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第6話 はじめての海で◯◯しよう

 ざざぁっ…… ざざざざざぁっ……


 小さい飛沫を立てながら寄ってくる波は、すぐに白い泡を残しながら引いていく。

 強い太陽の光 (初めてだ!) ちょっと塩っぽい、濃い感じの風 (初めてだ!) 青いと思ってたら足元は透明だった水 (初めてだ!) 波をバシャバシャやって、はしゃぎまくるペット犬たち (癒される!)

 初めて来た、海 ―― 

 入ってみようかな?

 俺は裸足になり、そっと波打ち際に足を下ろした。


「ひぇっ…… 冷たい!」


「おほほほ! 当然よ! まだ、春ですもの!」


 腰に手をあてて胸をばいーんとそらし、高笑いするエリザ。


「入るのは…… やめとくか」


 俺はもう1度、波を足でつついたあと、こんどは手をつけてみた。


「ううー、やっぱ冷たい! でも気持ちいい!」


 ばあちゃんの買い間違えに文句いわずゲームもらっといて、まじ良かった。

 ばあちゃん、ありがとう……っ!

 ゲーム終わったら、肩叩きくらいはしてあげるね!


「さぁ! 干潮の今がチャンスよ! 潮干狩り、開始 ――!」


 エリザがポテトマッシャーを振り上げて号令をかけた。

 紫色の大きな瞳が、 真 剣 だ ……!


「目標、3kg!」


「了解っす、大将!」


「だから、姫君とお呼び!」


 エリザは長いスカートを器用にからげてしゃがみ、せっせとポテトマッシャーで砂を掘り返し始めた。

 俺も、やってみよっと。

 学生鞄から 『潮干狩り基本セット』 を出し、砂を適当に熊手で引っ掻いてみる。

 なかなか見つからないな?


「貝がらなら、その辺にあるのにな」


「小さな穴が空いているところを、そっと掘るのよ。貝を傷つけないようになさって」


「へえ、物知りだな、大将!」


 砂の上に目を凝らす…… たしかに、それっぽい穴があるような?


 なるべくそっと、熊手で砂を引っかく…… お。なんか、当たった気がする!

 よし! ここにこう、熊手をさしこんで、すくい上げてみよう。

 慎重に、慎重に…… あれ。

 けっこう、難しいぞ…… なかなかすくえない。

 かといって、ガッとやったら刃が貝に当たって、壊れちゃいそうでこわい!

 こうなれば、手を使おう ――


 俺は、手で砂を掘ってみた。湿った砂の感触が、気持ちいい……!


「おおっ! 貝だ! 大きい!」


「それはハマグリね! すごいわ!」


 エリザ、ほめ上手さんだな。悪役令嬢なのに!

 エリザのバケツにも、ハマグリがもう、入ってる。


「エリザのも大きいな! あ、こっちの小さい貝、なに?」


「これはアサリよ。そうそう、キレイな貝殻を見つけたら、それも拾っておくといいわ」


「食べるのか?」


「まさか。売るのよ! 飾り職人が、買い取ってくれるわ」


 『売る』 ―― 衝撃のことばだ。

 乙女ゲーの貴族令嬢って、こんなことまですんのかな?


【日常系ゲームですから。身分の壁を超え、さまざまなことにレッツ・トライ♪】


 わかったよ、チロル。しっぽを振ってるの、かわいい。


「もしかして、貝の目標3kgっていうのも、売るから?」


「もちろん。2.5kgは売りますわよ?」


「そっか…… よし、俺も頑張ろう! 金もーけは正義!」


「まあっ! なんて下品なのかしら!」


 そんな。言い出しっぺはキミだよね、エリザさん。

 ―― でも、実際の話が、稼がなきゃ、あっというまにゲームオーバーだ。

 今回だって、潮干狩りセット、汽車、弁当の代金……と足したら、もう1500マル使っているんだからね。

 俺の小遣い、週に5000マルしかないのに!


「よっし! 俺、5kgは掘る!」


 俺は熊手をかかげ、宣言した


 ―― 数時間後。


「そろそろ終わりにしましょう」


 太陽が西に傾き、潮もかなり満ちてきたころ、エリザが立ち上がった。


「んんんんっ! 腰が、かたまっちゃったわ」


「あっ、それ、わかりすぎる!」


 俺たちは、腰をトントンたたいて、うーん、と伸びをする。

 ずっとしゃがんでいたせいで、腰が固まっちゃったんだよな…… なにげに、こういうのも、初めてだ!


「貝、けっこう、とれたな」


「ふっ…… 初心者にしては運が良かったということね! いつまでも、その幸運が続くと思わないことよ?」


「そっか…… ゲームの初心者ボーナス期間、ってことなのかな」


「そんなことは、あたくしに勝ってから、お言い!」


 ぐっとつきつけられた網には、大きなハマグリがごろごろ入ってる。俺の…… 1.5倍はとってるね!


「すごいなー、エリザ!」


「ふっ、それだけじゃなくてよ! こっちも、ご覧なさい!」


「わあ…… きれいな貝がらが、たくさんだな!?」


 エリザは、飾り職人に売る用の貝殻も、ばっちり拾っていたのだ。

 内側が虹色に光っている巻き貝や、サーモンピンクの薄い花びらみたいな貝……


「桜貝よ。すぐ壊れてしまうから、完璧な形には高値がつくわ!」


「へえ…… こんなにとるなんて、すごいなーまじで!」


「ほほほほ! ボーナスなどアテにしている初心者には、到底できないわね!」


「うん! エリザなら、悪役令嬢やめても、漁師になれる!」


「まっ…… 無礼者!」


 ほめたつもり、なんだけどなー?


 けど 『売った収益は折半よ! 当然よね!?』 って決めつけてくれるところが、やっぱりエリザは親切!

 せめて今日の弁当代くらいは、もうけられたらいいなー。


「じゃ、名残惜しいけど、いくか…… あれ?」


 俺は、周りをきょろきょろ見回した。

 チロル、どこ行った?


「おおーい、チロル! 帰るぞー」


「ああっ!」


 エリザが、ペットのトイプードルを抱っこしようとしていた手を止めた。

 沖のほうを指さす。


「海に流されるAIペット案内犬なんて、聞いたこと、なくってよ ――!」


 気持ちはわかる…… じゃなくて!

 まずは、助けなきゃ!


「チロル!」


 俺は叫んで、走り出した。

 ばしゃばしゃと水をかきわける。チロルにちょっとでも、近づかなきゃ……!

 だけど、水が冷たすぎる。

 くるぶし、ふくらはぎ…… 深くなるにつれて、足がうまく動かなくなってくる。

 (ゲームにここまでのリアリティーは要らないと思う!)


 よし…… こうなったら!


 俺は制服を脱ぎ捨てて、ブラとパンティ1枚の姿になり、息をいっぱいに吸って海に飛び込んだ。


 うっ…… 寒い! 春の海、ナメてたけど、普通に冷たい!

 てか、凍るかも、俺……!

 しかも俺、よく考えたら泳いだことないよ!

 人が泳いでいるのなんて、動画の 『100年前の貴重映像:夏季オリンピック』 くらいでしか見たことないもんね!

 ―― だけど。

 できるはずだし、やるしかない。

 あいつらが浮いてて、俺が浮かないワケがない……っ!


 俺はチロルに向かって、夢中で手足を動かした。


 ふわり、と身体が浮く感覚 ――もしかして。

 これって、泳げてるんじゃあ!?

 水はまだ、死にそうなほど冷たい…… けど、さっきみたいに、悪意をもって底に引きずりこもうとはしてこない!

 逆に、大きなものに抱きかかえられてるみたいだ ――

 よし、落ち着こう、俺。

 泳ぐってよくわからんから、とりあえず、動画で見た水泳選手たちのフォームの真似だ ―― おお!?

 なんか、進んでるよね?

 俺、泳げてるくない?

 いやいや、泳げてますよ、俺 ―― 面白いなー!


 おっと、息が苦しい…… たしか、水面に鼻と口を出すんだったよね。ふぅぅぅっ

 空気があるって、すばらしい!


 ―― ん? でも、なんか、身体が重くなってきたような?


【気をつけてください。HPが、あと2です…… あ。1になったww】


 えっ…… あぶないんじゃん、俺!

 というか、チロルよ。

 海に流されてるのに、緊張感なく職務を果たすな。

 ―― ともかく。もう手をのばせば、チロルに届く。

 濡れてボソボソになった毛皮を、俺はなんとか抱きしめ……

 次の瞬間には、周囲は暗転していた。


【HPがゼロになりました。ゲームオーバーですww HPが回復するまで、ログインできませんwwww】


 最後に聞いたチロルのアナウンスには、がっつり草が生えていた…… え。これ、ひどくない?

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