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第13話 学食へ行こう

「では、どうぞお姫様」


 エルリック王子がスマートにひじを差し出す…… なんだこれ。


【学生食堂まで連れて行ってくれるそうです。ひじにつかまってください】


「えっ、俺、ぜんぜん1人で歩けるけどな?」


【タダ飯にありつきたい場合は、つかまってくださいww】


 うーん。意味がわからんけど、ま、いっか!

 俺は、エルリック王子のひじに手を添えてみた。


「をんっ」 チロルが小さく、ほえる。


【恋愛イベント 『王子とランチ』 開始です!】


「へっ? 俺、『恋愛なし』 のコースだったんじゃ」


【ですから、イベントによる好意値の上昇は 『恋愛あり』 の半分です。

 が、イベント自体は要件を満たせば、発生しますww】


「へえ…… って、なるか!」


【開発サイドの都合で、ゲームに過半数女子の夢を詰め込んだ結果、 『恋愛なし』 コースのオリジナルイベントはゼロになったという……ww】


 なんてことをリークするガイドAIなんだ、チロル。

 エルリック王子が爽やかにほほえむ。 (イケメン羨ましい!)


「では、行こうか」


「おう…… あれ? エリザは?」


 いつのまにか、エリザの姿が消えている。


【先に行きましたよww イベントを邪魔しないよう、気を遣ったんでしょう】


「そっかぁ…… エリザと仲直りしたかったのになぁ……」


 残念だったが、しかたないか。

 あとでエリザを探してみよう。



「さあ、ここが学生食堂だよ、ヴェリノ」


 俺は、エルリック王子や取り巻きのNPCと連れだって、学食に入った。


「ぅおおおおお…… 豪華だ…… すごー! オール・木材! そして真ん中には樹木! すごー!」


 リアルの世界でも、核大戦前は木造の家とか家具とか、普通にあったらしい。だけど、核大戦後は、汚染されてない木材というのが、ほぼなくなった。

 いま俺たちが暮らす地下の街では大きな木を育てることもできず、木はいまや、激レア高級素材となっているのだ。


「すごー…… 真ん中の、木の葉っぱがちらちら光ってゆれる感じとか…… テーブルと椅子の、ナチュラルな木目とか優しい色合いとか…… はぁぁ…… 癒される…… 幸せ……」


「ははっ、喜んでもらえて、なによりだよ」


 食堂の奥、かっこいい紋章のついたドアの前で、俺たちは足を止めた。

 エルリックが手をかざすと、重たそうなドアが静かに開く。


「さあ、どうぞ、レディ」


「えっ…… あっちで、みんなと食べるんじゃないのか?」


「そっちが良かった?」


「うん」


 ―― いま案内されてるのが、特別室っぽいのは、理解できる。

 だけど、個室だったら、リアルの家で食べるのと、そんなに変わらなくて。

 どっちかというと、いろんな人がワイワイしてる一般向けのほうが、珍しくて楽しそうなんだよね…… 未練だ。


 学生の女の子たちがおしゃべりしながらランチしてる、和やかな空間をちらちらと振り返っていると。

 エルリック王子に 「ごめんね」 と謝られてしまった。


「こちらが、私たちの専用で…… 今日はもう、料理長がランチの用意をしてくれてしまっているんだ。彼の仕事を無駄には、できないだろう?」


「むう…… たしかに」


 まあ、今回はイベントだし、しかたないよな。

 庶民向けスペースはまた今度にして、いまは王子と取り巻き専用のVIPスペースを探検するか! 


「うわぁぁぁぁ!」


 そこには、別世界が広がっていた。

 全面ガラス張りの窓の外は、まんま 『100年前の貴重映像・熱帯雨林』 だ。

 濃い緑で覆われた森のど真ん中にいる感じ。南国っぽい鮮やかな花が咲き、樹の枝にはめちゃくちゃキレイな色合いの鳥がいる。


 さぁぁぁぁ……


 爽やかな音は、室内。吹き抜けの下の 噴 水 だ ……!

 陽の光そのままに輝く水が、ところどころに虹をつくりながら吹き上げられ、しぶきを散らして降りてくる。

 噴水の落ちる先は、小川だ。

 たくさんのかわいい魚が、せせらぎに尾びれをそよがせている。


「ぅおぉぉぉぉ! これ、つかまえてもいい!?」


「君が望むなら、いくらでも」


 エルリック王子がキラキラエフェクトつきでOKしてくれた。


「よっしゃ! んじゃま、早速!」


 俺が川に入ろうと、靴を脱ぎかけたとき。


「そこの魚は、とれない仕様なのよ!」


 見計らったように、ストップが入った。

 この、高飛車な声は……


「エリザ! よかった、いたー! さっきはメタ発言ごめん!」


 エリザは軽く肩をすくめ、優雅に眉を上げてみせる。


「それ自体がメタ発言だという自覚を持っていただきたいわね?」


「あー! そっか!」


「ふっ。まあ、良くってよ。あたくしもなぜか、ヒロインとこんなことになってしまってますからね……!」


「おっ、サクラも一緒か!」


「はい。エリザさんに誘っていただきました」


「ばばばっ! あ、あたくしは別に!」


 エリザの向かいにいたのは、なんとサクラ。

 ふたりのあいだには、うまそうなサンドウィッチ…… 明らかに分けあってるとしか、見えない。

 エリザ、いまさら取り繕っても無駄だし……

 たしかに、悪役令嬢・ヒロインの立場を考えると、あり得ない光景だけど。別にいいよね!


「仲直りできたんだな! 良かったなー!」


「そんなワケがないでしょう?」


 ツン、とエリザはそっぽを向いた…… テれ屋さんだなぁ、エリザ。

 そして、サクラは嬉しそう。

 やっぱり、ゲーム内の役柄とかいちいち気にするより、みんなで仲良く遊んだほうが、楽しいよね。

 エリザも本当はわかってるから、いまこうなってるんだろうな…… うん、嬉しい!


 俺は、ふたりを誘ってみた。


「これから王子と昼メシなんだ! エリザとサクラも、一緒にどう?」


「ふんっ、どうしてもというなら、付き合ってさしあげなくもないわ!」


「わあ! いいんですか? ありがとうございます」


 エリザもサクラも、嬉しそうだった。

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