ぼんやりしていた周りがハッキリすると、高級ホテルみたいな部屋だった。
現実の世界で人気の 『100年前の貴重映像』 の動画で、見たことある感じだ。
アンティークっぽいクローゼットに、天蓋付きのベッド。奥の方には、シャワー室。
「うっわぁ…… 豪華! 俺の趣味じゃないけど!」
【ここが、あなたに生活していただく学生寮の部屋ですよ。ログインやログアウト、アイテムやステータスの管理が行えます】
「ふーん」
模様替えとか、できるかな?
周りを見回して、首を傾げる。
「んん? ベッドが2つ?」
【寮生活は、2人1部屋です。同居者は今、ログインしていないようですね。模様替えは、同居者と相談して行ってください】
「えっ…… なに、その面倒くさい縛り!」
【同居生活のリアル感を出すためですよ。ちなみに、ベッドに潜り込んで目を閉じると自動でログアウトします】
ふんふん。まぁ、眠るんなら、ログアウトして普通に寝ても一緒だからな。
シェルティ犬がグイグイと鼻を押し付けてくる。このゲームのガイド兼ペット、ガイド時はたまに毒舌だが、動作は文句なく可愛い。
【では、鏡で見た目を確認してみてください】
そうだった!
俺、どんなになったのかなー。背と体重と髪型は変わらなくても、顔がイケメンで瞳の色が違えば、随分と印象が……
「…………!?」
ベッドの近くの壁に掛けられた全身鏡を見て、俺は絶句した。
確かに、顔は、推しアニメのダークヒーローっぽくなってるが…… だが……
なんか…… 学園の制服…… スカート、なのか……?
そして。
「な、なんで俺、胸あるのぉぉぉっ!?」
【大きさが気に入らなければ、今ならサイズ調整可能ですが】
「じゃ、じゃあ…… 手にちょっと余るくらいの大きさで、余りすぎは禁止で、って、そんな問題じゃなくてね!?」
ついロマンを優先しちゃいかけたことに気づき、脱力してしまった俺は。
もう1つ、大変なことに気づいた。
―― 男の大事なイチモツが、ない。
「うっそだろ…… なんで俺、女の子!?」
【仕様です。説明書にもあったはずですが…… このゲームは、NPC以外のプレイヤーは全て、女性です】
「ばあちゃんっ!」
なんてゲームを買ってくれたんだ……!
くぅーん……
シェルティー・ガイド犬は、甘え鳴きの裏で、淡々と説明する。
【ご安心ください。一般の乙女ゲーと違い、これは単なる、女性オンリーの日常系ゲームです。NPCの男性キャラとの恋愛イベントもありますが、するしないはご自由ですので】
「当たり前だっ」
製作者と運営には悪いが、俺には男と恋愛する趣味はないんだよね。
よし、こうなったらしかたない。
恋愛とかはもうスルーだ。
ひたすら、学園生活を楽しむことにしよう、うん。
【大丈夫ですよww 幸い、その 『ボーイッシュな美少女』 系の顔に惹かれる女子もいることでしょう。案外、モテモテのリア充ライフを謳歌することに、なるかも知れませんよw】
こ、コイツ…… いま、語尾に草生やしたな!?
けど、フワフワした毛皮ですり寄ってこられると、怒れない!
なんて、あざと可愛いヤツなんだ……!
【では、最後に……】
「まだあんの?」
【私の名前をつけてください。あなたの1st.ペットです】
「チロル!」
即決だった。
やはり可愛いは正義。
チロルは、嬉しそうにしっぽを振ってくれた。
【では、早速、ルーンブルクでの日常生活を送ってみましょう! 今は4月26日、日曜日の昼11時です】
「よっし! まずは……」
俺はしばらく考えて、結論を出した。
「まずは、食堂に行こう!」
昼飯食べて…… それから授業、かな?
【サイフはそこの鞄の中です。週1のログインで、ゲームの中で使える5000マルのお小遣いが毎週、貰えます。1マル = 1円相当 です】
「5000マルかぁ、結構もらえるな!」
【正直言って、週3ほどプレイすれば、食事その他の諸費用で飛びます。足りない分は自力で稼ぐか、現実世界の通貨で購入可能です】
あー、そういうことね。
確か、このゲームでは食事がHP・MPの回復につながるはずだから、食費は必須と思った方がいいわけだ。
けど、ま、なんとかなるでしょー!
それより、『食事に出かける』 のを体験してみたい!
アニメや動画でたまにみる、レストランやカフェなんかに行って注文……っていうのを実際にやってみたいんだ!
俺はウキウキとチロルに提案する。
「よっし。早速、昼飯に……」
「食堂は今日は開いていないわ!」
突然、背後から偉そうな声が聞こえた。
振り返ると、さっきまで誰もいなかった場所に、派手なドレスを着た派手な女が立っている。
……金髪縦ロールに少し吊り目がちの大きな紫の瞳。形のいい鼻と小さめの鮮やかな唇。
……なんか、アニメから抜け出してきたみたいなキャラだな。
両腕には、真っ白のぬいぐるみみたいな、小型犬を抱いている。
「あたくし、エリザ・テイラー、悪役令嬢。 こちらは、ペットのアルフレッドよ! あなたはルームメイトなのね」
あたくし……!
そんな一人称、アニメ以外で初めて聞いたぜ……!
しかも自称 『悪役令嬢』 かよ……!
俺は吹き出しそうになるのを必死でこらえて、自己紹介した。
「ヴェリノ・ブラック、ペットのチロルだ。よろしくな!」
「よろしく」
気取った感じで差し出された手。
……これは。
握手、ってことかな?
こ、こんなの、初めて……!
だっていままで、家族以外と皮膚接触したことなんてないよ、俺!?
いや、地下生活を送ってれば、それが普通なんだけどね?
―― でも、でも、これって 『友情の証』 ってことだよね!?
アニメの名シーンみたいなのが、いま、俺にきてる、ってことだよね!?
―― うわ。緊張する……!
でもせっかくだから、カッコよく決めたいなー!
「ああ、よろしく!」
俺はエリザの手を両手で握り、大きく振ってみた。
「ちょちょっ、ちょっと! 何ですの!?」
「あれ? 違った?」
「あああっ、あたくしはよろしいですわよ、別に!? けど、ほかの方には、そんな下品な握手をなさらないようにね? 誤解されても知らなくってよ!?」
「わかったよ、大将!」
「ええいっ! 姫君とお呼び!」
へえ…… キャラ作り込んでるんだな、エリザの
ゲームなんだから、これくらいしたほうが面白いのかもな?
―― 俺も慣れたら、やってみよう。
『暗黒の使者』 みたいなの!
それとも 『雷鳴の覇者』 がいいかな?
俺が考えていると……
クゥーン……
チロルが可愛くなきながら、 【これにてチュートリアルは終了です】 と告げたのだった。