新参者のルームメイト、ヴェリノのおかげで予想以上の波乱があった、企画会議のあと ――
ヴェリノがエルリック王子に声を掛けられているのを横目に、エリザは急いで…… 急いでいるとは見られぬように急いで、さりげなく、サクラの後を追った。
【あなたが気にする必要はないのでは?】
腕の中から冷静に意見してくるのは、エリザのガイド。蝶の羽のように広がる耳に、こぼれ落ちそうな丸い瞳、そして長い毛を持つパピヨン犬である。
かのマリーアントワネットも愛したという小柄なモフモフ犬は今、大きな瞳で無邪気に外界を観察している……かのように、見える。
が、エリザの脳内には、彼のソフトな
【たとえ王子がヴェリノさんに行こうと、
「……サクラは?」
もともと、彼女のものだったはずのイベントが、ヴェリノにかっさらわれてしまったのである。
このままでは、サクラは嫌がらせされ損ではないか。
「気になんか、してないのよ!」
なんとなく、
「ただ、嫌がらせさせてもらってるんだから、失敗した時はそれなりのフォローが必要なはずでしょう」
【サクラさんも、不測の事態は了承済みで
パピヨン犬が真っ白なしっぽでふさふさとエリザの胸を撫でた。
【利用規約の範囲内でしたら、お好きになさってください】
「ええ。もちろん、そうさせていただくわ!」
悪役令嬢の誇りにかけて、と胸に誓う、エリザである。
――― もともと、恋愛ゲームをかなりやりこんできた彼女が、この日常メインのVRゲーム 『マジカル・ブリリアント・ファンタジー』 に手を出したのには、理由があった。
その理由とは、一言で言ってしまえば、 『ヒロインという立場に対する不満』 である。
恋愛ゲームというのは、好みの異性を陥とすことを目的に、その過程を楽しむゲームである。しかし、彼女はそれをすればするほどに、違和感を覚えるようになっていた。
攻略対象を陥とすための基本は、なんといっても 『偶然・必然の両方においてしばしば出会うこと』 及び 『攻略対象の好みの女になりきること』 である。
遭遇率を高めるために必死で攻略対象を追いかけまわし、ちょっとした贈り物はもちろん、髪型から服装、趣味、果ては言動までをも全て攻略対象の好みに合わせる。
また、攻略対象のコンプレックスや悩みに至るまでストーカーのごとくに嗅ぎ回って知り尽くし、ちょっとした機会を利用してはそれを披露して 『心を癒してあげられる』 ことをアピールすることも、非常に大切だ。
(……って、これだけ苦労しなきゃ好きになられないって、どういうこと!?)
しかも、どれだけ苦労しても、重要な分岐でうっかり1つ失敗するだけで、望みのエンドを迎えられないことなど、もはや常識である。
恋愛ゲームとはそういうものである、とわかっていても、疑問は、次第に彼女の胸を渦巻くようになっていった。
(自分自身のままで攻略対象に愛されるゲームがあったっていいじゃないの! どうして仮想の世界で、ここまで他人に媚びへつらわねばならないのよ!?)
―― こうして、一般の恋愛ゲームに対する不満を溜め込んでいた時に彼女が出会ったのが、『マジカル・ブリリアント・ファンタジー』 だった。
このゲームで 『恋愛あり』 のコースを選ぶと、1周目こそは普通のNPCプレイ (ゲームの主要人物は全てNPCであり、自分の立場は 『ヒロイン』 で固定) だが、2周目からはMPLプレイを選択できるようになり、ぐっと自由度が高まるのだ。
この条件は、常日頃から、 (『ヒロイン』 なんて飽きたわよ!) という心の雄叫びを上げていた彼女には、まさに魅力的だった。
(ふんっ…… 『婚約破棄』 に漕ぎついた時点で、こっちから、宣言してあげようじゃない…… 『アナタなど最初から、お呼びじゃないのよ!』 ってね!)
ウェブ上にあふれる恋愛ゲームを次々とやりこむうちに、いつの間にか溜まっていた積年のモヤモヤを、最終的にNPCヒーローに叩きつけることを夢見て。
彼女は、 『エリザ・テイラー』 としての2周目プレイに、破滅エンドを迎える可能性が高く最も実りがないコース 『悪役令嬢・婚約破棄コース』 を選択したのだった。
そして、選択したからには。
「生ぬるく手を抜いてヒロインの立場を奪うような、みっともないマネはしなくてよ!」
と、彼女は考えている。
(思考からお嬢様言葉になっているのは、リアルの地下生活のせいだ。学友に接する機会がオンライン授業しかないため、むしろ好きなマンガやアニメのお嬢様のほうから影響を受けた結果である)
公明正大で誇り高い彼女は、悪役令嬢コースを選択するプレイヤーにしばしば見られる、『悪役』 に徹しきれていない中途半端な態度が大嫌いだった。
『悪役令嬢』 は王族に次ぐ身分と相場が決まっているため、ゲーム内での生活は何もかもが優遇されている。この上に、良い子ぶってヒーローの心をこちらに傾けるようなことをしてしまえば……
庶民か良くても子爵令嬢スタートのヒロインが、割に合わなさすぎるではないか。
『悪役令嬢の断罪回避』 は、優遇された上にヒーローゲットという、単なる良いとこ取りである。これを卑怯と言わずして、何を卑怯と言おう。
――― 悪役上等。その真の美しさは、
「だからね」
エリザは、豊満な胸にぎゅっ、とパピヨン犬を抱きしめ、言い訳を続ける。
「サクラに親切にして良い子ぶろう、ってことではなくて、失敗の落とし前はきちんとつけねば、というだけのことだから!」
【……ですから、利用規約違反さえなければ、別にかまいませんってww】
そうね、とエリザはうなずき、ひとつ深呼吸をすると、学生食堂 (庶民・下級貴族用) の隅に座るサクラの方へと、足を運んだ。