カンカンカンカン、と踏切が鳴る。ガタゴト、シュシュシュと汽車が近づき、ポーッ、汽笛がのどかな声をあげる。
いろんな音があふれ、春らしいパステルカラーのドレスやワンピースを着た女の子たちが行き来する、ルーンブルク鉄道駅のなか ――
俺はきょろきょろ、周囲を見回していた。
「あれ? 昼メシは?」
「ふんっ、食事の心配ばかりとは、やはり平民ね、いじましいこと! おーほほほほほ!」
気持ち良さそうな、高笑い。
エリザは金髪縦ロールをふぁさりとかきあげて宣言した。
「せっかく海まで行くんですもの。ランチは汽車の中よ!」
なんと…… 汽車で昼メシとは!
もしかして、これは 『旅』 というやつでは?
「さすがですっ! 大将!」
「ほっ、ほほ、ほめてもせいぜい、お弁当をご馳走してあげる程度よ!?」
「それ、気持ちは嬉しいけど、いいよ。俺、自分で弁当、買ってみたい!」
「こっ、このあたくしのオゴりを断るだなんて…… いいわ、覚悟なさいっ!」
覚悟って、なんだろう?
その内容は、1番線のホームで弁当と
「出発しまーす!」
車掌の合図で、ガタンと車体が動き出した。
窓から入る、なんかいい匂いの風が気持ちいい。
ゆるゆると流れていく街の景色を眺めながら、俺たちは弁当を開けた。
俺のはオニギリ弁当、350マル。
お手頃価格だし、つやつやしたごはんの、大きい三角オニギリがめちゃ美味そうだ。竹の皮に包んであるのも、いかにも 『旅』 って感じでいい。
包みをあけて、さっそくオニギリをひとくち。
「……! まーう゛ぇらす……っ!」
口のなかで、ほろりとほどけるごはんの、幸せなかおりと、ほのかな甘味と、『ちょうどいい』 としか言いようのない、塩加減。
ぱりぱりの海苔のうまみと、こうばしいかおりが、ベストマッチ……!
米、最高! 海苔、最高!
現実世界の疑似食品 (プランクトン原料) より、はるかに美味い。
なんだ? このゲームの味覚開発担当さん、神か?
「ふふふふ…… このゲームの本質は、こっちよね…… おーっほほほほ!」
俺の向かいに座るエリザも、ナイフとフォークを両手にかまえて、満足そうに笑ってる。
「なんだ? オシャレで高級そうだな、エリザの弁当」
「ふっ…… これは、旧世界の誇る食遺産! 高級フレンチ懐石弁当でしてよ!」
「おおっ、なんか知らんがすごい!」
「ふふっ…… 悪役令嬢たるもの、と・う・ぜ・ん、ですわっ!
こちらから、季節の野菜のエチュベ、エスカルゴのブルゴーニュ風、舌平目のムニエル。そして、鴨のロティ・オレンジソース添え。デザートは、ガトーショコラ・アイスクリーム添え…… ほーほほほほほ! 羨ましいでしょ!?」
「美味そうだなー!」
「平民には手の届かないランチ、せいぜい吠え面かいて悔しがるがいいわ!」
「うーん…… そこまで悔しくは…… こっちのオニギリも、めちゃくちゃイケてるし」
「ふっ…… これだから貧乏人は。お裾分けするから、せいぜい悔しがりなさい! 羨ましがりなさい!」
エリザが俺の竹の皮のうえに、豪華なおかずを半分コで並べていく。
「エスカルゴ、鴨のロティ! デザートもしっかりお食べ! この所持金5000マル以下の初心者が――!」
「大将が、いい人すぎる……!」
「なななな、なぜ、そうなるのかしらぁ!? あたくしは、立派な悪役令嬢たるべく、他人を踏みつけ嘲笑って我が道を直進するのよっ!?」
そのこだわり、よくわからん。
「じゃ、ま、あざます! いただきます!」
まずは、エスカルゴ。
「こ、これは……」
「ふふふふ…… 庶民が口にしたことのない味でしょう?」
もちろん食べたことないし、エリザのドヤ顔も 『ごもっとも!』 としか思えない。
―― アツアツの貝にとろりと濃いバターが絡まり、そこに、食欲をそそるパセリとニンニクのほのかな匂いが絶妙にミックス……
「貝とバターのミラクルハーモニィィィっ!」
「ほーほほほほ! わかったわね、格の違いが!」
「いやいやいや、もーめっちゃわかりましたよ、大将!」
「だからそこは姫君とお呼びっ!」
さて、次は 『鴨のロティ』 だな……
エスカルゴが美味かっただけに、期待が増しちゃうのがこわい!
期待より美味しくなかったら、どうしよう……!?
おそるおそる口に運んで、俺は昇天した。
―― 肉の味をひきしめ、引き立てる、まろやかでスパイシーな粗びき胡椒。ぎゅっと旨味が込められているのに下品にならないのは、甘酸っぱくて良い香りのオレンジソースのおかげか……
めちゃくちゃ良いもの食べてる感しか、しない ――
「ちょっと!? どうしたのよ、急に!?」
「…… 俺はこれから、一切の期待を捨てることにする」
「えええ? うそでしょ!? そんなに、口に合わなかったの!?」
「いや、逆…… 俺の貧困な想像力で、このゲームの料理に期待するとかなんとか、おこがましいにも程があると、さとった……」
「まあ…… っ、そっ、そうね! やっと貧乏人と認めたわね! この平民が! おーほほほほほ!」
「うんうん、俺、めっちゃ庶民!」
「そこは羨ましがりなさいよ!」
いや、そこは…… なんだかんだ言って、シャケのオニギリも最高なんで。
ひたすら 『美味い!』 『ザ・美味いすと・オブ・美味い!』 と繰り返しながら、お裾分けしてもらったおかずとデザートを食べているうち。
畑や牧場が広がるのどかな景色を過ぎ、またもうひとつ、街を経た。
「海だ! 街の向こうに、海があるー!」
「まったく、その程度で、はしゃぐだなんて……」
「えー! ここは、はしゃぐべきでしょ!? ここで楽しまないなんて、人生、半分損してるくない!?」
「……っ! まったく。これだから、初心者の庶民の貧乏人は……!」
つん、とそっぽを向くエリザの金髪縦ロールを、あけはなった窓から入った不思議なにおいのする風が、揺らした。
「海~、次は海~」
車掌のアナウンスがあってしばらく。
ガタンガタン、と車体が大きく揺れて、汽車が止まった。
どうやら、到着のようだ。
カバンとチロルを抱えて、駅に降りる。
線路の向こうすぐに、砂浜が広がっていて、その向こうに、青い水平線があった。
やたらと耳に響くような、包みこむような、波の音。
ざぁぁぁっと白い泡をたてながら寄せて、また、ざぁぁぁっと黒い跡を残して退いていくのが、駅からでも見える…… すごい。
はやく、あれにさわってみたいな!?
「よっしゃ、いこう!」
「ちょっと、待ちなさいよ!?」
「どっちが先につくか、競争!」
「そんなの、ドレスより制服が有利じゃない! 待ちなさい!」
俺は、振り返らずに走った。
エリザだったら、絶対に追いかけてきてくれるよね…… たぶん。