エリザと俺が行く教室は4A。本館4階にある、企画会議室だ ―― たどりつくには、いかにもな正面大階段 (白くて窓からの日差しでキラキラしてる) をひたすら、のぼるしかないそうだ……
「4階って、あと何段のぼればいいの? きっつ……!」
「ふっ……いいダイエットになるでしょう?」
「くぅーん……」 「きゅううん」
エリザは、息ひとつ切れてない。AIで動いてるペット犬たちも、当然ながら元気いっぱいだ。
俺だけが参ってるだなんて、なんか悔しいな! ぜえぜえ。
「どうして、エレベーターとかないの? ゲームなのに……」
「健康ですこやかな生活のためよ!」
「そういわれたら、そうだけどさあ……」
「エレベーターやエスカレーターはありませんけれど、 『実践魔術・上級』 で転移魔術は学べましてよ」
もっともエリザもまだ、その講義は受けたことがないらしい。
上級の講義も基本はミニゲームのはずだが、初級・中級と段階を踏まなければ受けられない。こういうところは、ご都合主義じゃないんだな。
できるだけ早めに 『実践魔術』 はマスターすることにしよう。
そう心に決め、俺は必死に階段を登った。
4階、階段からすぐの教室が4A ――
中に入り、俺はまず、のけぞった。
「なんだ、この多種多様なイケメン軍団は!?」
「ほーっほっほっほ! みんな、あたくしの取り巻きでしてよ!」
「まじか!」
俺の目の前には、キラキラとエフェクトがかかりそうな男子が4人。すみっこのほうに、女子も1人いるな。ピンク髪でかわいい感じ。
「人望厚いんだな、さすが大将! 親分!」
「ちが……っ! 男子は全員、NPCに決まってるでしょ!」
エリザによると、イベント企画のために同じ時間帯にログインできるユーザーを集めるのは、なかなか難しいらしい。そこで、イベント好きユーザーはNPCを頼るのだそうだ。
1つのイベントで一緒に参加できるNPCは4人まで。だいたい、悪役令嬢・ヒロイン・男子4人で1グループなのだという。
恋愛系乙女ゲーム的な要素を楽しみたいユーザーも、このグループ単位を使うことが多いのだとか…… なるほどなー。
「まずは、王子殿下から」
エリザが澄ました顔で、彼らNPCたちを紹介し始めた。
初めは、一番顔の良いヤツからだ。
「エルリック・クレイモア王子! あたくしの婚約者ですわ!」
「えっ、いきなり婚約者!?」
「あたくし、悪役令嬢ですもの! 嫉妬にかられて、他人の恋路を邪魔しまくる役どころなの……」
「大将が? 嘘おっしゃい」
「嘘ではないわ!」
えー、そうかな?
エリザみたいな親切な子が、そんなことするとは、思えないんだけど!?
どっちかというと、恋のアドバイザーとか……
だがエリザは、物悲しい調子で続ける。完全に、役に入ってるな。面白い子だ。
「王子は、実はあちらのヒロインと恋をしておられて…… あたくしとは単に、政略での婚約に過ぎないのよ!」
「それは王子が悪い!」
「でしょう!? でもあたくしは、王子を愛するがあまり、ヒロインをいじめまくるのですわ……!」
「えーっ、俺、いじめも反対!」
「違うのよ! 『嫉妬した婚約者にいじめまくられる』 という逆境があるからこそ、ヒロインの恋は、甘く切なく輝くのよ」
「気持ち悪っ…… とりあえず、そういうのは運営に報告したほうがいいんじゃない? 俺、しとこうか? ヒロインの子に別のグループに行ってもらえば、よくない? で、NPCの王子も、替えてもらうか浮気しないように調整してもらう!」
「もうっ、わかってないわね! 身分の高い悪役令嬢は、もらえるお小遣いもケタ違いなのよ? あと、悪役令嬢だから、男子の興味ひくことに気を遣わず、好きな服を着て好きなものを食べて好きなことを言えばいいのよ?」
「いや、誰であっても、そうすりゃいいじゃん!」
「もう、わかってないわね! 乙女ゲームでそれしても、相性いいキャラとのルート以外は、よくてノーマルエンド。ヘタするとバッドエンドになってしまうのですわ!」
「いや、だからさ、相性いいキャラとハッピーエンドになればいいじゃん!」
「もう、わかってないわね!」
3度め 『わかってない』 でた。なんなんだ!?
「と・も・か・く! あたくし、今周は愛も恋もオトコもどーでもいいから、ひたすら、お金に困らず欲しいものを買って、優雅な生活を送ることにしたのですわ!」
「あー、なるほど、それならちょっとわかる!」
「でしょう!? だから、悪役令嬢としては、せっせとヒロインをいじめるのがスジというもの…… 最後は婚約破棄・断罪エンドが待っているのだけれど、その程度で贅沢な生活を捨てられるとおもったら、大間違いよ!」
「えっ、断罪エンドはイヤじゃない!? よくわからないけど、それって、ほぼゲームオーバーってことだろ!?」
「ふっ…… ゲームオーバーがこわくて、悪役令嬢がつとまるものですか!」
エリザは、おごそかに言い放ったのだった。
「悪役令嬢とは、いわば大金と引き替えにする噛ませ犬役……! その役目、高位貴族の誇りをもって、見事なしとげてみせますわ!」
「おお……」
なんか知らんが、立派だ。
俺はエリザに、ぱちぱちと拍手を贈ったのだった。