500マルで買ったサンドウィッチと飲み物のセットをテーブルに置き、サクラは掛け心地の良いウッドチェアにゆったりと座った。
―― 庶民ヒロインに許される学食でのひとときは、サクラにとっては普通に癒しだ。
リアルに戻れば、働いてる両親に代わっての弟妹たちの世話が待っているがゆえに。
窓の外は、溢れんばかりの緑と青空 ―― リアルの地下生活では、あり得ない景色を楽しみつつ、サクラは紅茶を口に含み、ほぅっと息をつく。
(あー気持ちいい…… おひとりさま、ばんざい!)
そのとき。
「あら、おひとりで食事? お寂しいこと!」
イヤミったらしさを装ったソプラノの声が、サクラの頭上から注いできた。
(きゃあっ、エリザさん! なんて律儀なのかしら…… 素敵悪役令嬢、大好き!)
そう。じつはサクラは、この 『
プライドが高くて曲がったことが嫌いですごく真面目。
そんな性格が透けて見えるのに 『あたくし、上手に意地悪ができているのよ!』 と信じこんでそうなところが、可愛い。
―― ゲーム2周目。サクラがMPLプレイを選択したのは、単純にNPCの反応に飽きたからだ。
NPCのイケメンヒーローたちは確かに、彼女を庇護してくれるし、甘い夢も見せてくれる。
だがゲームも2周目になれば、「どこでどういう反応がくるか」 は大体、予測できるようになってきてしまう。
この 『マジカル・ブリリアント・ファンタジー』 は、 『日常系』 を謳うだけあり、自由度は高い。
しかしそのぶん、NPCとの恋愛ストーリーは最低限しか用意されておらず、単純そのものだったのだ。
―― 2周目も同じようにプレイするのは、ちょっと退屈。
MPLプレイを選択したのも、サクラにとっては当然の流れといえよう。
不測要素はもちろん、悪役令嬢が悪役令嬢してないのも大歓迎。
どんな 『悪役令嬢』 がきたところで、NPCの決まりきった言動に飽きたサクラにとっては、刺激的になるはず…… と考えていたのだ。しかし。
『サクラ・C・R』 に配された悪役令嬢 『エリザ・テイラー』 は、完璧に 『悪役』 でありすぎた。
無視や悪口などは序のくち。通りすがりには必ず足をひっかけ、ぶつかり、階段から突き落としてくる (ただしゲームゆえに痛みも怪我もない)。
最初は 『もしや手違いでNPCがきたのでは?』 と疑っていたサクラだが……
それなりに付き合いを深めていくうち、エリザが、その生真面目さとプライドから 『完璧な悪役令嬢』 をやろうとしているのだと気づいてからは。
もう、その言動のいちいちがおかしくて、たまらない。
いまも、わざわざ絡んできたのは、新人プレイヤーの 『ヴェリノ・ブラック』 が無自覚に、ヒロインのイベントを奪ってしまったのを気にしているからだろう……
(なんて真面目でいいひと!)
そんなサクラの内心も知らず、エリザは扇を口もとに当て、ビシリ、と見下し目線を決める。
「あら失礼。あなたのような、しみったれて、見えない程におとなしいかた…… 一緒にランチするお友達など、いなくて当然でしたわね!」
サクラは立ち上がってカーテシーをとった。おどおどとした口調で尋ねる。
「あ、あの…… いったい、どういったご用でしょうか」
「ふんっ…… そのようなこと、いちいち聞かねばわからないなんて。本当に、愚かなかた!」
「もっ、申し訳、ありません…… で、ですが……」
「ふっ…… 口ごたえは、許さなくてよ! 来なさい!」
(わああ! 新しいパターン、ついにきちゃった!)
内心、はしゃぎまくるサクラ。
―― エリザからは熱心に意地悪をされていたが、こうしてお誘いをもらうのは初めてだ。
(これは…… もしかして、ヒロインと悪役令嬢の間に友情が成立することによる、断罪回避パターンかしら?)
サクラは期待で、いっぱいになる ―― だって、最近、エリザの将来が少し心配になってきていたところだったから。
(悪役令嬢を貫きとおすのも素敵だけど、こんないいひとが断罪されるとか、いやだもん……)
もしかしたら、いや、もしかしなくても。
きっと、不測の事態が起こっているのだ。
『ヴェリノ・ブラック』 の登場によって ――
(あの子も面白そうな子だし、きっと、もっと楽しくなるよね、これから……)
「どうしたの? まさか、お耳の具合が悪かったとでもいうのかしら? この、あたくしの命令が聞こえないなんて……!」
「い、いえ! すぐ参ります!」
「ふんっ、当然でしてよ!」