「よし、まずは昼メシだな! 学校って、たしか 『学食』 ってのがあるんだよな? アニメで見たことある!」
「あなた、ゲームのヘッドフォンが壊れてるのではなくて? それとも、壊れてるのは記憶力かしら? あたくしがさっき、教えてあげたわよね?」
「あっ…… 今日は 『学食』 休みかあ…… 残念!」
エリザによると、土曜日と日曜日は学校も食堂も休みならしい。
学生たちは街に出て食事したり、寮の簡易キッチンで料理したりするんだそうだ。
「じゃあ、街かあ…… 美味い店、あるかな!?」
「ふっ…… あたくし、忙しいの」
「うん、じゃあ、バイバイ、エリザ!」
「無礼者! 最後までお聞き!」
もうログアウトするのかと手を振ったら、エリザはツンと横を向いた。
「あたくし忙しいのだけれど、右も左もわかってない初心者ルームメイトが空腹で倒れて、いきなりゲームオーバーになっても、迷惑なのよね」
「いやあ…… さすがに、なんとかなるかと」
「だから! 街の美味しいお店を教えてあげても、よくってよ!」
おお…… 長たらしい前置きで散々、上からディスってくると思ってたら…… テれてたのか!
面白い子がルームメイトになったなあ!
「あざまっす、大将!」
「だから、姫君とお呼び!」
しかもちょっと可愛い。
―― そんなわけで、街に出た。
「うっわー! すごいな!」
赤レンガの道、赤い屋根のついた白い建物、ひときわ目立つ丸いドーム。家々の窓を彩る花。
こういう街、 『百年前の貴重映像シリーズ:ヨーロッパの旅』 の動画で見たことある。
けど、実際に行ってみると、また違うな。
風がふいて、いい匂いがどっかからして。学園の赤い尖塔が、眩しいくらい青い空のなかにそびえているのが、すごく大きく見える。
寮のそばは、すぐに広い道になっていた。
馬車がのんびりと走り、道を隔てて流れる川には、舟が浮かんでいる。漕ぎ手は男。NPCかな?
「ここらの一戸建ては、商売などで成功した
エリザが丁寧に説明してくれる。
最初に 『悪役令嬢』 と名乗ったのは、ゲームの最初にそういうコースを選択したからだそうだけど…… なんで、そんなコースにしたんだろうな? 親切なのに。
チロルが足元にまとわりついて、人懐こい瞳で見上げてきた。
【ちなみにあなたの外出スキルはlv.1、商店街までです。ウィンドウを開いてみてください】
「確か、ウィンドウを開くには……」
説明書を思い出しつつ、握った右手を斜め前に伸ばして、拳を開く。すると、空中にウィンドウが現れた。
≡≡≡≡ステータス ①≡≡≡≡
☆プレイヤー名☆ ヴェリノ・ブラック
☆職業☆ 学生
☆HP / MP☆ 30 / 10
☆所持金☆ 5,000マル
☆装備☆ 制服 / 学生バッグ / 普通の靴 /ー /ー /ー
☆ジョブスキル☆
・勉強 lv.1
☆一般スキル☆
・掃除 lv.1
・料理 lv.1
・飼育 lv.1 ペット数:1
・買い物 lv.1
・おしゃれ lv.1
・外出 lv.1 商店街
・魔法 lv.1 プチファイア
≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡
「おっ、うそ! 魔法使えるじゃん!」
さすが、タイトルに 『マジカル』 つくゲームだ!
「練習すればレベルが上がってよ。あたくし忙しくて平民など、かまってる暇ないのですけど…… ま、どうしてもと言うなら、教えてあげないこともないわね!」
「エリザ、やっぱり親切……!」
「ばっ…… そそそ、そんなんじゃ、なくってよ!」
エリザは扇で顔を隠してツン、と横を向いた。耳が赤い。
チロルが、しっぽをふぁさふぁさと振る。
【ちなみに 『外出』 は、1人ではウィンドウに表示されている範囲でしか動けませんが、レベルの高いプレイヤーが同行している場合に限り、そのプレイヤーと同じ場所までいけます】
ふーん。 『行きたい場所には、先輩プレイヤーに連れてってもらおう』 ってことか、なるほど。
「どんな場所があるんだ?」
「いろいろよ! レベル3で、そこの舟に乗れるようになるわ」
チロルの代わりに、エリザが答える。
どうやらチロルは、他のプレイヤーがしゃべる時は、なるべく発言を控えるみたいだ。
「外出レベルは上げておくと楽しいわよ! レベル5で動物園、レベル7で森林公園。レベル10で、鉄道が使えるようになってよ」
「おおっ、鉄道か! 遠くまで行けそう! エリザは、いま何レベル?」
「ふっ…… おそれおののくがいいわ!」
エリザが豊かな胸をばいーんと張った。ドヤってるなあ……
「あたくしの外出レベルは、25よ! 海まで行けるようになったのよ」
「海って、あの海か!?」
「ほかに、どんな海があるというのかしら?」
俺は思わず、エリザの手をがっしと握りしめていた。
「連れていってくれ……!」
海なんて、一生のうち1度も行くことはないと、俺はずっと思ってた。
その海に、行けるんだ……!
日常系ゲームも、けっこういいなぁ!
~・~・~・~
「いま海に行くなら、潮干狩りね!」
エリザの教えで、俺たちはいったん寮に戻り、バケツとポテトマッシャーを調達 ―― 潮干狩りというものにはポテトマッシャーが最適なんだそうだが、なんでだろう?
「平民は、商店街の雑貨店で調達するとよくってよ! 大したことなさそうな、せまい店だけれど、だいたいのグッズは、そろうわ」
次にエリザが案内してくれたのは、商店街の 『リーナの
「うわあっ! すごい!」
店に足を踏み入れた途端、俺はまた歓声を上げた。
左右全部、物に囲まれてる!
ノートやペン、ハサミなんかの文具、それにタオルや食器。よく使う物は手前なのかな。
スコップや花の種、といった園芸用品が少し奥の方、一番奥にはアクセサリーのコーナーもある。
こんなにたくさんの物が並んでるなんて、家じゃあ考えられないぞ!
「いらっしゃいませ! 杖をお探しですか?」
ちょっと可愛い感じの眼鏡のお姉さんが、ニコニコと挨拶してくれた。
襟元の詰まった、シンプルなドレスを着ている。
この人がリーナさんかな。
「杖って魔法の?」
「そうです。あっても無くても魔法は使えるのですけど、雰囲気を重視される方やMPを強化したい方には人気ですね」
「へぇー、ちょっと見せて!」
「どうぞ」
杖はカウンター下のガラスケースに入ってて、貴重品らしい。
7~8cmの木の棒、先端に宝石がついている。で、値段が……
「げっ
一番安いのでも5000マルしてる!
リーナさんがニコッとする。
「ポケットサイズですけど、実際に使用する時には身長くらいの大きさになるんです」
「あー、なるほど……」
とりあえず、いま買えないことだけは、わかった。
よし! いつか、お金を貯めて杖を買おう!
「…… このゲームはモンスターとかいなくてよ? 平民にとって、強化アイテムは無駄遣いでしかないわ」
エリザが忠告してくれるが、欲しいものは欲しいんだ!
けど、まぁまずは……。
「潮干狩りの道具、ありますか?」
「はい、あちらです」
リーナさんがまたニコッとして、店の一角を指した。 『季節商品』 の札がかかっている。
こうして俺は、アイテム 『潮干狩り基本セット』 を手に入れた。
くぅーん……
チロルが鼻をならしつつ、足にすりよってくる。
【持ち物はステータス画面②で確認できます】
「おっけー、みてみる!」
≡≡≡≡ステータス ②≡≡≡≡
☆持ち物☆
制服★ 学生バッグ★ 普通の靴★
潮干狩り基本セット
≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡
どうやら装備してる物には★がつく仕様らしい。
さて、次は……
俺は手を振ってウインドウを消すと、エリザに言ったのだった。
「次は、やっと、昼飯だな!」
なに食べよう。楽しみだなー!