午後4時、10分前。
ランチのあとリアルに戻って昼飯をかっこみ、学校のカリキュラムと宿題をこなしたら、この時間になった。急いだのになー。時間、3倍ほしい。
『ミラクル・マジカル・はじまるよっ』
恥ずかしい振りつきのログインワードを急いで唱え、VRゲーム 『マジカル・ブリリアント・ファンタジー』 にログインすると、チロルがしっぽをふりふり、お出迎えしてくれた。
【お帰りなさいwwww】
「おぅっ! ただいま!」
チロルを抱っこして、ぐるぐる回る。もふもふだ……
「きゅぅぅぅん……」
【あ。私、犬ですので……ww そういうのは苦手なんですww】
「そうなのか? スマン!」
そっか、犬って、回るの苦手なんだ…… 初めて知った。
俺はチロルを、豪華な感じのカーペットの上にそっと置いた。
「そうだ、チロル。俺、今から謝る練習するから、見てアドバイスしてくれよ!」
【謝る練習ですか?】
「ほら、ランチ! 俺、サクラのイベントを壊しちゃっただろ?」
【本人、嬉しそうでしたがww】
「いや、そんなの、わかんないだろ? やっぱり謝るのが基本だよな、って思ったんだ」
サクラのイベントを気づかず壊しちゃった、って聞いて、俺はいろいろ考えた。ゲーム最初からやりなおそうかとか、学生以外の職業に転身しようかとか……
けど、まずは謝るのが先だよな。
「じゃ、みててな、チロル! ばーちゃんからの直伝 『ひたすら頭をさげる姿勢』 だ!」
俺はピシッと気をつけの姿勢のまま、身体を90度に折り曲げる。
―― 昼飯のときにばーちゃんに教えてもらった姿勢だ。
ばーちゃんが子供の頃は、地上に住んでいて、他人ともしょっちゅう顔を合わせてた。
その頃は、人に嫌な思いをさせないために、身体の動きや座り方、姿勢なんかも大事だとされていたらしい。
―― でも、頭を深く下げると謝っているしるし、だなんて誰が決めたんだろうな?
ばーちゃんは 「これが普通」 みたいな感じだったし、アニメでも見たことあるけど…… サクラには通じるのかなー?
考えれば考えるほど、不安だ。
ええい!
まずは、行動あるのみ!
俺は、下を向いた姿勢のまま、チロルにきく。
「これで、あってる?」
【きっちり90度曲げなくても、できるだけ深く、で良いですよ。それより背筋をまっすぐww】
お、チロルもなんだか良く知ってるな!
【しっかりと相手の目を見て、謝罪の言葉を伝えてから、頭をさげます。相手から 「頭を上げて」 と言われたら、ゆっくりと上げて……】
「相手が言ってくれなかったら!?」
【さぁww ログアウトまで、そのままじゃないんですかww】
チロル…… 大事なところで適当になるなよな……っ!
「もういっかい練習するぞ!
『さっきは本当に悪かった! ごめんなさい!』」
姿勢に気をつけつつも勢い良く頭を下げて…… ……ん?
ぷに。
……なんか今、頭の先が柔らかいものにぶつかった、ような?
柔らかいが柔らかすぎず、気持ちの良い弾力と温もりをもって、かすかに息づく…… こ、これは、もしや……っ!?
驚きで固まってしまう一方で、期待感に、胸が踊る。
もっと固まっていたい!
ついでに気を失いかけて、クラッと倒れたりしないのかなー、俺!
そしたら…… そしたら……
あの柔らかいのに顔ごと埋もれられるのに……っ!
だがしかし。俺が勇ましいのは、妄想の中でだけだった。
「だぁぁぁっ、すすす、スマン! エリザ! わざとじゃないんだ!」
あわてて一歩退き、覚えたばかりの最敬礼。
「ふっ…… このあたくしが、その程度の事故で、その辺の小娘のように顔を赤くして騒ぎ立てたりすると、お思い!?」
「いえ思いません、スミマセンっ!」
今エリザの頬がいつもより赤い気がするのは、きっと気のせいなんだろう。
だって、単にログインしてきたタイミングでぶつかっただけの、ただの事故だし……な!
「だったら、そのようにみっともなくヘコヘコするのではなくってよ! 見苦しい」
……がーん。
練習したのに、ダメ出しされてしまった……!
エリザは身をかがめ、パピヨン犬のアルフレッドを拾いあげた。
「それ、サクラに謝るために練習していたのよね?」
「おお。なんか、
「ふっ…… ム ダ ね ! お や め !」
「えっ、そんなことは無いだろ!」
エリザは良いヤツなんだが、そういうところがあるからなー。
「悪いことしちゃったら、わざとじゃなくてもゴメンナサイだろ?」
「あたくし、そういうのキライ。謝れば許してもらえる、みたいな
うっ…… そういうこと言われると、なぁ……
エリザは扇で口元を隠しつつ、俺に見下し目線をキメた。
「そもそも、サクラは損はしてないし」
「えっ、そうなのか?」
「あなた、あたくしたちを王子とのランチに誘ったでしょ」
エリザの説明によると、それで王子とのランチイベントが発生したことになり…… 俺、エリザ、サクラの全員にポイントが入ったのだという。
「おおおっ……そうか! やったぁっ!」
俺は感激してエリザの手をとった。
今、わかった!
エリザはきっと、俺のフォローをしてくれようとして、サクラをランチに誘ったんだな!
やっぱり、めちゃくちゃ良い子じゃないかー!!
「エリザ! どうもありがとうな!!」
エリザの手をにぎったまま、胸ギリギリまで深くお辞儀する。
この感謝、なんとかして伝えたい!!
「もー俺、エリザのためなら何でもするっ!」
「ち、ちょっ、ばっ……!」
変な声とともに、つないだ手が振り払われ、どん、と突き飛ばされる。
……胸ギリギリまで行きすぎたかな……?
「誤解よ誤解! あたくしはっ! 別に、何も! してませんからねっ!」
力一杯に自身の善行を否定し、ついでに 「何でもする、だなんて言わない方が良くってよ!」 と忠告までしてくれる、その頬は、今度こそはっきりと赤くなっている。
いいやつで、照れ屋さんで、しかも奥ゆかしい…… まるで正義のヒーローみたいだな、エリザ!
「何でもする、だなんて誰にでも言うわけないだろ?」
心配かけたらいけないから、言っといてやらないとな。
俺だって、ちゃんと人を見てるんだ、ってことを!
「エリザだからだって」
「う……っ。ふんっ! でで、では覚えといてあげるわ! そしていつか、アゴで便利に使って差し上げてよ! 後悔しても遅いわよ? なんでもするんでしょ、おーほほほほ!」
エリザは偉そうに胸を張り、扇の陰で高笑いしたのだった。
エリザ…… どんなふうに使ってくれるつもりだろうな? (わくわく)