【エリザ視点】
「ぎゃぁぁぁぁっ!」
遠くから響いたヴェリノの悲鳴に、駆けつけた時、そこにはもう、ヴェリノの姿もサクラの姿も見えなかった。
「遅かったわ……!」
エリザは唇を噛み、拳を握りしめる。
―― 昼に、ヴェリノがコソコソとサクラを誘っているのを聞きつけて以来。エリザは、実に複雑な感情に悩まされていたのだ。
(このあたくしに声を掛けないって、どういうこと!?)
ここで素直に 「遊びに行くなら自分も一緒に」 とは言えないのが、エリザである。現在 『悪役令嬢』 ポジなだけに、なおさら。
「べべべ別にっ……! 一緒に行きたいなんてことでは、なくってよ!」
自室のお姫様ベッドに寝転がって
「ただ、ヴェリノが、あの女狐にだまされてヒドイ目に
【だったら、直接言ってあげたら、どうですかww】
「な、なんでっ! あたくしがそんな、お節介、焼かなくてはならないのよ!」
【さぁ? どうしてでしょうねww】
「…………」
しばらく考えた後、エリザが出した結論は。
『陰ながら見守ろう』 ということだった。
「それもこれも…… ヴェリノがバカだから悪いのですわ」
なんでもする、とか
「本っ当に、世話が焼けるんだから!」
―― そんなエリザに、
そんなわけで、夜9時ちょうどにログインし、待ち合わせ場所に向かったエリザであったが、しかし ―― エントランスには、すでにふたりの姿はなく。
「もう、行ってしまったのかしら!?」
ヤキモキと周囲を見回していたとき。寮の外の道から、ヴェリノの悲鳴が聞こえたのである。
だが、エリザが駆けつけてみると、ヴェリノの姿もサクラの姿もすでに見えなかった(冒頭)。
―― べっ、別に! さびしくなんて、ありませんことよ!
「サクラったら……! 転移魔術を使ったのね!?」
地面に描かれたサークルの跡から、そう推測するエリザ。
杖をハンドバッグから取り出し、構えて呪文を唱える。
『
我が杖に力を与えたまえ、
風が四方からエリザに巻き付くようにして吹き、渦を作る。
同時に、杖が変形する ―― 大きな、翼の形に。
「行くわよ、アルフレッド!」
エリザはパピヨン犬を肩に乗せ、夜空へと舞い上がった。
☆☆★★☆☆
【ヴェリノ視点・一人称】
内臓まで
俺は、固い床の上にいた。天井はドームになっていて、周辺にぐるりと山や街のシルエットが浮かび上がっている。
……そして、重い。ついでに、もっちゃりと柔らかくて、温かくて、もふもふしている……
「チロル……
「ええと? サクラ? それから
重いはずだ。1人と2匹が乗っかってるんだから。
そして、これが事故であることは誰の目にも明白だ。
たとえ、手に余る程度の好みな大きさの、サクラのアレが、俺の太ももをムニッと圧迫していようとも……
それは、断じて、俺のせいではない。
(俺の大事な俺が、ここに無くて良かった……!)
女子にしかなれないゲームにしといてくれた、ばあちゃんには感謝だな……!
「おい、サクラ! 大丈夫か?」
「はい、心配ありません」
サクラは素早く立ち上がり、ぼんやり光るスカートを軽くはらった。サクラの手の動きにあわせて、ふんわりした布に虹が現れては消えていく…… こういうときのために作られたスカートなのかな!?
「失敗しなくて、良かったです」
「それ、失敗してたらどうなってたんだ……」
「ぅおんっ……」
チロルが俺の胸に乗っかったまま、パタパタと尻尾を振る。
【失敗すると、HP・MPがゼロになって、自動ログアウトするだけですよww】
「地味に嫌だな……!」
【wwww】
チロルがやっと、俺のうえから降りてくれる。
俺は立ちあがり、まわりを見回した。
―― 円形の建物。床は、夜空を思わせる色のタイルが敷きつめられ、星座盤のような模様が描いてある。
「ここが天文台か……?」
「はい。素敵でしょ?」
「うん! 建物じたいが、宇宙から一部運んできた、みたいな」
「言えてますね」
サクラ、嬉しそうだな。
「ここ、昼にはプラネタリウムの上映をしていて、夜は屋上で星空が観測できるんです」
「プラネタリウム……?」
「星空の映像を写して、星についての解説をしてくれます」
ふんわりと微笑むサクラ。
チロルが俺の上から跳び降り、わうん、と鳴いた。
【デートスポットとしてもオススメですww】
ということは…… もしNPCの誰かに誘われたら、絶対お断りしなきゃ! ってことだな……!
せっかくだから屋上に行こう、ということになり、俺たちは連れだって階段へ向かう。
階段…… けっこう長いな。
のぼってものぼっても、まだ続く…… これぞ永遠の螺旋、とか厨2っぽくキメちゃえそうなくらいに……
「…… ここ…… さっきみたいに、転移魔法…… 使えないの?」
「あっ、すみません……」
サクラがモジモジ下を向く。
「MPが、つきちゃいまして」
「あっ、そりゃそっか…… 無理言ってごめん!」
「いえ…… わたしも、はしゃいじゃって」
「えっ、それって……」
ドキン。俺の心臓が、ちょっとだけスキップした。
いや、わかってるよ? そんな意味でサクラが言ってない、ってことは!
だけど、だけど、なんか嬉しいなー! 俺と会って、はしゃいんでくれたんだって、サクラ!
俺たち 『友だち以上』 だったら…… だったら…… えーと…… どうしよう?
「あっ、そ、そうだ……!」
微妙な雰囲気 (意識してるの俺だけかな?) を払おうと、俺は話題を変えることにした。
ちょっとわざとらしいかな……?
でも、もともと、このためのデート、違う、お散歩だしな!
「エリザにフリスビーのお礼! なにかしたいなって、思ってて!」
「あ、そうですね…… なにか、喜んでもらえるものがあれば、いいんですけど……」
「そのまえに、ツンデレを発揮しつつも受け取ってもらえそうなものがな……!」
「そうですよね」
―― それから俺たちは、エリザへのお礼について話し合いながら、天文台の屋上までの階段をひたすら、のぼったのだった。