「待ち合わせ、わたしの部屋にしましょうか?」 と、サクラは言った。
『イイネ!』 を心のなかで500回押しながらも、丁重にお断りした俺・もちろん童○。
はぁぁぁ…… 女の子の部屋くらい、平気で行けるメンタルが欲しい! せっかく、外見は女の子になってるんだし!
この街は夜は、運河近くの酒場くらいしか開いてる店がない、って設定もあるんだし!
(だから、夜に会うときは、部屋が普通らしい)
―― 設定を活かす勇気がない俺は、きっと、内面も女子らしくならなければならないんだろうな……
いつかは、サクラの部屋にも余裕で行けるようになりますように (
そんなわけで ――
サクラとの待ち合わせはエントランスの大時計の前になった。
一緒に夜の街を散歩することになったからだ。
俺は、夜の9時5分前にログイン。
チロルと一緒に、サクラとの待ち合わせ場所に行く。
「ヴェリノさん、こんばんは!」
―― しん、として
大時計の前では、サクラと
「サクラー! わざわざありがとうな!」
「いえ、いいですよ。わたしも、ヴェリノさんとお話してみたかったので」
ふんわり微笑むサクラは、昼とは違うドレスを着ていた。
ぼんやりと発光する薄手の白い生地。動くと膝丈のスカートに虹色が浮かんでは消える。
……いかにも 『魔法の国のドレス』 って感じだな!
「サクラはおしゃれさんだなー!」
「似合いますか?」
「うんうん! 似合ってるよ! すごく!」
「ありがとうございます」
嬉しそうなサクラ、かわいい。
「じゃあ、行きましょうか」
大時計の中の小人が時刻を知らせてくれるのだそうで、試しに1人つまんでポケットに入れ、サクラと連れだって寮の外に出た。
「うっわー! 月! ほんものだ!」
動画では観たことがあるし、核戦争後しばらく動いていた人工衛星が残した記録写真なんかもあるけど。
本物は…… 意外と、ちっちゃく見えるんだなー。親指の先で隠れちゃうくらいの大きさだ。
サクラがクスクスと笑った。
「ゲームの中ですけどね」
「それは言わない約束!」
言いながらも、目はつい、夜空に向いてしまう。
「おおっ、俺たちが動くと月も一緒に動いてるぞ!」
すごいなー。家のプロジェクターとかじゃ、こうはならない。
これだけでも、夜の散歩、成功だね!
「せっかくなので、天文台に行ってみます?」
サクラが提案するが、確か天文台って……山の上なんじゃ。
「今から行くのか?」
「私、転移魔術使えるので」
おおっ!?
すごいじゃないか、サクラ!
「エリザも、まだ使えない、って言ってたぞ!?」
「エリザさんは、あえて授業、とらなかったんじゃないでしょうか」
サクラによると、わざわざ苦労して転移魔術を使えるようになるよりは、『移動そのものを楽しみたい』 人は多いらしい。
なるほど…… たしかに、潮干狩りの時エリザと汽車に乗って弁当食べたの、楽しかったもんな!
余裕ができたら俺も、船や馬車、自動車にも乗ってみたいし……
うん。転移魔術、まじでいらんかも。
「サクラは、どうして転移魔術を?」
「いつか砂漠に行くときのために…… 1周目ではそこまで外出レベルが上がらなかったんですけど、2周目では行ければいいな、と思います」
「『旅人』 目指すの?」
「いえ…… でも、行ってみたくないですか?」
「砂漠かあ…… 行ってみたく…… あるかも」
俺が海に行ってみたかった感じで、サクラは砂漠が見てみたいのかな? にしても、転移魔術まで学ぶって、かなり本気。
サクラをそこまでさせる砂漠の魅力とは…… うん、気になる!
「うん、サクラが行きたいなら、俺も行きたい!」
サクラが、くすっと笑った。
俺たちは、煉瓦のしかれた道をおしゃべりしながら、歩く。
この散歩、本来の目的は、エリザへのお礼を一緒に考えるためだったんだけど…… おしゃべりが普通に楽しくて、全然、切り出せない。
ま、いっか。夜は長いんだし!
しばらく行くと、脇にベンチのあるちょっとした空き地があった。
サクラが足を止め、つられて俺も立ち止まる。
「この辺にしましょうか」
サクラがポシェットから杖を取り出し、俺たちの周りの地面にサークルを描く。
夜でもわかる、うっすらと光る
始めと終わりが繋がった瞬間、光はより強く、俺たちを照らしだした。
サクラの柔らかい声が、何やら難しい言葉を唱える。
『時と空間を統べる大いなる
我ここに夢幻の扉を開く
無限なる行く先より
定めさせたまえ唯一の道を』
これ覚えるのも、大変そうだ……
サクラの詠唱に合わせて、トイプードルの
かっこいいな!
けど、ここまでしなくても、もっとシンプルでもいいんじゃ……?
俺はチロルに聞いてみた。
「なんで簡単に 『転移!』 とかじゃダメなの?」
【AIは人の思念までは読めませんのでw 『イメージ』 でなく 『この魔法を使いますよ』 という明確な言語化が必要なんですww それをゲームの世界設定にあわせて、厨2っぽくww】
「そっかぁ…… なるほど」
イメージだけで魔法が使えるなら、俺がログイン時に 『マジカル・ミラクル・はじまるよっ』 なんて言わなくても済むもんな。
―― けど。
サクラの呪文詠唱がまだ続いてるのは、さすがに長すぎなんじゃ?
「もっと短くしても、良くない?」
【それは開発サイドに言ってあげてくださいww】
「おおう…… 供給サイドの闇が深い」
【そんなことはww】
俺たちがコソコソ喋っている間にも、サクラは呪文を唱え続けてくれていた。
(ありがとう、サクラ)
『……空に近き地、
天の
我らを導け……』
サクラが杖を天に掲げ、高らかに
『
次の瞬間、白い光が俺たちを包みこむ…… そして……
「うぇっ!?」
な、なんだ!? この、上の方に引っ張りあげられるような、下に突き落とされるような、めちゃくちゃな感覚は……!
「ぅぎゃぁぁぁぁ!」
俺は、ぐるぐると高速で回転しつつ、どこかへと引きずられていったのだった。
サクラは…… 大丈夫なのかな?