目次
ブックマーク
応援する
1
コメント
シェア
通報
第9話 王子とヒロイン、悪役令嬢

 エリザと俺が行く教室は4A。本館4階にある、企画会議室だ ―― たどりつくには、いかにもな正面大階段 (白くて窓からの日差しでキラキラしてる) をひたすら、のぼるしかないそうだ……


「4階って、あと何段のぼればいいの? きっつ……!」


「ふっ……いいダイエットになるでしょう?」


「くぅーん……」 「きゅううん」


 エリザは、息ひとつ切れてない。AIで動いてるペット犬たちも、当然ながら元気いっぱいだ。

 俺だけが参ってるだなんて、なんか悔しいな! ぜえぜえ。


「どうして、エレベーターとかないの? ゲームなのに……」


「健康ですこやかな生活のためよ!」


「そういわれたら、そうだけどさあ……」


「エレベーターやエスカレーターはありませんけれど、 『実践魔術・上級』 で転移魔術は学べましてよ」


 もっともエリザもまだ、その講義は受けたことがないらしい。

 上級の講義も基本はミニゲームのはずだが、初級・中級と段階を踏まなければ受けられない。こういうところは、ご都合主義じゃないんだな。

 できるだけ早めに 『実践魔術』 はマスターすることにしよう。

 そう心に決め、俺は必死に階段を登った。


 4階、階段からすぐの教室が4A ――



 中に入り、俺はまず、のけぞった。


「なんだ、この多種多様なイケメン軍団は!?」


「ほーっほっほっほ! みんな、あたくしの取り巻きでしてよ!」


「まじか!」


 俺の目の前には、キラキラとエフェクトがかかりそうな男子が4人。すみっこのほうに、女子も1人いるな。ピンク髪でかわいい感じ。


「人望厚いんだな、さすが大将! 親分!」


「ちが……っ! 男子は全員、NPCに決まってるでしょ!」


 エリザによると、イベント企画のために同じ時間帯にログインできるユーザーを集めるのは、なかなか難しいらしい。そこで、イベント好きユーザーはNPCを頼るのだそうだ。

 1つのイベントで一緒に参加できるNPCは4人まで。だいたい、悪役令嬢・ヒロイン・男子4人で1グループなのだという。

 恋愛系乙女ゲーム的な要素を楽しみたいユーザーも、このグループ単位を使うことが多いのだとか…… なるほどなー。 


「まずは、王子殿下から」


 エリザが澄ました顔で、彼らNPCたちを紹介し始めた。

 初めは、一番顔の良いヤツからだ。


「エルリック・クレイモア王子! あたくしの婚約者ですわ!」


「えっ、いきなり婚約者!?」


「あたくし、悪役令嬢ですもの! 嫉妬にかられて、他人の恋路を邪魔しまくる役どころなの……」


「大将が? 嘘おっしゃい」


「嘘ではないわ!」


 えー、そうかな?

 エリザみたいな親切な子が、そんなことするとは、思えないんだけど!?

 どっちかというと、恋のアドバイザーとか……

 だがエリザは、物悲しい調子で続ける。完全に、役に入ってるな。面白い子だ。


「王子は、実はあちらのヒロインと恋をしておられて…… あたくしとは単に、政略での婚約に過ぎないのよ!」


「それは王子が悪い!」


「でしょう!? でもあたくしは、王子を愛するがあまり、ヒロインをいじめまくるのですわ……!」


「えーっ、俺、いじめも反対!」


「違うのよ! 『嫉妬した婚約者にいじめまくられる』 という逆境があるからこそ、ヒロインの恋は、甘く切なく輝くのよ」


「気持ち悪っ…… とりあえず、そういうのは運営に報告したほうがいいんじゃない? 俺、しとこうか? ヒロインの子に別のグループに行ってもらえば、よくない? で、NPCの王子も、替えてもらうか浮気しないように調整してもらう!」


「もうっ、わかってないわね! 身分の高い悪役令嬢は、もらえるお小遣いもケタ違いなのよ? あと、悪役令嬢だから、男子の興味ひくことに気を遣わず、好きな服を着て好きなものを食べて好きなことを言えばいいのよ?」


「いや、誰であっても、そうすりゃいいじゃん!」


「もう、わかってないわね! 乙女ゲームでそれしても、相性いいキャラとのルート以外は、よくてノーマルエンド。ヘタするとバッドエンドになってしまうのですわ!」


「いや、だからさ、相性いいキャラとハッピーエンドになればいいじゃん!」


「もう、わかってないわね!」


 3度め 『わかってない』 でた。なんなんだ!?


「と・も・か・く! あたくし、今周は愛も恋もオトコもどーでもいいから、ひたすら、お金に困らず欲しいものを買って、優雅な生活を送ることにしたのですわ!」


「あー、なるほど、それならちょっとわかる!」


「でしょう!? だから、悪役令嬢としては、せっせとヒロインをいじめるのがスジというもの…… 最後は婚約破棄・断罪エンドが待っているのだけれど、その程度で贅沢な生活を捨てられるとおもったら、大間違いよ!」


「えっ、断罪エンドはイヤじゃない!? よくわからないけど、それって、ほぼゲームオーバーってことだろ!?」


「ふっ…… ゲームオーバーがこわくて、悪役令嬢がつとまるものですか!」


 エリザは、おごそかに言い放ったのだった。


「悪役令嬢とは、いわば大金と引き替えにする噛ませ犬役……! その役目、高位貴族の誇りをもって、見事なしとげてみせますわ!」


「おお……」


 なんか知らんが、立派だ。

 俺はエリザに、ぱちぱちと拍手を贈ったのだった。

コメント(0)
この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?