エリザには、『
ルームメイトのヴェリノの予想外の行動でイベントが狂ってしまった今、取るべき行動はただひとつ、であった。
すなわち。
まず、腰に手を当ててアゴをツン、と反らし、次に。
「ご、ご機嫌
そして、一気にまくし立てる。
「ただの気まぐれで、親切心なんて全く無いから誤解しないでいただきたいのだけれど、あたくしのランチに付き合わせてあげるわ? ありがたく、おこぼれを頂戴なさい!」
「え、そ、そんな……恐れ多いです……っ」
……つまりは、王子とヴェリノとのランチイベントに無理にでも割り込み、王子の
「このあたくしの申し出を断ることなど、許しませんわ!」
閉じた扇で、ずずいっ、とサクラのアゴを持ち上げるエリザ。
サクラが顔を赤くし、全身をぷるぷると震わせているのが、爆笑を抑えようとしているためだとは、気づいていないようだ。
「は、はい……お言葉に甘えて……」
「よろしい。いやしいメス犬は、おとなしくついてくるのがお似合いね! おほほほほほっ!」
……こうしてふたりは、ヴェリノと王子たちよりひと足早く、VIPルームに足を踏み入れたのだった。
※※※※※
「さぁ、サクラ! 貧乏人らしく、好きなモノを図々しく頼むといいわ!」
「あの、いえ……サンドウィッチがあるので……」
「まぁ! このあたくしの
中央の噴水が細やかにマイナスイオンを発する、せせらぎも清々しい小川。
VIPルームならではの癒しに満ちた雰囲気のなか、繰り出されるのは尽きぬ高飛車発言である。
「…………そ、そんなワケでは……っ!」
顔を赤くして、うつむくサクラ。
そのさまは、いかにも庇護欲をそそるヒロインである……
が、しかし、その内心は。
(んんんん……っ! これは……っ! かわいすぎる……っ!)
今や、悶え死に寸前であった。
(ツンデレ感がたまらない……っ♡ あああ…… もっと上手につつきまくって、いろんな反応を引き出してみたいっ)
サクラのなかで、エリザへの友情値はとどまるところを知らない…… 半分以上は単に面白がっているだけなのを 『友情』 といえれば、だが。
(まず手始めに、こんなのはどうかな?)
サクラは、モジモジと上目遣いにエリザを見つめてみた。
参考はリアルの弟妹たちが叱られたときの態度である。悪いことしてるのは弟妹たちのはずなのに、これをされるとなぜか罪悪感が刺激されるのだ……
「あ……じゃ、じゃあ……」
「な、なんですの……! その穴から目を出すジョーフィッシュみたいな態度……! 卑屈すぎて、イライラしますわっ」
エリザは慌てたように扇で顔を隠した。
(動揺してる…… のに、まだ頑張って悪役令嬢してくれてる! やっぱりいい人ね、エリザさん……!)
思わず上がってしまいそうになる口角を必死でさげる、サクラ。
面白がっていると、知られてはいけない。知ったら、エリザみたいな真面目タイプはキレそうだ。
「あの、エリザさま…… サンドウィッチ、たくさんあるので…… 半分コ、してくれませんか……?」
「はっ、はぅ……っ! コホン。いえ、なんでもなくってよ!」
すーはー、深呼吸するエリザ。
「このあたくしに 『半分コ』 ですって!?」
「ええ…… それから、エリザさまが頼まれたものも、半分コしていただければ、わたし、それで……じゅうぶん、です……」
「はっ、はっ…… 『半分コ』 ですって? ずずず、図々しくってよ! 『半分コ』 だなんて……!」
「え…… いけませんか? ごめんなさい……」
うつむき、肩を震わせるサクラ。
(『半分コ』 の効果すごい! きっと一人っ子ね……)
サクラは笑いを必死でこらえているだけだが、エリザからすると 『そんなにショックだった?』 と
「べっ別に! いけないだなんて、言っていなくてよ! ただ 『半分コ』 だなんて、そこまで! あたくしたち、仲が良いわけではっ……」
「ええ?」
サクラは不思議そうに聞き返す。
「わたしたち、友だちじゃ、ないんですか……?」
「ぅいいいい
(楽しい反応キタ……! もうやめられないかも、これ…… 王子たちより3倍は面白いー!)
サクラの攻略対象が、王子から
AIたちからのチヤホヤより、生身の人間のツンデレである。
「じゃあ、あの……! 今から、なってもらえませんか……? 『友だち』 に……!」
「図々しくってよ! このあたくしがあなたと、とととと 『友だち』 なんて! 百万年早くってよ!」
「じゃあ 『友だち候補』 でお願いします!」
「!!!!!」
ついに扇の陰に完全避難したエリザに、サクラは対王子用の 『はにかみつつも、とびきりの明るい』 笑顔を向けたのだった。
―― ヴェリノが 「ここの魚とってもいい!?」 などとすっとぼけたことを言いながら、王子とともにやってくる、ほんの少し前の、出来事である ――