とうなりながら絵を見つめていたが、俺たちの視線に気づいて、ははっ、と爽やかに笑う。


「ごめん! オレには全然わからん! けど、すごいな!」


「イヅナ…… 友だち!」


 思わず握手してしまう、俺である。イヅナの手を握ったまま、俺はエリザを振り返った。


「ちょっと大将、解説頼む!」


「まあ! この絵がわからないなんて…… ヴェリノの芸術的センスはどうなっているのかしら? それから姫君とお呼びっ!」


「うん、センスがないから頼むよ親分!」


 まずは、泣いている豚について。


「焼きそばの具として、人間の役に立てることが嬉しいのよ!」


「まじか……! 300年前には、自己犠牲的な動物がいたんだな」


 ちなみに俺たちが住んでいるリアル地下世界では、肉といえば、細胞生成肉しかない。

 そんなに美味しくはないけど、食べるたびに動物たちの自己犠牲を考えなくていい、っていう点では、いいかもな……

 涙を流す豚さんのおかげで、細胞生成肉のよさを見直せた感!

 なるほど…… 芸術ってよくわからないけど、出会うと物の見方がちょっと変わったりするものが、芸術なのかもしれないな……

 そうすると、さすがエリザ、ってことなのか……?


「じゃあ、女の子が叫んでいるのは?」


「あまりの美味しさに絶叫しているに、決まっているでしょう!」


 美味しさに絶叫 ―― そうか。たしかに、このゲームの食事ならそんなことも、あるかもしれない。

(何度も言うけど、このゲームの味覚担当者さんは神に違いない!)


「そっか…… 猛毒焼きそばで断末魔の悲鳴を上げてるとか、思っちゃって、ごめん……」


「な ん で す っ て ?」


「いや、別に、もっと美味しそうな顔にしたらいいのに、なんでこんなに悲惨なのかな、だなんて、思ってないよ俺!?」


「言いたいことがあるなら、端的におっしゃい!」


「女の子の顔、なおしたほうがいいと思う!」


「な ん で す っ て !?」


 端的に言っても、結局、怒るんじゃないか、エリザ……!


「いや、だって! 売り上げがかかってるんだよ!? だからこそ俺は、普段の大将のツンデレ見え見えな親切を、あだで返すようなことを、あえて言ってるわけであって……!」


「な、な、な、…… なんですって!」


 エリザ、怒っていいのか照れていいのかわからなくなったらしい。

 扇で全顔面を隠して 「もう知らないわっ」 とうめいた。

 ―― と、ここで。


「あの……」


 サクラが、遠慮がちにバッグから紙を半分、出したり引っこめたりする。


「わたしも、実は、チラシと看板のデザイン、描いてきてみたんですけど……あ、やっぱり、いいです」


「いいよ。見せてくれないか。せっかく描いてきたのだし」


 恥ずかしげに絵をしまってしまうサクラを、NPCのエルリック王子が爽やかな微笑みでフォローする…… さすがだ。だが。

 ここは、王子をディスるチャンスと見た……!

 (俺は相変わらず 『Yes昼メシ、No壁ドン』 作戦を実行している。すなわち、王子をディスりまくって好意値を下げるのだ……!)


 俺はエリザと、目配せをかわす。

 エリザは悪役令嬢としてサクラをディスる義務があるからな。

 こういうときは、共同悪女戦線を張るのだ…… いざ。

 作戦、開始。


「エルリック様ったら! サクラばっかり、ひいきしてやがんなー!」


「サクラが平民だから、憐れに思われているだけよ。ふっ…… 惨めですこと」


 俺もエリザも、聞こえよがしにエルリック王子とサクラをディスる。

 しかしエルリック王子は、何を言われても穏やかだった。


「そんなことはないよ。エリザもヴェリノも、私の大切な友人だ」


「エリザは婚約者じゃないんですかー、王子ぃ? もしかして、ハーレム狙ってるから、誰にでもイイ顔するんですかぁ?」


 我ながら嫌みったらしくて、良い。もうエリザにも勝てたかもしれないな、俺!

 ……ふっ! 自分の才能が、怖い……!


「はは…… 耳が痛いよ」


 エルリック王子は、女子なら思わずキュン、となりそうな微苦笑を披露する。

 きっと俺の好意値は、今日も半端なく減ってることだろう ―― 最近、ステータス全然見れてないけど、見るまでもない、っていうかね!



「不愉快な思いをさせてしまったようだね。申し訳ない」


「お、おう…… まぁ、分かってるんならいーよ。今度から気をつけることだな!」


「ありがとう…… では」


 エルリック王子は俺の手をとり、顔を近づける。


「お詫びの印に、今日のランチはふたりきりで、どうだい……?」


「おう! OK!」


 よっしゃ、今日もタダ飯ばんざい!

 そしてディスる! ぬかりないな、俺!


「さすが王子! 顔と金だけは無駄に持ってるよな!」


 もちろん、ヒロインたちへの配慮もする! ぬかりなし!


「サクラも、ランチ一緒でいいだろ? エリザはどうする?」


「あたくしはいらないわ」


「そっかー。でも、サクラは行くだろ?」


「わ、わ、わたしは……っ」


 ふと見ると、うつむいて肩を震わせているサクラの耳が、ほんのりピンクに染まっている…… え? なんでここで爆笑?

 いや…… 笑う理由がわからん。つまりこれは、本気でショックだったほうか。

 ヒロインなのに、王子からランチに誘われなくて…… とか?

 だったら、フォローしなきゃな!

 俺、デキるモブ友人!


「遠慮するなよ! サクラも一緒の方が、絶対に良いって!」


「い、いえ…… あの、ご、ご遠慮いたします……」


 えええええっ!?

 サクラ、いったい、どーしたんだっ!?


 俺、もしかして…… エリザと一緒になって、サクラをディスりすぎた!?


「ごめん、サクラ! さっきのはなんか知らんが言い過ぎだったかもしれない! 機嫌なおして、一緒に行こうぜ、ランチ!」


「い、いえ、い、いいです……」


「本当にごめんってば!」


「ききき、気にして……い、いませんので……」


 謝れば謝るほど、サクラはますますうつむき、震えが酷くなってしまう…… うう。

 そんなにヒドイこと言っちゃったのかな、俺……

 それとも、じつはやっぱり爆笑…… でも、なんで爆笑してるかわからんしな。

 やっぱ、俺がヒドイこと言っちゃった、に一票か (しょぼん)


 ―― その後。

 俺が、めちゃくちゃ謝りまくって、めちゃくちゃオススメしても、サクラは王子とのランチを断り続けた。


「なんでだよ、サクラ……」


「まぁ、いいじゃないか」 と、エルリック王子が俺の肩に手を置く。

 なんかやたら、顔を近づけてくるな…… と思ったら。

 なんか、耳元でささやいてきた。くすぐったいよ!


「たまにはふたりきりでも、私は嬉しいよ」


「いや、俺は嬉しくない」


 と、サクラがここで、俺に目配せ……? なに?


「ぜひぜひ、ふたりでランチなさってください」


「え。でも、サクラが……」


「気にしないでください、ヴェリノさん。わたしはこのあと、すぐログアウトしなきゃなんで」


「あっ、そうなんだ」


「はい……!」


 やや上気した顔で、ニコニコとうなずくサクラ。

 よかった。なんかわからんけど、やっぱりショックじゃなくて、大爆笑のほうだったんだ……!

(なにが、そんなに面白かったのかが謎だな)


「じゃ、また一緒にランチしよ!」


「はい」


 ますますニッコリするサクラ…… だが一方エリザのほうは、不機嫌そうに扇を開いたり閉じたりしてる


「どうでもいいけど、サクラさんの絵は、どうするのかしら?」


「あ…… やっぱり、もういいです……」


「あーら! 恥ずかしくて見せられない出来だというのね……! やっぱりね! おーっほっほっほ!」


 エリザ…… これこそ、ザ・悪役令嬢ムーヴだな!

 ディスるふりをしながら、サクラの絵もちゃんと出してもらおうとしているんだ…… さすが大将! いや、親分!


「そうだね。話がそれて申し訳なかった」


 エルリック王子が、パンパンッと両手を打って場を仕切り直す。


「さぁ、では、サクラさんも絵を見せて」


「はい……」


 まだ恥ずかしそうにしているサクラの手元に、俺たちの視線があつまった。

 サクラ、どんな絵なのかな?

 楽しみだなー!

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